第3話 ふわっふわっのパンケーキ
「ここは、異世界なのか?」
確かに森の中にある綺麗な湖畔だが、異世界だと思う様な物は特に見当たらなかった。
「異世界だぜ。異世界。昼間でも月が2つ有るだろ?」
月が2つ有れば異世界なんだろうか?
そう思わなくなかったが、とりあえず上を見て確認して見る事にした。
「痛っ!?」
上を確認しようと頭を動かしたら頭部に強烈な痛みを感じた。例えるなら猫の爪が刺さった様な痛みだ。否、マジで多分刺さった。
「何故、爪を立てたし!?」
「悪ぃ、落ちそうになった。というか、突然頭を動かすとか酷くねぇ?」
「いや、そもそも降りろよ! 転移したら降りるみたいに言ったじゃん!」
「えっ、そうだっけか?」
「そうだよ!」
「え〜っ、ここって意外に居心地が良いんだぞ? ……まぁ、良いか。色々しないといけないしな」
レオは、ずるずると背中を滑りながら降りて行った。そこは、猫らしく"ピョン"と飛ぶとかではないのだろうか?
まぁ、爪を立てながら降りなかったから良しとしよう。今さっきのはマジで痛かったし。頭から血が出てたりしないよな?
レオは、地面に降り立つと少し歩き回り、とある場所を叩きながら言った。
「今から封印を解くからここに貰ったミニチュアを置いてくれよ。うすれば、直ぐに使えるぜ」
「わっ、分かった」
俺は、レオに言われるままに、その場所へとミニチュアを置いた。
「
「おっ、おっ、おおっ!?」
レオが手をかざすと小さな魔法陣が生まれた。
それがミニチュアを通過して消えると劇的な変化が起きる。まるで風船が膨らむ所を見るかの如く、どんどんとミニチュアは大きくなっていった。
そして、最後はワゴン車より少し大っきい位で大きくなるのは止まった。おそらくコレが本来の大きさなのだろう。
「車の鍵をくれよ」
「何処にあるの?」
「あん? 運転席に刺さってねぇのか?」
俺は運転席を開けて、ハンドルの辺りを覗き見た。
そこに、鍵?らしき物を見付けた。青い結晶板の様な物で、ペンダントの様な紐が通してある。その為、最初は鍵ではないのかと思った。
しかし、車の鍵みたいに少し弄ってみると簡単に引き抜く事が出来た。それを持って俺はレオの所へ向かった。
「レオ。これの事か?」
「ああ、そうそうそれだ。持って来てくれよ。マスター登録するからさ」
「マスター登録?」
「要は、所有者登録だな。これをすれば無くしても召喚出来るぜ。ついでに、椿以外は使えなくもなる」
「便利な魔法だな」
支持された場所に車の鍵を置く。今度は、先程とは違い手までかざす様に言われた。マスター登録とやらに必要らしい。
「それじゃあ、始めるぜ。覚悟はいいか?」
「えっ? うん」
レオの手が俺の手首に触れる。肉球のぷにゅとした感触が気持ちいい。しかし、そう思ったのも束の間だった。
「てりゃ」
レオの手が高速で動いた。スパッという表現がぴったりと合うほどに綺麗に切れた。
「………時間差!? 痛っ!?」
ブシャッ! ボタッ! ボタッ!
勢いと切れ味が良かったからか、それとも肉球を堪能していたからか? 切られた事に瞬間は気付かなかった。
しかし、後から伝わってくる痛みに現在を理解させられた。
そして、動脈を切ったらしい。傷口から勢い良く流れ落ちる血液で鍵が沈んでしまっていた。
「普通、指にチクリくらいだろが!?」
俺は、出血によるものか、動揺によるものか分からないけど、クラクラしてきた。このままだったら死ぬかもしれない。
飛行機で死ぬかもと思ったけど、最後が異世界でリストカットって……。
「(あっ、意識が………)」
俺の意識はここで暗転した。
「ここは……」
次に目を覚ました時には、霧に包まれた花畑にいた。近くにレオの姿はない。
とりあえず、状況を知る為にも軽く歩いて見ることにした。数分後ほど歩くと霧が晴れとある川へと辿り着いた。
「ここは、まさか……?」
霧包まれた花畑。その間に流れる大きな川。周囲を見ると石が積んであったりする。そのことから俺の中にある結論が浮かび上がった。三途の川では?
そう思っていたら向こう岸に影が現れ呼びかけられた。
「「「「お〜い! 椿や〜! こっちに来るでねぇ〜!」」」」
「いや、誰よ!?」
そこに居たのは、見知らぬ爺さんと婆さんだった。生憎、彼らの顔には一切見覚えがない。
「「「「貴方の祖父母の代理で〜す!」」」」
「代理かよ!」
確かに、俺の祖父母は、どちらもご存命でぴんぴんしていらっしゃる。だから、代理を立てたらしい。
………代理っておかしくない?
「行かないから帰り道を教えてくれ!」
とりあえず、彼らが現れたと言うことは、俺が死なない様に協力してくれるのだろう。だから、素直に帰り道を聞くことにした。
「何でも良いから石を拾って〜!」
「石を拾って」
俺は、指示従って近場に落ちていた投げ易そうなハンドボールサイズの石を1つ拾った。それを掴み次の指示に従う。
「川へ投げて〜!」
「投げて」
石を投げ込むと"ドボン!"という音を立てて、大きな水飛沫が上がった。石は川の中間くらいに落ち、波紋がこちらの岸まで届いてきた。その後、石が落ちた地点で"ブクブク“と泡が立て始めた。
「出てきた奴に〜!」
「出てきた奴に」
泡が湧いて来ていた地点で水が盛り上がると“ザバーン!“と巨大な魚が姿を現した。魚の目がぎょりとこちらを向いた。
そして、魚の大きな口がこちらを向いて開いた。その中に見えるギザギザな歯と真っ赤な舌が恐怖を駆り立てる。
「食べられて〜!」
「食べら………えっ?」
今、ジジババはなんて言った? 食べられるだと?
確認しようと思った瞬間、魚が川から飛び上がる。俺の周囲を魚の影が覆い、自分の頭上には大きな口が迫っていた。
「死ぬわ!?」
俺は必死に逃げようと思うも時は既に遅し。巨大魚の口が容赦なく迫り、俺はパクリと食べられた。
「うわぁ!?」
「おっ、起きたな」
「こっ、ここは……?」
俺が飛び起きると隣にレオの姿があった。どうやら、いつの間にか俺は寝ていた様だ。アレは、悪夢か何かだったのだろうか?
「悪い。ちょっと切り過ぎた」
「ちょっとじゃねぇよ! 三途の川が見えたわ!」
「だから悪いって、傷も治したからよぉ。勘弁してくれな」
俺は、自分の手首を見る。そこには、傷が元から無かったの如く、綺麗に塞がり跡も残っていなかった。痛みもないから完全に完治した様だ。
「それより、登録は終わったからよぉ。何かを握り締める動作に合わせて"来い"って念じてみぃ? 多分、それだと始めてでも出来るはずだから」
「えっと……来い!あっ、何かでた!」
手を開くと中からキッチンカーの鍵が姿を現した。握る前は無かったから後から現れたのだろう。
「それじゃあ、中を探検しようぜ! 中! 俺も詳しくは知らねぇんだよ!」
レオはそう言うと尻尾をゆらゆらと揺らしながら、うきうきとキッチンカーへ向かっていった。俺もレオの後について行き、キッチンカーの探検をする事にした。
青い結晶板は、ホントに鍵だったらしく扉に差し込み、反時計回りに捻ると後ろの扉からも入る事が出来た。
「凄いキッチンじゃないか!?」
入った瞬間、俺は感動のあまり歓声を上げた。
キッチンカーの内部は、空間拡張でもされたのか、外見以上の広さが有る。
また、簡易キッチンなんてレベルでは全く無く、厨房というイメージがするほどに品揃えが良かったのだ。
中央には大きなテーブルが置かれ、下には物を直す引き戸がつけられている。壁際には大型の冷蔵庫やオーブンといった調理機械が立ち並らんでいた。
まずは、冷蔵庫を開いてみる事にした。見た目から業務用の冷蔵庫だと予想していたが、正にその通りだった。鍋がそのまま入るだろう高さの段が複数有り、更に奥行きもしっかりと取られていた。
しかも、神様から言われた通り、大量の食材が入っていた。これだけ有れば、数ヶ月もの間、食に困る事はないだろう。勿論、お菓子作りの役目もね。
「食材があるじゃ。なぁ、椿。何か作ってくれねぇ? アンタ、菓子職人なんだろ? 神様に聞いたぜ」
「うん……そうだな。よし、何か作るか」
「ヨッシャー! さすが椿、分かってる!」
「その代わり、肉球をモフらせろよ?」
「そんなんで良いのか? 良いぜ! その代わり、とびっきり美味いのを頼むわ!」
俺自身そろそろ一息付きたいとは思っていた。そこにレオの提案だ。悪くはない。甘い物を食べて糖分を補給しよう。
交渉も成立したことだし、美味い物を御馳走しよう。でも、今後の事も考える必要が有るので材料と相談する事にした。
「よし、パンケーキにしよう!」
材料を確認した結果、大抵の物が作れる事が分かったが、今後の事も考え、パンケーキを作る事にした。これなら材料もあまり必死ないからだ。
それでは始めよう。まずは、薄力粉をふるいに掛ける。次にベーキングパウダーもふるいにかけた。
ベーキングパウダー。お菓子作りで欠かせないものだが、どうして必要か知っているだろうか?
それは、お菓子のふっくらみの為だ。お菓子の膨らみには、大きく分けて4つのパターンが存在する。それは、空気の膨張、水蒸気、化学反応、酵母によるものだ。ベーキングパウダーは、この化学反応に分類されるものだ。
ベーキングパウダーの代用に重曹と聞いた事はないだろか?
重曹の正体は、"炭酸水素ナトリウム"だ。この物質は加熱をすることで、炭酸ナトリウム、水、二酸化炭素を発生させる。
ベーキングパウダーには、炭酸水素ナトリウムに加えて"酒石酸"という物質が混合されている。ベーキングパウダーを生地に混ぜると、炭酸水素ナトリウムと酒石酸が反応して、酒石酸ナトリウム、水、二酸化炭素が発生する。
この時、生成する水と二酸化炭素の量は重曹から生成するものの2倍なので、ベーキングパウダーの方がより膨らむ事からよく使われる。また、加熱せずとも反応が進む事も要因の1つだろう。
「(まぁ、無くても作れはするんだけどね)」
生地の準備が出来たら、ボウルに卵を入れて、かき混ぜる。そこへ砂糖、牛乳と加えて混ぜ合わせる。
砂糖は、必要量を意識してボールに手を翳すとノーモーションで出現した。能力の発動には、念じてイメージする事が重要な様だ。
味や食感に関しては、一舐めしてみるとその凄さを知ることになった。溶けるまでの速さ、口に広がる均一な甘さ。高級砂糖のそれと変わらなかった。
牛乳は、冷蔵庫にビンで入っていたので、遠慮なく使わせて貰ったよ。
更に、ふるった粉類を加えて粉っぽさがなくなるまで混ぜる。その後、ラップをして冷蔵庫で一時保存。少し寝かせるだけで、美味しさが増すのだ。
その間にキッチン周りを調べよう。特にコンロ周り。さっきから見えていたのだが、ガスの元栓がないのだ。
だからと言って、電気コンロの様な平らではなく、ガスコンロのそれだった。
「元栓は何処だ?」
探して見たが、特に見当たらない。そもそもガス線の様な物すら無いのだ。
「なぁ、レオ。このコンロどうやって使うんだ?」
一応、捻る所は有るけれど、燃焼物がないと燃えない筈だ。
「うん? どれどれ?」
レオがコンロの側に登ってきて中央を覗き込んだ。
「何だ。ちゃんと魔石が入ってるじゃないか」
「魔石?」
「中央にある石だよ」
俺もコンロの中央を見ると赤い宝石の様な物が置かれていた。
「ナニコレ?」
「火の魔力の塊だな。コレがエネルギーを供給するから取手を押込み捻ると火が起こるぜ」
恐る恐る取手を押込み捻ってみると確かに火が起こった。そこからは、回す量によって火の調整が出来た。そこは、ガスコンロと変わらない様だ。
「それで、まだ出来ないのかよ?」
「直ぐに出来るからそこで見てなって」
コンロの上にフライパンを置いて、バターを引く。
余談だが、たまにバターが溶けて行き渡ったらバターが引けたという人がいるが、実は違う。溶けて広がった状態から泡が起こる。コレが小さくなって消えそうになり始めて大丈夫な状態なのだ。
俺は、冷蔵庫で冷やしていた生地をフライパンに流し込み、次々に焼き上げた。
「ほらよ」
「おおっ、美味そうだな!」
「本来ならクリームとか果物を添えたい所だけど、食料の問題から今は勘弁な」
「別に良いよ。次の楽しみに取っとくぜ!」
「それでは………」
「「いただきます!」」
レオも食べる時には"いただきます"と言う事を知った。そして、パンケーキに顔を埋めながら食べる姿はとても可愛かった。
「美味ぇな! バターの香りに程よい甘さ! 最高じゃないか!」
「そう言ってくれると作りがいがあるよ」
美味しい物とは、作る者と食べる者が一緒になってこそ生まれるものだと教わったが、美味しそうに食べるレオの姿を見ていてそう思ったのだった。
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