第25話 雪と栞
「金を集めてたんだ、だからあのおっさんを襲った」
「なぜ金を?」
「俺たちは”大蜘蛛”に入りたかったからさ」
「”大蜘蛛”とは?」
「そういうグループがあるんだよ、だけどそこに入るためには金が必要なんだ」
「その”大蜘蛛”というグループは、最近ニュースでやっている連続誘拐や、強盗に関係あるのですか?」
「……あぁ。ぜんぶ、そうさ」
「そのトップは誰なのですか? その人間は今どこに」
「”大蜘蛛”のトップは志波竜次つー人で、その人の命令? で俺たちは金を集めてた。”大蜘蛛”に入りたかったら金を集めてこいつーことで……だけど、今どこにいるかは知らねぇ、俺らにはただ非通知で電話がかかってくるだけだから、金はその電話で渡す日時伝えるって段取りだった」
「そう……ですか」
その後も男は色々と話をしてくれた。
”大蜘蛛”のメンバーは30人くらいいるとか。
銃を所有しているとか。
”大蜘蛛”の隠れ家に、捕らわれた女たちもいるとか。
また”大蜘蛛”に入りたがっている奴らは数百人いるとか。
だが、志波竜次に繋がる手がかりはなかった。
男に、かかってきたらここに連絡しろと番号を伝えた。様子を見る限り、男は逆らう様子はなかった。念の為、男の運転免許証に載っていた住所や本名を抑え、俺達はその場を去った。
その後も、同じような暴力事件を起こしている男たちを捕まえ話を聞いた。全員が暴糞虫に寄生されていた。思った以上に暴糞虫は町で広がっている。
志波竜次は用心深いらしく、誰も居場所を知らないらしかった。それに、男たちは誰一人自分が暴糞虫に寄生されていると認識していなかった。
「つーか、なんでそんなに”大蜘蛛”に入りたいんだ?」
男達は楽しいからと言っていた。
理解ができない。
「彼らは、暴糞虫に寄生されています。暴糞虫は心を惑わすことも出来るのでしょう」
「……怖えな。だけどここまで大規模な事件が起きているのに、未だに警察が志波竜次を捕らえられていないというのが気になる」
「えぇ。恐らく背後に誰かがいます、きっと尋常じゃない力を持った誰かが」
ポッケからスマホを取り出す。
時刻は2:05a.m.
もう丑三つ時だ。
「恋詩、今日はもう戻りましょう。明日も、いえ今日も学校ですし」
その影静の言葉で、俺は家に帰ることにした。
翌日。正確には10時間後。今日は木曜日だった。昨日は、うちの学校だけが行事の代休で休みで、俺は火曜も筋肉痛で休んでいるから、学校に行くのは久しぶりの気分だった。
教室では、いつものように授業が行われている。
今の時間は、世界史。黒板の前では、中年の女性教師がいた。
先生には悪かったが俺は授業をほとんど聞いていなかった。
朝からずっと考えているのは、ここ一連の拉致事件や暴行事件のことだ。
昨日、最初に話を聞いた男は、”大蜘蛛”のメンバーは30人ほどいて、その隠れ家に拉致された女性たちもいると言っていた。他の奴らから聞いても、同じことを言っていた。それが本当かはわからない(男たちは嘘をついていなくても、その情報自体が嘘の可能性もある)だが恐らく丸っきり嘘というわけではないと思う。
一連の拉致や、暴行事件は、この町でほとんど起きている。だから全国ニュースで最近この町の名前はよく聞くようになった。町長もこんなことで有名になりたくはなかっただろうと思う。恐らく志波竜次が、”大蜘蛛”がこの町のどこか、それか隣町か、少なくとも遠くない場所にいるのは間違いない。
(今日も朝からパトカー数台見たしな)
この町のことはだいたい知っている。生まれ育った町でもあるし、昔の俺は自転車でどこでも行くような奴だったから。
(もし、俺が志波竜次ならどこ隠れる?)
世界史のノートに軽く町の地図を書く。
ここはあそこらへんで、ここらへんは――があるとか、思い出しながら。
もし俺が志波竜次なら、隠れる場所は。
ひと目につきにくく、多少騒いでも大丈夫な場所。
そしてすぐに逃げられる場所。
(後は――)
トンと音が鳴った。机に軽く影が出来ていた。
前を見る。先生が、怖い笑顔でこっちを見ていた。
*
翌日――金曜日
*
日向雪は、学校から少し離れた場所にあるバス停にいた。
正確には、バス停の近くにいた。
時刻はもう午後5時を過ぎており、チラチラと制服姿の学生や、仕事終わりのサラリーマンの姿が見えていた。
特に何をするという目的は無いが、自然と雪の手はスマホへ向かっていた。
メッセージアプリの履歴を見たり、動画サイトを覗きに行ったりする。5分程度そうしていたが、スマホに触るのも飽きて手を止めた。雪は「ふぅ」と息を軽く吐き空を見上げる。
見上げた先は曇り空だった。
太陽を大きな雲が覆い隠し、雨が降るのか振らないのか微妙なラインだった。
一応、傘はあるため、振っても大丈夫である。
でも、あまり雨という天気は好きじゃなかった。
しばらくそうして空を見上げていると、反対側の道路に、20代後半くらいであろう女性と、その近くに二人の子供がいた。恐らく親子だろうと雪は思った。
子供たちは、兄弟らしく顔立ちが似通っていた。
「……」
その姿を見て、雪は自分の家族を思い出した。
思い出してしまった。
日向雪という少年の生まれはなんてことないものだった。
どこにでもあるような中流家庭で、父も母もいて、弟もいる。
ただ一つ、他の家庭と違うのは、父も母もどちらも教育熱心”だった”ことであろう。雪は幼い頃から厳しく躾けられた。
友達と遊ぶことは禁じられ、習い事の日々であった。
英語教室、ピアノ、塾など多岐にわたる。
ただ一つ覚えているのは、自分がやりたいと言って習ったわけではない、すべて親の都合だったということだ。そしてそれを辞めたいと言えば、躾と称した暴力が振るわれる。
元々、虚弱だったというのもあるが雪は次第に自発性を失っていった。言われたことはやるが、自分からは何も言い出さない静かな少年。
だが、まだ良かった。雪はそれでも母親も父親も好きだったし、二人に褒めてもらえるなら頑張ろうと思っていた。
だけど、弟が成長するにつれ両親の興味は弟に向かっていった。
弟は天才だった。
それがわかったから。
雪が1周間かけて、覚えたものを、弟はたった一度見ただけで覚えることができた。
次第に雪は家庭内でぞんざいに扱われるようになった。
”あーもう、何もしないでいいよ、あんた失敗作だから”
母親から言われた言葉が、脳裏に蘇る。
身体が震える。
そこからは、父親も母親も雪に見向きもしなかった。
誰もいない食卓の光景が蘇る。
父と母と弟は外食に行き、家には雪一人しかいなかった。
テーブルには千円札が置かれていた。
「……」
中学に入った雪は、ただ静かに暮らしていた。
部活に入る気はなかった。
何もかも面倒だった。
もういつ死んでもいいと本気で思っていた。
ただ死ぬのが面倒だったから死ななかっただけだ。
そんなときだった。
あの人と出会ったのは。
夏目栞。一つ上の先輩で、今は雪の恋人である少女だ。
栞は、雪を同じ部活に誘った。最初は断ったが、何度も誘われ、その熱意に負けて雪もその部活に入ることになった。
栞は無気力な雪を見かねてか、様々な場所に連れて行った。
ゲーセンに、プールに、そう言えばキャンプにも行ったっけ。
楽しかった。信じられないくらい楽しかった。
世界が広がったような感覚を覚えた。
雪が栞に惚れるのに時間はかからなかった。
そして、栞の卒業の日に告白した。
栞はそれを受け入れた。
告白した場面を思い出して、雪は赤面した。
そんなときチロン! とスマホが鳴った。スマホを見る。そこには、栞からのメッセージがあった。
”あと少し”
どうやらもう到着するようだ。
しばらく待っていると、遠くからバスが来るのが見えた。
「どーん!」
バスから栞が降りてきて、そのまま雪に抱きついた。
他のお客さんの邪魔にならないように後ろに下がる。
「わっ、栞さん何するんですか」
「恋人同士が会ったらまずハグだよ!」
「えぇ、ここ海外じゃないですよ」
「いいの、雪くんに抱きつけるなら理由なんてなんでも、受験勉強のストレス解消しなきゃ」
雪と栞はバカップルそのものだった。
バスはいなくなっており、通行人が白い目で見てくる。
でも幸せだった。
もう栞がいない人生は考えられないし、一緒にいるためならなんでも出来る。そう思える。
しばらく抱き合った後、手を繋いて道を歩く。
「今日はどこ行こっか」
「そうですね、一昨日みたいなことがあったら怖いし、今日は近い場所で」
「そうだね」
一昨日のことを思い出す。
栞が襲われ、後輩の少年が助けてくれた。
雪には正直に言って感謝しかなかった。
もし、栞の身に何かがあったらと思うと、居ても立っても居られなくなっただろう。
「はやく、犯人たち捕まってほしいね」
「そうですね」
そんなときだった。
後ろから肩を掴まれたのは。
「俺たちがなんだって?」
「え」
衝撃が雪を襲った。
殴られたのだとわかった。
黒くなっていく視界。
「すげー、この子マジで可愛いな!」
「志波さん、ですよね! マジで、可愛い、こんなクソガキには勿体ないっすよ」
「こいつオレの女決定ー、そろそろ新しい女補充するわ」
「嫌ぁァァァァ! 雪くん! 助けて、嫌、やめ、やめて」
助けなきゃ。
栞さんを。
なに横になっているんだ。
助けないと。
あ。
「あー、聞いているか分からんけど、警察呼んでみろ、この女もお前の家族も完全に壊してやるからな」
その言葉が遠くから聞こえた。
雪の意識は闇に消えた。
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