第27話 鍔鳴りの音

*少し暴力描写と性描写?注意です!! 


 ホールは男達の笑い声で満ちていた。

 その一人である小鳥遊恭也は、女を抱きしめながらテーブルにある度数の高い酒を喉に流し込む。

 

「うっ、あぁぁ」

「そういえば、恭さん。志波さんどこいったんすか」


 最近、大蜘蛛に入った新入りの長田ジュンは恭也に聞いた。

 大蜘蛛のトップである志波竜次が、先程帰ってきては女を連れて奥に引っ込んでしまったのだ。


「奥。マジであの女が気に入ったんだろうよ」


 志波が向かったのは、ステージの袖から入れる通路。その奥にある控室だ。

 そこは、今現在、志波だけの部屋になっており、志波がお気に入りの女を可愛がるときにはそこに向かうのだ。


「へぇー、いいっすねぇ。俺もあの女と――っす」

「バカ、手ぇだしたら殺されるぞお前」


 長田ジュンもその高い戦闘能力から、大蜘蛛に入ることを許された。今現在、大蜘蛛にいる29人のメンバーは一人ひとりが尋常ではないほど喧嘩が強くその強さを見込まれ志波竜次直々にスカウトされた。一人ひとりが、地元で大きく名のある不良ばかり、もはやこの大蜘蛛というグループは関東で競う相手がいないほど力のあるグループになっていた。


 だが、その大蜘蛛というグループの中でも格別な存在なのが志波竜次だ。


(あの人には誰も勝てねぇ)


 志波竜次が負けるところを恭也は想像できなかった。イメージすら浮かばないのだ。志波には恐ろしい武勇伝がある。ニュースにはなっていないが銃を持ったヤクザ数十数人と一人で戦い皆殺しにしたとか、敵対勢力のアジトに一人で乗り込んで敵のボスを目の前で命乞いさせたとか。恭也には志波が人間には思えなかった。


「つーか、マジですげぇよ志波さん。まじで予知能力みたいの持ってんじゃねぇの」

「だな、あの人の言うこと聞いてれば、警察も全く怖くねぇ」


 志波はなぜかいつどこに警察が現れるのか分かっているかのようだった。

 なぜかは分からないが、志波の言うことを聞いていれば警察から楽に逃げることが出来た。


(全部俺らのもんだ。金も、女も。ぜんぶ)


 なんとなく恭也は広いホールを見渡す。

 薄暗いホールでは、大蜘蛛のメンバーたちが好き勝手に暇を潰していた。

 喧嘩する者、酒を浴びるように飲む者、女と遊ぶ者など様々だ。


「絶対に天罰が下るわ……」


 そんな声が微かに聞こえた。

 恭也はそこに目を向ける。


 腕を手錠で固定された女が床で転がっていた。

 その口は皮肉げに歪んでいる。


 名切麗奈なきりれいな。以前、前のアジトに乗り込もうとした刑事の一人で、その美貌から殺されていない女。ほかの女たちが光を失った目をしているのに、その女だけはまだ瞳に憎悪を残していた。


「ちっ、まだ足りてねぇみたいだな」


 恭也は女をどかしてゆっくりと立ち上がる。

 麗奈の頬にも、腹部にも痛々しい殴られた痕跡があった。

 麗奈は連れてこられた当初、狂ったように喚き散らし、その度に暴力を振るわれていた。だが、麗奈は憔悴してはいるが未だに光を失わない。そしてこう呟くのだ。神様は見ている、神様が必ず貴様たちを罰してくれると。


(頭オカシイじゃねぇのこの女)

 

 そして、恭也はいつものように手を振り上げようとした。


「あ? 誰だお前」


 そんなとき、そんな声が聞こえた。

 恭也も、麗奈もそこに目を向ける。


 そこには一人の少年がいた。

 薄く赤みがかった髪の少年。

 制服姿で、まだ高校生くらいだろう。

 そんな少年が特になんの感情もみせず、ただそこに立っていた。


 どうやって入った? いつからそこにいたんだ?

 恐らくホールにいた全員が思っただろう。

 それほど少年は唐突にそこにいた。


「オマエここが分かってんのか? ア!?」


 長田が少年に詰め寄った。

 体格差がはっきりと誰の目にも見えていた。

 長田ジュンは外国人とのハーフであり、その身長は193cm。また体重は100オーバーの巨漢であった。


 部屋の中にいた誰もが次の瞬間、少年が殴り飛ばされる光景を想像した。


 だが。


 鈍く、重い音が鳴った。

 

「あ……エ?」


 長田が腹部を押さえて少年の目の前で崩れ落ちた。

  

「嘘……」


 麗奈が目を見開いて少年を見た。

 少年は、コキコキと首を鳴らす。


「暴れるとすっかぁ、栞さんはいねぇし」


 最後のは声が小さく誰も聞き取れなかった。

 だが、少年が敵なのだと大蜘蛛の誰もが理解した。







 

 中には、思っていた以上に柄の悪い男たちがいた。

 男たちだけではない、床には半裸の女性が何人も転がっている。


 その中に栞さんの姿はない。


(やはり、俺一人で入って良かったな)


 俺と雪さんは入り口で別れていた。

 それには理由がある。栞さんが入ってすぐのホールにいればいいのだが、そうではないかもしれない。例えば控室とか、スタッフルームに捕らえられている可能性があった。その場合、雪さんと俺が一緒に入れば、栞さんのもとへ行くまでに時間がかかる。


 一応、ホールに栞さんがいれば大声で雪さんに呼びかけ、二人でなんとかする算段だったのだが、その可能性はなくなった。今頃雪さんは裏口に周っている頃だろう。


 俺は囮なのだ。

 できるだけ暴れて雪さんが栞さんを助けやすくする役目。

 それは俺から言い出した。雪さんは「ごめん」と顔を悲痛に歪めていた。


(あんま暴れてるとこ見られたくねぇしな)


「テメェ」


 中にいた柄の悪い男達が立ち上がる。

 

(ちっ、志波竜次はいない)


 指名手配書で見た顔を思い出す。

 強そうな男は何人かいるが、志波竜次の姿はない。


「お前ら行け」


 テーブルの近くに立っていた男が他の男達に命令した。

 一番近くにいた金髪のチャラい男が殴りかかってくる。


「あ?」


 男の拳を掴む。そして拳を掴んだまま身体を回す。


「ギャァァァァ」


 そして男の体を、奥にいた男達に投げつけた。

 ボウリングのピンのように吹き飛ぶ男達。


「凄い……」


 床で倒れていた美女がこっちを見てそう呟いていた。


「……」


 常軌を逸した腕力によって、人一人くらい振り回すのは余裕だ。

 と、後ろにも敵がいることに気づく。


「死ねぇぇ!」


 男はバールのようなものを振り落とす。

 が、その前に俺の拳が男の顔面を殴る方が早かった。

 男の身体が床に跳ねる。


「ゼン!! テメェ!!」


 唇にいくつもピアスのある男が、包丁を持って飛びかかる。


「キャハハハ……あ? ボエッ」


 男の腹を俺の足が打ち抜いていた。

 だがすぐに四人の男達が俺の前に現れる。


「死ねぇ!!」


 一番近くに男を殴る。

 側にいたもう一人も、蹴って吹き飛ばす。

 俺はしゃがんで床に手をつけた。


 そしてブレイクダンスをしているように、連続で他の男にも蹴りを入れる。


(これで8人か?……)


「何だよこいつ……」

「普通じゃねぇ」

「……どこのグループのもんだ」


 俺は無言で男たちを殴り続ける。

 

(これでも志波竜次こねぇのか)


 もう結構騒ぎを起こしたはずだ。だが、志波竜次はホールに現れる気配がない。


 とりあえず目の前にいた男に掌底を打ち込む。

 男が吐く。


「あ?」


 気づけば向かってくる男がいなくなっていた。

 だが、まだ男達は残っている。


 その光景に違和感を覚え、なんとなく咄嗟に顔をずらした。

 パァン!と音が聞こえた。

 何かが頬をかすめた。

 

 触る。

 赤い血が指先についていた。


「へっへへ、これは子供の喧嘩じゃねぇんだよ僕ぅ」


 男達が銃をこちらに向けて構えていた。


「……そういうの使うんかよ」

「ハハ! じゃあ死んでくれや」


 連続して発砲音が鳴る。

 俺は思いっきり足に力を入れ後ろに飛んだ。


 さっきまで俺がいた場所を銃弾が貫く。


「……そっちがその気なら俺も最終兵器使うわ」


 俺はぼそっと言った。


「あ? 何言ってんだてめぇ、状況がわかんねぇのか?」

「……影静!!」

 

 そう言った瞬間、俺の右手には、見慣れた美しい漆黒の鞘と、鮮やかな朱色の柄の刀があった。


「なんだそれ……」


 ポカンと男達は目を点にしていた。

 いきなり俺の手に刀が現れたのだから当然だった。


 影静は俺が呼べば狭間を通り、どの場所からでも出現する事が出来る。

 俺が特に何も考えず、ここに乗り込んだのも、隣にいつも影静がいるという安心感があったからだ。


「恋詩……また、厄介な状況ですね」

「突然ごめん、でも今はヤバい状況だから呼んだ」

「フフ、いえ。私はとても嬉しいですよ。もっと使ってください」

「じゃあ、やるかァ」


 俺は床を蹴った。



 少年が消えた。

 恭也の目にはそう見えた。


「あ、どこ行った?」

「恭也さん、後ろ!!」


 振り向く。

 顔の横に白銀の刃があった。


(死……)


 衝撃が恭也を襲った。

 吹き飛ぶ身体。


(なぐ……られた?)


 何で? 刀で。

 そうして、恭也の意識は消えた。



 俺は影静を振り回す。

 力が身体が巡る。


 身体が燃えている感覚がある。


「てめぇ! 俺たちを殺す気か!!」

「どの口が言ってんだ。それに……峰打ちなら死なねぇ!!」


 漫画で見たから知ってるんだ俺。


 


 

 そして数分後。

 鞘に刀を収める鍔鳴りの音が鳴った。





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