第5話 先を見通すドーナッツ
「散々な目にあったわ……」
「あぁ、全くだ!」
「何他人事みたいに言ってやがる!お前が原因だろうがっ!!」
レオに怒られちった。というかこの猫、口が悪過ぎやしないかね?
「罰として美味いお菓子を作れ!」
「さっき食ったばかりじゃん。それよりこの車に被害がないか調べようぜ。お菓子なら晩飯にさっきと別のを出すからさ。それに我慢した方が期待が持てるだろ?」
そもそも材料的に卵焼きとかしか作れないだよね。野菜的な物が有れば良かったんだけど。
「正論だな。多分大丈夫だと思うけど」
外見的には被害を確認されていない。だけど、念の為に手分けしてキッチンカーの被害確認する事にした。
「空間に歪みが出てるかもしれない。変な空間を見つけたら直ぐに呼べよ」
「了解」
このキッチンカーは外見通り構造なら運転席とキッチンだけなのだが、空間拡張により運転席とキッチンの間に寝室などのプライベート空間が有り、キッチンと後部のリアドアの間に倉庫が有るのだ。
そして、俺は倉庫を見る事になった。倉庫には荷物を置くための大きな棚が複数有るが現在は何も置かれていない。
「特に何も無いな」
元々物が置いてなかったので、倉庫の見回るのは直ぐに終わってしまった。
「ついでに扉がちゃんと開くかを見て置くか」
俺はリアドアに手を掛けた。扉はそこそこ重く力を入れる必要がありそうだ。一息入れて力を込めるとリアドアを押し開いた。
「きゃあ!?」
「えっ?」
リアドアを開くと同時に聞こえてきた"ガン!"という鈍い音と女性の悲鳴。俺は直ぐ様外の様子を見ると一人の少女が倒れていた。どうやら扉が直撃してしまったらしい。
「だっ、大丈夫かっ!?」
「うぅぅ〜〜……」
急いで助け起こすも少女は気を失って居るのか反応窯無い。
俺は自分の仕出かした事に血の気が引いたが、直ぐに首を振って行動に移す。
「レオっ!!急いで来てくれ!!頼む!!」
彼女は頭を打っている可能性が有るからこれ以上動かす事が出来ない。だから、俺は全力で叫びレオへ助けを求めた。
「どうした!? 歪みでもあったのか!?」
俺の必死さが伝わったのか直ぐにレオが駆けつけてくれた。
「扉の前に彼女が居たんだ。それで頭を打って気絶したみたいで……」
俺は出来るだけ事細かにレオへと説明した。レオは真剣な眼差しで俺の話を聞いてくれた。
「分かった。今から念の為に鑑定魔法で状態を確認するから待ってろ」
「鑑定……」
冷静さを取り戻したと思っていたが違った様だ。俺自身も高位の鑑定術を持っているのを忘れていた。
「良し!この子の状態が分かったぞ」
「どうだった!?」
「慌てるなって!彼女はただ打ち所が悪かっただけさ。少しすれば目が覚める」
「良かった……。なら、彼女を中に運ぼう。このままにしておくのは不味いからな」
確かプライベートエリアにはソファーもあった筈だ。そこに寝かせよう。
そう思い彼女を背中に担ぐと柔らかい感触が伝わってくる。俺が原因とはいえ役得だなと思い歩き出した。
「……っ!」
俺が少し歩くと彼女の髪がパラリと落ちて甘い香り漂ってきた。
そして、横を振り返ると端整な顔立ちの中に儚さ宿している彼女の横顔にドキリとさせられてしまっていた。
「どうしたんだ、椿?」
「いや、何でもない」
俺は誤魔化す様に彼女をキッチンカーへ連れ込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なぁ、レオ。彼女は奴隷か何かなのか?」
ソファーへ少女を寝かせてタオルケットをかける時に色々と見てしまったのだ。
ボロボロの服の中に隠された九本の尻尾。長い髪の中にある狐耳。人とは違う獣人と呼ばれるその姿だった。
そして、問題の鎖跡。
両足首の所に赤い跡形が付いていたのだ。それは先程まで拘束されていた事を示す程に間新しかった。
「恐らくな。服の隙間から見えたムチ跡は無理やり従えた後みたいだし。それに彼女はとても珍しい種族だ。単独だと誘拐される事もあると聞くぜ」
「………治せないのか?」
こんなに可愛い子が傷だらけなんて見て見ぬ振りなんて出来ようものか?
いや、人として出来ないね。そう思える程に彼女へと同情してしまっていた。
「治せなくは無いが魔力がなぁ……」
「あっ、……そうだ」
レオは先程森の再生の為に殆どの魔力を使ったばかりだった。
「だから、椿がやれよ」
「俺?」
「魔力は人並みに余ってるだろ? やり方は教えるからよ」
「……分かった」
それからレオにやり方を習った俺は彼女の寝るソファーの前に座り手を翳した。
魔法で重要なのは確固たるイメージ。俺はゲームなどで見る緑色の発光と傷が煙を上げて修復する様子を想像しながらワードを唱えた。
「
「んんっ……!」
魔法は無事に発動してソファーの彼女は悶えた。
魔法の効果はイメージ通りに近い物だった。彼女の全身を緑色の淡い光が包む。ただ傷口から煙が上がることはなく、すぅ〜っと消える感じで癒えていった。
「よし! 治療は終わりだな」
発光が治まった後の彼女はとても綺麗な白い肌をしていた。だからこそ目立つ物があった。
「タトゥー……」
彼女の背中には服からはみ出す程の大きなタトゥーが入っていたのだ。
しかもそれは見ていてムカムカして来るような嫌なら気分になってくる。
「治療は無事に終わったみたいだな」
「タトゥーとかは消えないのな」
「そういうのは治したいと思わないと消えないぜ。というか、それはタトゥーじゃないないし」
「えっ、そうなのか?」
「ああ、それは呪いだ」
「呪いっ!?」
「ううっ……こっ、ここは……?」
俺の声が大きかった為か、彼女は目を覚ました様だ。
「よう、嬢ちゃん。目が覚めたか?」
「えっ?」
レオがふわふわと飛んで行き彼女の顔を覗き込んだ。レオと目があった彼女は黒猫が喋った事に驚いたのか、それとも飛んでいる事に驚いたのか硬直した。
「レオが女の子を怖がらせてやんの」
「いや、ただ目があったあっただけなんですけど!?」
「貴方は……?」
俺がレオをからかう声を聞いて存在に気付いたみたいだ。せっかくなので自己紹介する事にした。
「俺の名前は
「オレが補足してやるよ。嬢ちゃん。コイツは"渡り人"と呼ばれる存在だ」
「渡り人様っ!!」
そう聞くや否や彼女はソファーから急いで降りて土下座してきた。
「お願いです!村を……妹を救って下さい!」
「………俺に出来ることなら」
俺はそんな彼女を見て視線が反らせなくなった。
ヤバい。彼女が土下座した事で見えるしっかりとした谷間。
そして、見えそうで見えない先端は凄くエロかった。
シリアスな場面なのにそんな事で一杯になってしまう俺だった。
「とりあえず、話を聞こうか。お腹空いてない? 食事しながら聞くよ。アレルギーとかある?」
「アレルギー?」
「普通の食べ物でこれを食べると発疹が出るとか呼吸が苦しくなるとかいう奴」
「いえ、それは有りません……」
「なら、レオと少し待ってくれるかな? すぐに用意するから」
「しかし、私の様な者が渡り人様と食事など!」
「よく分からないけど良いの良いの。レオ。その子の相手を頼むな。ついでに軽く聞いててくれると助かる」
「分かった。それで何を作るんだ?」
「ドーナツ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少女の事はレオに任せて俺は厨房にやって来た。
そして、台の上にドーナツ作りで必要な物を並べていく。
使う物は、小麦粉・砂糖・重曹・牛乳・バター・バニラエッセンス。
今回は節約の為に最もストックの少い卵を外す事にした。
また、ベーキングパウダーも重曹により代用させて貰おう。
「それでは始めよう」
まずは、油を火にかけて約160度にまで熱する。時間がかかるのでその間に生地を作ろう。
生地は小麦粉200gに重曹10gとバニラエッセンスを数滴加え混ぜ合わせる。
次に牛乳130cc程を先の生地に混ぜ合わせる。この時、牛乳を2回に分けて加えると混ぜ易くて楽に行える。
最後に溶かしたバターを10g程混ぜ合わせると生地は完成だ。
生地は手で捏ねて好きな型にすると良いだろ。今回は丸めた生地の中央を指で押し込み穴を空ける方法で輪っかにする。
本来ならここで冷やし生地を寝かせるのだが、直ぐに食べたいので端折らせて貰おう。ちょうど油が熱された頃合いでもある。
「生地を投下」
この時生地はゆっくりと入れること。油が跳ねて危険だよ。
入れた当初は生地に水分が多い事で鍋の底に沈む。火が通ると内部が膨らみ気泡が出来るので浮いてくる。こうなったら揚げ上がりの目印だ。
それでは最後の工程に入る。揚げたての物にありったけの砂糖をまぶして絡めたらドーナツは完成だ。
もし家庭でやるのなら砂糖を入れた袋にドーナツを入れて行うと効率よく行えるので覚えていてね。
「出来たよ」
俺は出来たてのドーナツを持ってレオたちの元へ戻る。そこにはテーブルに座るレオの前に正座した少女という光景があって和んだ。
「おおっ、ドーナツ!」
テーブルに置くと早速レオが食い付いてきた。ドーナツを咥えて飛ぶと手足で器用に掴みながらかぶりついていた。
「美味ぇ!!」
「ほら、君もお食べ」
「はっ、はい……」
恐る恐る手を伸ばす少女は、一瞬悩んだ末にドーナツにパクリと食らいついた。
「んっ!?」
すると少女の目は見開かれ、その後うっとりとした顔になりどんどん食べ進めていきあっと言う間に無くなった。次を進めると喜んで食べ始める。相当お腹が減っていたのかもしれない。
俺もドーナツを手に取って食べる事にした。
「うん。美味い」
やはり揚げたては違う。ほかはかで美味い。
生地をケチったので心配していたが、揚げたてな事も有り問題はなさそうだった。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったね。教えてくれない」
「ハッ! すみません!! 渡り人様に未だ名乗らずにっ! 私は、シロネと申します」
「シロネか。君の綺麗な髪や肌みたいな特徴を表した良い名前じゃないか。後、これも何かの縁だ。気軽に椿と呼んで欲しい」
「渡り人様がそう仰るのなら次からは"椿さん"と呼ばせて下さい」
「良いよ。それでだレオ。彼女の要件は俺がどうにか出来そうな事なのか?」
俺は新しいドーナツを取りにきたレオに問い掛けた。
「うん? ああ、余裕だろうよ。しっかりと知識もあるし。それに実技の練習にもなる」
「なら、後でゆっくり聞くか。今は冷めない内にドーナツを食べてしまおう」
「これはドーナツと言うのですね。はじめて食べました。輪っかですか。不思議な形ですね。それに砂糖もこんなにまぶしてあって」
「そういえば、何で輪っかなんだ椿?」
「うん? それは火の通りを良くする為ってのが理由としたはて強いな。輪っかにすることで表面積が増えるから。
でも、俺としては昔聞いた未来って話の方が面白いかな?」
「「未来?」」
「元々は祭事に出されていた事があったから穴の向こうには幸せな未来が見えるって言われる話だよ」
「幸せな未来……」
シロネには見たい未来でも有るのだろうか?
ドーナツの穴から覗く彼女は何処か悲しそうだった。
「ほら、そんな顔をしてたら美味しい物も不味くなるよ。今はドーナツに集中しよう」
「あっ、はい」
その後、再びドーナツを食べ出したシロネはすっかり元の状態に戻るのだった。
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