第12話 好きで、好きすぎて(広夢視点)

「くそっ、こんなに緊張するもんなのか?」

告白未遂から、1週間。俺は、先週と同じように病室に来ていた。

告白する。

それを視野に入れた瞬間、なんだか接し方が分からなくなって。

コンコン

「はぁーい。どうぞー」

この、なんにも分かってない気軽な声。それさえ、愛しいのは。

なんでだろうか?

「凛、ひ、久しぶり」

「うん。久しぶり」

「「········」」

こんなにすぐに、話題が無くなるとは。これは予想外だ。

きっと、先週の気まずさが残っているのだろう。しょうがない、と分かっていてもこれは辛い。

「今日はまた勉強するのか??」

当たり障りのない問いに、凛は笑顔で答えてくれる。

「あ、どうしよっかなって思ってるんだよね。なんか、広夢くんの話を聞いてみたいって言うか」

「?」

話。なんか、俺が話せることはあっただろうか?

「あ、あのね、違くて、あの、広夢くんの普段の生活とか、知りたいって言うか、ね?」

ね?って言われてもわかんないんだけど。

でも、まぁなんか話せばいいのは分かった。

「えっと、あ、中学の話とかする?」

「あ、うんうん!ありがとう」

「えっと···何話せばいい?」

話を始めようとしたけれど、なかなか話すことが見つからない。

凛は、少し考えて言った。

「カレカノとか、結構いるもんなの?」

「は?」

いきなりそれかよ!それ、聞く相手間違ってないか?俺、一応男なんだけど。そういう話題は女子同士でやれよ。

そう思って、気づいた。こいつ、話せるやつがいないのかも。

「あ、えっと、まだ中一だし。そんな、いないかもな。まぁ学年に5、6組くらいか」

「え!すっごー!」

だいたいを想像して当たり障りのないように応えると、凛が目をキラキラさせて食いついた。

な、なんだ。なんかすごい顔が輝いてる。

「え、やっぱりそういう感じになるんだねぇ。凄いなー」

うん。そうだよ。そういうもんだ。いま目の前にいるやつもお前のこと恋愛対象として見てる。

若干の気まずさを感じていると、凛がいきなりしょんぼりした顔になり、チラチラと俺の様子を伺ってきた。

·····ど、どうした?

「あ、あのさ?別に嫌なら良いんだけど、あの、広夢くんも両想いの人いたりするの?」

ちょ、なんだ、おい。悩んでたかと思えば恋バナか。

いたらいいな。お前次第だけどな。きっと無理だもんな。

そんな答え、する訳にはいかない。

「え?あ?あ、ぁぁ、い、いないよ」

だいぶ不自然になってしまった。

「そっか。私病院にいたしそういうことにはあんまり関わってこなかったから、なんかカレカノとか羨ましいなー、なんて·····。」

凛ができるだけあっさりと言おうとしているのが分かったので、俺も合わせておく。

「はは、でも俺だってそういうのには関わってこなかったしな、よくわかんねえ」

「ふふっ」

「ああ、でも、案外みんな両想いの人が欲しいって思ってるかもな」

「·····へぇ?広夢くんも?」

「あ、あぁ」

普通に調子を合わせただけなのに、なぜか俺のことを、凛が探るような目で見る。

なんだ?と思ったけれど、その視線はすぐ無くなり、代わりになんだか寂しそうに笑った。

「私も、彼氏欲しかったなぁ」

は?なんだよ、それ。それじゃあなんかー

「病気が治らないみたいな言い方じゃないか?」

俺が少しの怒りを含ませて言うと、凛はビクッとした。でもすぐに取り繕って笑う。

「そう?私そんな言い方したかな」

「したよ、してたよ」

「なんだろ、最近落ち込みやすいんだよね。気にしないで」

普通の笑顔でそう言われると、なんだか信じてしまいそうになる。

だから、俺は気を引き締めて言った。

「それ、本当か?本当に……」

治る病気、なんだろうな??

言外に含めた俺の問いに、凛は敏感に気づいた。また、あの微笑みを浮かべ、、なにも言わない。分かってるんなら、治るのなら、「うん、当たり前じゃん」そう言ってくれればいい、それだけなのに。

やっぱり治らないのか??

くそっ、心配すぎる。なのに、凛はそれに気づいてない。話してくれない。

「凛、悩んでるなら言えよ?」

そう、ダメ元で言った瞬間。

凛が、目を見開いた。

いや、なんで今驚いてんだ?遅くね??

·····心の片隅でそう思いながらも、俺は凛の反応を見る。

「あ、りがとう」

一瞬笑った凛の、本当に嬉しそうな、でもそこから先には絶対に入らせてもらえないようなー。そんな笑みを見たら、なんだか無性に、悩みを聞かせてもらいたくなった。

でも、今のままじゃ無理だろう。だから。

「好きだよ」

俺に出来る、精一杯のサポートをしよう。

凛を心配してる、それを伝えよう。

一瞬、もう1人の俺があぁ何やってんだ、とため息をついたが、無視だ。

視線に思いを込めて、凛を見続ける。

凛は、最初俯いて。しばらくして、俺を見た。そのまま見つめていると、不意に凛の目から涙が、ぽろり、と零れた。

「う、ぅぅぅ〜〜·····ありがとう」

さすがに泣いている凛を見るのも気が引けたので目は逸らしたが、俺はさらに思いをぶつけた。

「凛のことが心配なんだ。会ったばっかだしキモイかもだけど、なんか悩んでるって分かる。だからそれが心配で、力になれるならなりたい」

「·········ありがとう」

凛は、そう言って笑った。

「付き合って」

そう言うと、また泣き出してしまったけれど。




しばらく一人で泣いていた凛だったが、恥ずかしくなったのか、気持ちが整理できたのか、泣きやんで俺を見た。

「ありがとう、嬉しくて泣いちゃった」

「うん」

俺が求めている答えはそれじゃない、そう思いながら軽く相槌を打つ。凛はそれを悟っているみたいで、言葉を続ける。

「私ね、先天性の心臓病なんだ」

凛がさらっと、軽く放った言葉は、俺にとってあまりにも身近じゃなさすぎた。

「それも、結構重いやつ。だから、きっともう長くないんだろうなー。なんて思ったりして」

「え、えっと」

俺が理解出来ていないのに、凛はハキハキとしゃべり続ける。

「だからダークモードなの、最近。心臓病なんて、聞くからにやばいでしょ?」

ふふ、と笑っているけれど。

「それって···悲しくないのか?」

「悲しいよ。悲しい。だから悩んでるんだよ」

そうか。そうだよな。凛が本当に悲しそうに言っているのを聞いて、少し後悔する。

「·····そっか」

俺は、何も言えなかった。

「だからね、もしかしたら広夢くんといられる時間は少ないかもしれないよ??それでも、良いの?」

凛は、俺を試すように見る。その視線は、自分が傷つかないためなのが分かる程度には厳しくて、きつい。

でも、そんなものはどうでもいい。

「当たり前じゃん。俺は、凛が好きなんだって、言ったろ」

「そっか。そっか·····ありがとう。じゃあ、よろしくお願いします」

凛は、笑っている。

その笑顔が可愛くて。可愛いとしか、思えなくて。だから。


「おう。凛が悲しまないように、凛が知らない楽しみを、教えてやるよ」


俺は、この時の凛の思いに気づけなかったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る