第6話 シロネの思惑

 食事の後にお茶をしながらシロネから事情を聞くことにした。

 事前にレオに話して貰っていたので、内容が要約されておりスムーズに話が進む。


「つまり、シロネの村では日照りで困っていて打開策として雨乞いの儀式を妹がする事になった……と?」


「はい。村の高魔力保持者の魔力を暴走させる事で異常気象を起こし雨を降らせるものです。……しかし、魔力を暴走させるだけあって儀式の対象となった者は亡くなると聞いています。その為なのか何十年も取り行われていませんでした」


 そんな危険な儀式を取り行うという事は、それだけ村では危機迫っているということなのだろう。


「雨乞いの儀式なんだけどよぉ……それで雨が降るとは限らないぜ?」


「どういう事なの、レオ?」


「原理としては、オドを暴走させると引きずられる様にマナも荒れるから異常気象が起きるっ奴なんだけどよぉ……雨が絶対に降るとは限らないのさ」


「えっ、そうなのですか? お猫様?」


「今回の場合は竜巻の方が可能性あるな。水がそもそも無い訳だし。まぁ、そもそも天候操作なんて神の系統でもないと難しい話だ。後、俺の事はレオで良いよ」


 知識によると魔力を正式に呼称するとオドとマナに分かれるそうだ。オドとは生物が自身の魔力炉から生成する魔力の事で、マナとは大気中に満ちている魔力を指すらしい。元々は同じ物の為、総称である魔力と呼ぶらしい。

 そして、レオの補足が確かならこの儀式は人の命を犠牲にして成功する可能性が低いという事になるな。


「そんな……それではやはり椿様たちに頼るしか……」


「俺たちを探してたみたいだけど何で? 俺たちはついさっきこの湖の畔に来たんだけど?」


「……実はこの儀式の対象となる贄を籤で決めました」


「それがシロネの妹だった訳だね。だから、シロネが変わったのか?」


「はい。妹には生きていて欲しかったので。そして、贄が決まった事で次は日取りを決める占いを村の巫女に依頼したのです。その後、巫女は社に籠もり占いを行っていたのですが、突然慌て付ためて出て来たと思ったらその手に天啓を授かっていました」


「それって、どんな内容なの?」


「水多からん地に黒髪の人と黒き神獣が現る。かの人鉄の馬車を従え他者に甘露を与える者なり。白き娘がかの者たちに出逢う時、恵みの雨を降らせ給う。といった内容です」


「まんま俺らじゃん!」


「彼処と此処だと時間軸が違うから有り得るな。……信号トリオの策略か、神様のイタズラか面倒事を押し付けられたな」


「お願いです! 私の身は好きにして構いません。だから、どうかお願いします!村をっ、それが無理なら妹をお救い下さい!」


「はわわっ、ちゃんとやるからそういう事しないで良いからね!」


 俺は再び土下座しようとするシロネを止めに入るのだった。


「それより村は分かるけど妹って?」


「それは私が何かしらの理由で帰れなかった時の保険です」


「あっ、なるほど。あの呪いはそういう事か!」


「どういう事?」


 レオは全ての事が分かった様に笑っていた。

 呪いってシロネにかけられたものだよな? それと今の話に何が関係しているんだ?


「シロネにかけられている呪いは昔からある帰還者リターナーという呪いなんだわ」


「あっ、つまり時間を過ぎると強制的に帰路に付くという訳か」


「にゃははっ、そんな優しい奴じゃねぇよ。期間内に戻らないと対象者は死ぬ」


「笑い事じゃねぇ!?」


 それはシロネが帰らなければ妹も死ぬという事に他ならない。

 しかもその後に聞いた続きでは、もし解呪していたら向こうにバレてしまうみたいだ。その場合は儀式の日取りが早まる可能性があった。


「良かった。シロネの呪い解かなくて……」


「だな。範囲内に帰りさえすれば解けるから放置してたのも幸いしたな」


 異世界だけあって何がどう転ぶか分からないのでもう少し慎重に行動しないといけないと思った出来事だった。


「さて、シロネの事情や状況も分かった事だし、早速行動を起こそうか」


「良いのですか!?」


「良いよ。でも、少し準備がしたいから明日の朝出発しよう。呪いの発動まで時間は大丈夫だよね?」


「……ええっ、後1週間は大丈夫です。ここから直線で4日なので余裕だと思います」


「分かったよ……んっ?」


 自分の身体を震えながら抱き締めるシロネに違和感を覚えたがその理由を知るのは数時間後の事だった。


「ちょうど道中に街が有るから経由して行こう。食料も補給しないとな」


 レオの話だと近くにそこそこ大きな街が有るらしい。キッチンカーに有るのはどれもお菓子の材料ばかりなので普通の食材を入手する必要があった。


「日も暮れて来たし、今日は寝よう。シロネはあっちのベットを使って良いからしっかり休むんだよ」


「あっ、はい……」


 言われるままについてきたシロネに寝室を譲った。俺はソファーで寝れば十分だ。最悪椅子に座り机に肘を付いて寝ても良い。これが意外に短期間で良く眠れるのだ。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 夜になって私は目を覚ました。ここの所色々あったので身体が緊張している様だ。現在持っている唯一の服は寝汗で凄い事になっていた。


「少し水浴びをしよう……」


 キッチンカー? そう呼ばれる建物の側には湖が有るので水浴びをしに行く事にした。ベットを抜け出した私は隣の部屋を通るとある事に気が付いた。


「えっ? 寝室がもう1つ有るじゃ……」


 そこにはソファーで横になりぐっすりと眠る椿さんの姿があったのだ。


「(わざわざ私に譲ってくれたの?)」


 私は音を殺して椿さんに近付いた。

 そして、寝顔を確かめると彼が特別な人間なんだと理解した。短く切った黒髪に極めの細かい少し黄色がかった肌。どれもこちらでは珍しいものだった。


「(サラサラ……)」


 椿さんの頭を撫でると硬そうな見た目とは違い黒髪はとてもサラサラとしていた。


「(とりあえず、起こさなくて大丈夫そうね)」


 今にでもベットを交換したいと思ったがぐっすりと寝ているのを起こすのは忍びない。寝苦しそうな感じもしないので今日はベットを使わせて貰うことにした。





「う~ん、気持ち良い!」


 服を脱ぎ水に全身を預けると程よい冷たさが包み込んだ。汗でベタベタしていたのが嘘のようにスッキリとする。


「傷が癒えてる」


 月明かりの下で確かめる私の身体には呪いによるタトゥー以外の傷が全て無くなっていた。どうやら回復魔法も使えるらしく癒してくれた様だ。


「あの人たちの実力が確かみたいで良かった。お人好し……は悪いけど人が良くて優しいのは確かだから私が居なくなっても大丈夫ね」


 実は彼らに黙っている事がある。それは私の命が呪いによって後4しかないという事だ。


「永遠と馬車を走らせても5日。本当に直進でもしない限り4日で着くのは無理なのよね……」


 でも、椿さんたちなら私が死んでも妹を助けてくれる自信はある。本人は否定するかも知れないけど話を聞いただけだ凄く怒っていたのだ。

 正直な話、私は村がどうなろうと知ったことではない。妹さえ無事ならそれで良いのだ。そう思うと我ながらなかなかのエゴイストだと思う。


「今日は無理だったけど明日から時間の許す限り椿さんに……」


 だから、私は私の存在を椿さんに刻み付けよう。彼が私への同情や共感から妹を救いたくなる様に徹底的に心へ身体へ刻み付けよう。


「さて、朝も早いし寝ますか」


 私は自身の魔力で身体の水滴を飛ばすと木にかけていた服に手を伸ばした。


「動くな」


「っ!?」


 手を伸ばす途中で木の背後から現れた2人組み男に剣を向けられた。肌から伝わる鉄の冷たさが動けば剣が己が身を切り裂くことを告げている。


「へへっ、やっと見付けたぜ。随分と手間取らせたな」


 その言葉から2人が私を誘拐していた奴隷商人だと直ぐに理解した。


「どうしてここが?」


「お前の荷物にこの場所を示す地図があった。偶然かどうか知らんがここを目指している可能性にかけた」


「………」


 見せられた地図は私が逃げ際に置いてきたものだ。

 まさか、それを頼りに追って来るとは考えもしなかった。


「おっと、魔法を使おうと思うなよ。動けば斬るぜ」


「命が残り四日しか持たないのは知ってるが、あまり傷付けたく無いんだよ俺らは。だから動いてくれるなよ」


「魔法もだ。もう一度魔力を封印させて貰う」


 そう言って片方の男が懐に手を入れると"ジャリ"という鎖の音が聞こえてきた。

 アレは魔力を封印するマジックアイテムだろう。付けられたが最後鍵を使って正規の手順でしか外す事が出来ない。


「(不味い!もし付けられたら鍵がないと何も出来ない!彼らがここまで持ってきてるとは限らない。ここは斬られる覚悟で……)」


「シロネ。その人たちは敵?」


「「「えっ?」」」


 突然聞こえてきた声に男たちと一緒に見た。するとそこには眠たそうなユーリさんとその頭に乗ったレオさんがいた。


「レオ。俺は敵に賭けんだけどレオは?」


「俺も敵だな。真っ裸の嬢ちゃんに剣を向けてるし」


「賭けになんねぇな。でも、シロネが言えば逆にもなるけど……どうなの?」


 椿さんの目はしっかりと男たちを見据えていた。私の返答を待っているのだろう。


「てっ、敵です」


「了解。……お兄さんたち。今すぐシロネを解放しない? 解放してくれたら俺の能力確認の実験台にしないからさ」


「おい! お前っ!! 状況が分かっていないのか!?」


「この剣が目に入るだろ? お前たちはお願い出来る立場じゃない!」


「仕方ないな。まだ加減を知らないんだけど君たちが悪い訳だし。というか、そんな刃無しの剣でどうするの?」


「「「えぇっ!?」」」


 椿さんの言葉に目線を下げると私に当てられていた剣の刃が茶色い粉へと変貌したのだ。私は自身を抑える物が無くなってので、直ぐに駆け出して椿さんの背後に隠れた。


「おっ、お前!一体何をしたんだ!?」


「酸化だよ。酸化。俺の技の効果範囲内だったから酸化させることが出来た。……範囲内なら認識するだけで使えるのな。しかも一瞬であそこまで酸化出来るとは凄いな」


 椿さんが何を行ったのか分からないが、自身のやった結果にウンウンと頷いていた。


「ちっ、何かしらの魔法か!」


「だがな、こちらには代わりのナイフがーー」


「ひ・ざ・ま・づ・け♪」


「「ぐはっ!?」」



「人相手ならこう言った方がイメージし易いし調整もし易いな」


 剣を即座に捨ててナイフへと切り替えた男たちを突然見えない何かが地面に押さえ付けた。ジタバタしているが立ち上がる事が出来ない様だ。

 椿さんが何かしているのは確かだが、男たちと私は何が起こっているのか理解出来ずただ驚く事しか出来なかった。

 そこへ椿さんは近付きしゃがみ込むと彼らに問いかけた。


「ねぇ、……シロネの命が後四日間って本当?」


「あいつを助けといてそれを知らねぇのか?」


「残念だな。アイツを自身のモノにしようともそう長くない内に死ぬだろうよ」


「………」


「「うぐっ!?」」


 見えない何かが増したのか? 男たちは更に苦悶の声を挙げていた。


「次の質問だよ? 君たちの馬車は直ぐに誘拐出来る様に近くまで持って来てるよね? 荷物に食料は有るかい?」


「だっ、誰がこたえーー」


「追加」


「「かはっ!?」」


「言わないなら重さをどんどん追加して行くよ。丁度イメージがしっかりと決まった所だしね。今の倍にでもしようかな?」


「ばっ、馬車は直ぐ側にある!」


「食料なら荷台の木箱と樽の中に………」


 男たちは椿さんの脅しも有り耐えられなくなって質問に答えた。


「シロネ。荷物を移すから手伝ってくれ」


「あっ、はい」


 男たちを放置して近くを探すと本当に馬車はあった。荷台にある樽を開けるとお酒が入っており、木箱には携帯食料と希少な干し肉が入っていた。


「これだけ有れば町に寄らずに済むな」


「えっ、それはどういう……痛い痛い!?」


 椿さんは私のほっぺたに手を当てると引っ張った。


「俺は命を無駄にしようとした事を怒ってるんだからね」


「無駄って!私はただ妹をっ!?」


「それでもだ。シロネが死んで妹が喜ぶと思うのか? 逆であるシロネがそうなんだ。相当キチガイな奴でもない限り一生重荷を背負うことになる」


「………」


「そもそも途中で引き返して妹と逃亡する選択が誘拐されたせいで出来なくなった訳だし。そういう考えになるのも仕方ないといえば仕方ないけど、シロネには死んで欲しくないな」


 そう言って私の頬を撫でながら椿さんは優しく微笑んだ。


「安心して任された以上は2人が助かる様にやり遂げてみせるから。大体俺はパッピーエンドしか認めない派なんだよね」


 それから木箱だけをキッチンカーに移すと椿さんは男たちの言った。


「彼女と食料は貰って行くよ。これが手切れ金だ。ダイヤモンドだから売れば金になるだろう」


「「「嘘っ!?」」」


 男たちの手に置かれた拳大の宝石に目を見開いた。月光の元で輝くその美しさは偽物でない事を示していた。


「だが、それでも襲ってくるというのなら……」


 椿さんが木に手を当てると上から押し潰される様に木が潰れ地面にメリ込んだ。


「こんな風に命が無いと思え」


 冷たく言い放つ椿さんに男たちはただ頷くしかなかった。

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