第4話 現状確認

「ふう〜っ、満足満足♪」


 パンケーキを食べ終えた後のレオは、妊婦の様にパンパンに膨れた腹を撫でながら満足そうにしている。もう見るからに猫だとは思えない。


「レオの胃袋はどうなってるの?」


「うん? 甘い物は別腹っていうだろ?」


 どう見ても別腹という次元でないのは確かだと思う。良く吐き出さしたり、気分が悪くなったりしないものだ。


「さて、腹ごなしも済んだ事だし、始めようか」


「始めるって何をだ、椿?」


「現状確認だよ。現状確認。俺自身、何が出来るかをしっかり把握してねぇんだよ」


「知識や使い方は教えて貰ったんだろ? さっきだって、自然に砂糖を出せてたじゃねぇか」


「まぁ、そんなだけどさ。限界とか規模とかまでは分からないのよ」


 神様から貰った知識で、こうすればああ成る的な事は分かっている。

 しかし、知識の中にどれだけ量が出せるかとか、大きさはどのくらいとかは無かったのだ。

 そんな訳で、現状分かっているのは、能力アビリティを使うと魔力を消費するという事だ。知識にもあったが、体感してみたら直ぐに理解出来た。身体から何がが抜ける感じがしたのだ。

 まぁ、先程生み出した砂糖の量程度なら一瞬で回復するみたいだ。


「あぁ、確かに知ってた方が良いな。それによっては、回数を決めたりしないといけないし。

 でも、椿の魔力は俺たちと同程度あるみたいだぜ。神様は、良い身体を用意してやったもんだ」


 レオの手が俺に触れた瞬間、魔法陣が浮かび一枚のパネルが空中に現れた。それはドーナツ型のグラフをしており、中央には容量らしき数値が書かれていた。


「1、10、100、1000、10000………面倒くさ。桁多過ぎ」


「ちなみに、コレがオレの魔力量な」


 レオが比較の為に自身のパネルを出してくれた。現れたパネルを上下に並べて数値を比べて見ると桁に関しては同じだが、数値の方は断然レオの方が多い事が分かった。


「なぁ、コレの量をもっと分かりやすく例えれねぇ?」


「そうだな。人間1000人分くらい?」


「うん、良く分かった。魔法使ってもそうそう尽きないな。所で、このグラフの先だけどほんの少し減ったり増えたりしてない? 何で?」


「生活するだけで魔力は消費するからなぁ〜。でも、休むと魔力が回復するから減ったり増えたりしてるのさ」


「なるほどな。そんでこのパネルはタンクのメーターみたいなものだと?」


「その解釈で問題ないよ」


 それっぽいのを適当に言ったつもりだったんだが、それで良いらしい。とりあえず、エネルギー残量計なんだと思っておこう。


「それで、何から始める?」


「とりあえず、砂糖と圧力かな? 発酵は、今度にしようと思う。なんせ、対象となる物が必要だしな」


「はい? そんなもんは、落ちてる草木で良いんじゃねぇか? 腐葉土ってのが有るだろ?」


 レオの疑問も尤もだ。俺も最初はそう思った。

 しかし、発酵という能力では、腐葉土を作る事が出来ないのだ。


「腐葉土を作るには、腐敗もしくは分解でないとダメじゃないかな? 貰った知識によると人間に有益な有機物を生成する過程を"発酵"、有益でないものを生成する過程を"腐敗"と区別するんだってさ」


 一見便利そうな能力なのだが、色々条件がある様だ。


「あぁ、なるほど。なら、チーズはどうだ? 牛乳があったろ?」


「少量からでも出来たよ。コレだね」


 俺は、レオの前に1つの皿を置いた。そこには、少量の牛乳から作ったサイコロ状のチーズを複数乗せられている。


「……なぁ、なんで複数有るんだ? 全部違うチーズだろ?」


 今ここに有るのは、フレッシュチーズにブルーチーズ、白カビチーズ、ハードチーズ等々。


「うん。何故か能力を使ったら普通に出来た。まず、菌を何処から持って来たんだろうな? それにカビも何処から持って来たんだ?」


「オレに聞かれても困るぜ。……もういっそのこと、神のみぞ知るって事で流さねぇ?」


「そうだよな。これの原理は深く考えない事にしようか。考えるだけ不思議が溢れてくるし。今は、発酵食品が作れる程度の認識って事で」


 俺たちは、発酵に関して考え出すと凄く面倒くさくなりそうなので深く考えない事にした。

 ちなみにチーズの味なのだが、発酵過程が一瞬で終了した割に美味かった。今後、料理やお菓子などでの応用も問題ないだろう。



 ◇◆◇◆



 発酵以外の能力を確認する為にキッチンカーの外へと出た。外に広がる湖の畔は、平穏そのものでマイナスイオンも出ているのか、気分が落ち着く。


「そういや、ここって魔物とかは出ないの?」


「ふぁ〜っ……出るんじゃねぇ?」


 レオが欠伸をしながら呑気に答えた。俺は、それを聞いて身構えた。


「マジで!? 危険じゃん!?」


 今の俺は能力しか武器ない状態だ。しかも、その能力すらも良く把握していない。こんな状態で襲われたらひとたまりもない無い様に思えた。


「大丈夫だって。このキッチンカーが聖域化してるみたいでよぉ。半径5m程が隔離空間になってるぜ」


「聖域? 隔離?」


 レオが俺の知らない単語を言った。

 聖域といえば、不可侵の領域だろうか? それとも神聖な場所か?


「簡単に言うと世界に点々とある安全地帯。魔物はこの空間を嫌うから襲われる心配はないぜ」


「とりあえず、この空間内に居れば安全なんだな?」


「そういうこと」


「なら、気兼ねなく能力確認が出来る訳だ」


 俺は、さっそく能力の確認を始める事にした。

 まずは、砂糖からだ。

 分かっているのは、望んだ量もしくは魔力に応じた砂糖を生成するということ。

 発動の仕方やイメージに関しては、先程のパンケーキの際に確認済みなので問題はない。


「とりあえず、魔力の半分で出来る角砂糖を出して見るわ」


「何故に、角砂糖?」


「キューブ状で把握し易いと思うから」


 いきなり目の前に砂糖の山が出来たとしても、砂の様に広がっていては実際の量を目視で認識出来ない。角砂糖なら四角い塊だから大っきい小さいを目視出来ると考えた。


「なるほどねぇ〜。それじゃあ、頑張れ! 出来たら教えてくれよ。一度、限界まで砂糖を食べてみたかったんだ」


「糖尿病になるぞ?」


 それ以前に砂糖単体だと甘いだけで美味くなさそうな気がする。


「ならねぇよ。オレは、これでも神獣だから」


「そうなのか? なら、好きなだけ食べて良いよ。余ったら消すから」


 一応、能力で出した砂糖は消せる様だ。その場合は、消した分が魔力として帰ってくる。

 勿論、能力で出した砂糖はストックとして、出したままの状態で存在させる事も可能だ。


「それじゃあ、いっくよぉ〜〜!」


 俺はどれくらいの大きさの角砂糖になるか分からないので、湖とキッチンカーとの間にある広い空間へと手を翳し、砂糖生成の能力を発動させた。

 そして、発動させた瞬間、自分たちの周囲がふっと薄暗くなった。


「「うん?」」


 直ぐ様、俺たち顔を見合わせて上を向いた。


「「はぁああ〜〜っ!?」」


 なんとそこには、空一杯を埋め尽くす白い天井があったのだ。それからパラパラと先に降ってくる物が偶然口の中に入る。

 そして、俺たち直ぐ2つのことを理解した。

 1つは、あの白い天井が角砂糖の下の面で、俺たちを潰そうと迫っている事。

 もう1つは、この大きさの砂糖に潰されたら確実に死ぬであろう事だ。


「角砂糖で死ぬのは、嫌だぁああーー!!」


「消せ! 今消せ! 直ぐ消せ! さっさ消せ!」


「ハッ!? 消せたんだった!」


 俺は、レオの言葉で消せる事を思い出した。直ぐに手を空へと翳して消えろと念じた。

 その結果、効果は直ぐに現れた。砂糖の天井が、少しずつだが遠ざかっていくのだ。多分、全体的に小さくなっているからだろう。


「良し!いきなりは消えないみたいだけど、この調子なら落ちるまでに消える筈……痛っ!?」


「どうした、椿!?」


「目に砂糖がっ……!!」


 ずっと上を見詰めていた為に、パラパラと降る砂糖の欠片が目に入ってしまったのだ。俺は、目への異物感を受けて目を擦る。


「ばっ、馬鹿っ!? 今、手を止めると上がっ!?」


「えっ?」


 俺は、涙目になりながら上を見た。そこにあったのは、目前へと迫った砂糖の天井。目を擦る間は、能力を止めてしまったらしい。


「あっ、整いました!砂糖と掛けまして、死に際と解く!」


「……その心は?」


「散りますね!」


「上手くねぇよ!」


 そして、俺たちは角砂糖に"ぷちっ"と潰されたのだった。

 その影響は凄まじく、墜落地点の木々はぺちゃんこに潰れ、生まれた衝撃波は周囲の森を駆け巡ったのだった。



 ◇◆◇◆



「いや〜、死ぬかと思ったよ。やっぱり、少しずつやるってのは大事な事なんだな!」


 悪びれる訳でもなく、笑って誤魔化す俺。はい、実は生きてました。レオが咄嗟に障壁を張ってくれたので、俺たちの周囲だけは無事に助かりました。

 その後、砂糖を完全に消したらキッチンカーの存在を思い出した。

 直ぐに振り返り、確認するが何事も無かったかの如く普通に存在してた。傷すらもない新品の状態。相当丈夫に作られていた様だ。


「何、平然としてやがる! 危うく死ぬ所だったんだぞ! 反省しろや!!」


「ぐふっ!?」


 レオが放った渾身のキックが俺の頬に命中した。肉球で柔らかい筈なのに、飛行からの助走で威力が増し増しになっていた。


「まぁ、レオも大量の砂糖が食べられたんだし、良かったじゃん」


「あぁ、ご馳走さま! でも、胸焼けするくらい甘いだけで、美味く無かったよ! どん畜生!」


 本当に美味しく無かったらしい。甘党のレオも3口食べたらギブアップした。


「それで、更に圧力も調べるってか?」


「……もう止めようかな? こっちの方は砂糖なんかより、ヤバそうだしね」


 俺は、軽く圧力の応用編を行ってみた。発動する場所と範囲を意識して右手を翳すと竜巻が巻き起こった。ついで、左手を横に振ると気圧差による風の斬撃が生まれて竜巻を両断した。


「簡単な効果でコレだもん。フルで使った日には……」


「天災が起きる……」


「ですよねぇ〜」


 今の手加減した砂糖でさえ、森の半分を壊滅するくらいの破壊力があったのだ。

 もし圧力操作でトルネードでも起こそうものなら……この場所が更地になるかもしれない。


「とりあえず、森を修復するか」


「えっ、出来るの?」


「1週間程度魔法が使えないくらい疲労するけどな。この規模なら、まだなんとかなるぜ」


「なるんだ……」


「まぁ、見てろって。再生レナトゥス!」


 魔法が発動するとレオの足元から徐々に植物が生えてきて波紋の様に広がっていく。既に折れて倒れた木々からも芽が生えて呑み込まれていった。


「これだけすれば十分だろ」


 数十分後、荒地から森へ姿を変えていた。倒れた木々たちには草花も生えて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 レオが起こしたこの現象は、遠くの村や街でも目撃されていた。

 そして、直ぐに調査隊が結成されて大規模な調査が行われた。その調査で空から落ちて来たものは隕石ではなく砂糖だと判明した。

 しかし、肝心の森再生までは分からなかった。


「神様が誤って砂糖を落としたから壊れた森も再生させたんじゃねぇ?」


 調査隊の一人が言った言葉は思いの外現状に即していた。その為直ぐに仲間内で広まり最終的には国中に広まる事となった。

 その後、"神の砂糖と甘い森"として物語が生まれ後世にまで語り継がれるのだった。

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