第35話 宗久と鞠
翌日の一限目終わり。俺は机に突っ伏していた。理由はひとつ、先程の数学のミニテストで爆死したからである。10点満点中4点。平均点は9点。満点で当たり前のテストだと先生は言っていた。
……実は結構やべぇ状況なのでは。
思えばここ最近真面目に勉強していなかった。
先日の事件で疲労していたというのもあるが、それ以前にまったく勉強のやる気が出なかったのだ。
俺は顔を上げ、まわりを見る。皆悪くない表情だ。下手したら俺がこのクラスで最下位かもしれない。ヤバい。何がヤバいって、ミニテストで悪い点をとったこともそうなのだが、期末試験が近い。このまま期末を迎えればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
あかん、どうしようとまた机に突っ伏す。
いつの間にか、二限目始まりの鐘が鳴っており初老の男の先生が教室に入ってきていた。
とりあえずこれからは授業真面目に受けよう……。
*
6限目が終わった。今現在は帰りのHR中である。
「じゃあ清水からクジひいてけー」
そう俺たちのクラスの担任である山ちゃん先生が言った。その言葉を皮切りに一番右上の席の清水が立ちあがり教壇に置いてある紙の箱からクジをひいていく。清水は、クジを開き、黒板に書いてある席の番号を見て、絶望したような表情になった。どうやら良くない席であったらしい。
席替え。学生だけの特権イベント。それが帰りのホームルームで行われていた。
「この席ともお別れかぁ」
一番窓側の席の二番目の席。そこが俺の席。でも、この席とも今日でお別れになる。
悪くない席だった。周りに喋る人はいなかったが。
「……」
生徒が立ち上がり次々にクジをひいていく。黒板の席の空欄が次々と埋められていく。喜ぶ者、悲しむ者、「まぁ普通かぁ」という感じの表情の者と様々だ。俺たちのクラスの席替え周期は特に決まっておらず、誰かがやりたいといえば、多数決を取り賛成が多数なら実行するというものであった。
そうこうしていると、いつの間にか俺の席まで順が回ってきていた。
俺は特に何も考えずクジを引いた。
「お、恋詩どこー?」
「今度は3人近くになれるといいね」
「んー」
遠くにいた柊子と一ノ瀬が近くに寄ってきて俺の手元を見る。
開いた紙の中には、23という番号が記載されていた。
「23……あ~私の席と全然遠いじゃん!」
「だな」
23番の席は、右から3番目の列の4つ後ろの席だった。
ちなみに柊子の席は元の俺の席から右に一つずれた場所だ。
「おっ、でも一ノ瀬の隣じゃん」
「そうだね、よろしくね恋詩くん」
俺の席のすぐ隣には一ノ瀬の席があった。
俺は少し安心した。これなら寂しい思いはしなさそうだ。
「なんで私だけ~」
「どんまい」
いつのまにか、クラス全員のクジ引きが終わっていた。
それを見て山ちゃん先生が声を上げる。
柊子達も自分の席に帰っていく。
「うーし、じゃあ明日には表が出来るから今日はもう解散。明日の朝には席変わるから席の中の物は持って帰れよー。じゃあ日直」
「起立――! 礼」
「「「ありがとうございましたー」」」
*
世界を超える。
山の頂。そこに奇妙な岩があった。
人が数人、縦に並んだ程度の高さの岩。
奇妙なことにその岩には顔のような輪郭があった。
そしてその背中にある巨大な”何か”。
突然、轟音が鳴り響いた。
その奇妙な岩が、変形していた。
巨大な鉤爪が中から飛び出ていた。
そして、ソレが岩を完全に破壊し外に出る。
それは大まかな形こそ人の姿に似ていたが、人ではなかった。
猛禽類と爬虫類を掛け合わせたような異形の頭部。帆よりも巨大な黒翼。
その大きさは、岩そのものであった。まるで表面だけ岩になっていたかのように。ソレは目覚めると、巨大な黒翼を羽ばたかせ空に消えた。
*
宗久は空を見上げ、少し眉を顰めた。
分厚く灰の色をした雲。太陽は隠れ、昼だというのに夕方のようだった。
それに流れが速い。
「荒れそうだ、狩りに行くのは辞めるか」
宗久は、外に用意していた槍を家の中に入れた。
家の中では妻である鞠が鹿の煮込み汁をつくっていた。
「あら、あなた今日はお休み?」
「あぁ、今日は荒れそうだ、朔汰はどうした?」
朔汰とは宗久と鞠の子で、今年で7つになる。
その朔汰の姿が家の中には見えなかった。
「村長さんのとこですよ。椿ちゃんと一緒に遊んでいると思います」
「そうか」
椿とは、この村の村長の子で朔汰と同い年の女の子だった。
宗久はそれを聞いて土間にあった椅子に腰掛ける。
そして壁に掛けていた槍を手にとった。
「しゃあねえから手入れでもしとくか」
その槍は宗久の狩りの師から受け取ったものだった。
二角獣と呼ばれる獣の角から作った業物の槍。
本来、宗久ほどの若い男が持つものではなかったが、師が病で弱っていたということもあって数年前に受け取った。
固く、重く、鋭い黒槍。
それを振るうだけでもかなりの筋力を要される。
宗久もその槍を受け取ったということもあり、村では一番の大男だ。
槍の汚れを拭き取りながら宗久は部屋の壁に干されている肉を見る。
(そろそろ少なくなってきたか)
尽きる前に早く狩りにでなければならない。
そして冬が訪れる前にできるだけ蓄えておく必要がある。
自分や家族のためだけではなく村のためにも。
そう手入れを続けていたとき、誰かが背中に抱きついてきた。
「父上ー!!」
振り向くと息子の朔汰が背中に抱きついていた。
どこか目が赤い。
「おう朔汰、椿はどうした? 遊んでたんじゃねのか?」
「……うっ」
なぜかそう聞くと、朔汰は宗久の顔から目をそらした。
よく見てみると、朔汰の足に擦り傷のようなものがあった。
「なんだ、また虐められたのか」
「うぅ」
息子である朔汰はよく虐められていた。それも男の子にではなく、同い年の女の子である椿に。とはいってもあくまで、子供同士のじゃれ合いのようなものであるが。
「まったく、少しは勇気だして立ち向かえばいいもんを」
「だって……椿すごく怖いし」
「それじゃ強い男にはなれねぇぞ」
「うっ」
そうしていると、家の外から大きな声が響いた。
「こらー! さくたー! お家に逃げ込むなー!」
「うわぁぁ、つばきがきたぁ」
入り口を見ると、朔汰よりも少し背が大きい少女が入ってきていた。
「おう椿」
「おじさんこんにちは! おばさんも! 朔汰もらっていいですか?」
「おういいぞ」「いいわよー」
「うぁぁぁ、親に売られたー!」
「やったあ!」
飛び跳ねる椿、そして背中にへばりついていた朔汰を捕まえ外に連れ去ろうとする。
「椿、朔汰」と出ようとする二人を呼び止めた。
「どうしたの?」首をかしげる朔汰。
「山のほうには行くなよ」
「うん! じゃあ遊んできまーす!」
そう言って二人は外へ出ていった。
言わなくてもわかっているとは思うが、今日はなぜだか胸騒ぎがしたのだ。
荒れそうというのもあったが、それだけではない。
ここ最近、山の様子がおかしいのだ。
獣の移動が激しい。なぜ、こんな場所にということが何回もある。
(鬼が近づいている……?)
鬼と呼ばれる存在がいる。鬼は人の姿に似ているものの、その大きさは人とは比べ物にならず、出逢えば人は喰われてしまう。
宗久は幼い頃、一度だけ鬼を見たことがある。人数人分はありそうな巨躯。赤黒い肌。そして頭部から生える特徴的な角。その鬼は人を薪のように背負っていた。
思い出した恐怖で身体が微かに震える。
そのとき、宗久の両親は死んだ。
あっけなく、唐突に鬼に出会い殺された。
そして鬼が両親を殺している間に、宗久は逃げた。
それから遠く離れたこの村に迷い込み、村の一員として生きることを許された。
「……クソが」
鬼は年に数度、山から降りてくる。
その標的になってしまえば、抗うすべはない。
”都に住まう神々以外は”
「あなたー、ご飯できましたよ。少し食べますか?」
「あぁ」
宗久は、お椀を差し出してくる妻を見ながら、幼い頃を思い出していた。
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