第15話 ショッピングモール
6:23p.m.
俺たちはショッピングモールの中にいた。
駐車場の空き具合から予想出来ていた通り、ショッピングモールの中は、あまり人はいなかった。だが、いないわけではなく、まばらにポツポツというくらいだった。
ここのショッピングモールは、一階が食料品店、家電量販店、コーヒー屋、寿司屋などのお店が並び、二階は、本屋などに加え複数のブティックが並んでている。ようするに、ここで手に入らないものは少なく、様々な種類のショップがここにはあった。
「それでどこに行けば良いのでしょうか」
「んー、とりあえず、適当に近いお店から見ていくのはどうですか?……恋詩くんはどう思う?」
その問に了承し、俺たちは近くにあるショップから順に入ることにした。
”一緒にモール行かない?ちょっと頼みがあるんだ”
俺が一ノ瀬にした頼みごとは一緒に影静の服を選んでほしいというものだった。一ノ瀬は最初困っていたが結局一緒にショッピングモールに来てくれることになった。本当に助かった。例え一ノ瀬がファッションに疎いとしても、少なくとも男の俺よりは知識あるだろうと思ったからだ。
”そのあの人、訳ありでさ、できれば詮索しないでもらえると助かる”
俺は、ショッピングモールに入る前に一ノ瀬に言った。
一ノ瀬はその言葉に、何を想像したのかわからないけど「影静さん苦労したんだね」なんて言いながら、少し深刻そうな顔をしていた。つーかちょっと涙ぐんでいた。何を想像したんだろう、結構気になる。
「あ、あの黒のタイトな感じのとか影静さんに似合いそうですね」
左隣にいる一ノ瀬がマネキンを指差して言った。
一ノ瀬が指差したマネキンが着ていたのは白いトップスと黒いスカート。イメージ的には、ぴっちりと身体に密着するような感じの物だ。可愛い系というよりカッコイイという感じ。その一ノ瀬の言葉に俺も頷いた。影静には可愛い系のファッションよりもカッコイイ系が似合うと思う。
とりあえずいくつかピックアップした服を取り、店員さんに許可をもらって試着室で着てもらう。影静は、少し戸惑っていたがゆっくりと試着室に入っていった。
「どうですか……?」
しばらくして試着室のカーテンが開いた。
「「……綺麗」」
俺と一ノ瀬の声が重なった。それほど影静の姿は美しかった。
ただ美しいだけではなく、その姿は清楚さを感じさせ、明るい印象を与えていた。
着物を着ていない影静に違和感を覚えてしまうが、それ以上にその姿に目を奪われた。
「……は!、とってもいいと思います!それに黒も白も、他の服に合わせやすくて着回ししやすいですし」
「そ、そうですか……」
とりあえずその服は購入することにして、一旦、その店を出ることにした。影静は、もう一度試着室に入り、着物に着替えた。
「恋詩くん……なんか私楽しくなってきちゃった、影静さんモデルさんみたいだし、見てるだけでもすごく楽しい」
「恋詩、私も少し楽しくなってきました」
二人がそう言ったのが、終わりの見えない買い物の始まりだった。
8:53p.m.
俺は、ショップの前に置いてあるベンチの前で項垂れていた。え、長すぎじゃね?と。朱里は、こんなに時間かけていなかったってと遠い昔を思い出す。時刻はもう夜9時に近づいており、いくつかの店舗では店仕舞の準備をしていた。影静と一ノ瀬は、まだお店の中で商品を見ており、初対面だったにも関わらずこの数時間だけで随分打ち解けているように見えた。遠くから、笑顔で影静に話しかける一ノ瀬を見る。一ノ瀬は学校にいるときよりも大分明るい印象だった。もしかしたらこっちのほうが素なのではないかと思う。
「今更だけど、美人は何着ても似合うんじゃねぇの……」
いや、本当に。今更ながら俺はそう思った。
影静なら、例えデフォルメされた金魚のイラストのTシャツだとしても似合う気がする。とそんなことを考えていたら、さらにその方向の思考は加速していき、ついには”なぜ人間は服を着るのだろうか”という考えまでになった。他の動物は服を着ていないのに、なぜ人間は服を着るのだろうか。不自然である。もちろん、人間には熊のような毛皮はないため、防寒性や、他の衝撃から保護するためというのは理解できる。では、もっとシンプルで良いのではないか。なぜオシャレが必要なのか。
そこまで考えて俺は、一つの結論に達した。
オシャレが必要な理由。それは、人間の繁殖のためなのだ。
――物、――物、――物など、大人なビデオでよく見るジャンル。つまりあれは、その人間そのものに興奮しているわけではなく、服に興奮しているのだ。つまり服=エロい。は、待て、ではその服を纏っている男もエロくなるのではないか。
「……何考えているんだろう俺」
よく分からなくなったので、思考を止めて、ぼーっと周りを見渡す。ショッピングモール内の人通りは、元々あまりいなかったのに、さらに少なくなっていて広々と落ち着いていた。
「あの……」
そんな声が聞こえた。男の声だ。振り向くと小柄な制服姿の少年がそこにはいた。眉毛は少しハの字になっており、華奢で、気弱そうな少年だった。同じ歳か、年下に思えた。
「?」
「……たぶん、声のボリュームもう少し、下げたほうが良いと思います」
「もしかして、口から出てた?」
「はい……思いっきり」
やってしまった。俺はたまに頭おかしいことを考えてしまうのだ。
ついでに、一人で暮らしていた影響なのか割と思ったことをすぐに喋ってしまう癖があった。最悪だ。でも一ノ瀬に聞こえてなくて良かった。視線の先では、一ノ瀬が、黒いジャケットを影静に見せていて全然聞こえてなさそうだった。
「マジか、あぁ、もう最悪。助かった。誰かに聞かれる前に止めてくれてありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
俺は振り向き少年に礼を言った。彼が止めてくれなければ、一ノ瀬からも蔑みの目で見られるところだった。この少年、いい人だ。
「って、あれ――高校?」
同じ学校だった。少年も気づいたように「あっ、そう……だね」と答える。黙っているのも何なので、自己紹介する。同じ学校であれば、会うこともあるだろうし。
「あ、俺、恋詩。佐藤恋詩、よろしく」
「僕の名前は、日向雪って言います、よろしく」
女の子みたいな名前だった。ついでに僕。どちらもその少年に似合っていた。
「雪、何組?俺、2組」
「あ、僕も2組だよ」
え、と俺は思った。
まず日向という名字は俺のクラスにいないし、顔も見たことすらなかった。どういうことだと俺は思って、すぐに理解した。
……歳上じゃん。
「すみませんでしたァ!……俺てっきり同い年かと」
「アハハ、いいよ、慣れてるから」
少年は、というか雪さんは歳上だった。よく見れば、制服のネクタイにつけてあるピンの色が青だった。うちの高校の制服は、学年でネクタイピンの色が、赤、青、緑と分けられており、そのことから雪さんはうちの高校の二年生ということがわかった。
「雪さんって呼んでいいですか?」
「うん、いいよ。なんでも好きに呼んで」
「雪さんはどうしてここに?」
「あー、うん。一応……デートってことになってるんだけど。彼女が、今ちょっと化粧直しに行ってて、待ってるんだ」
「あ~、そういうことっすか、いいっすね、放課後デート」
「……恋詩くんはそうじゃないの?」
「うっ、違うっす。彼女には二ヶ月前フラれたばかりっす」
「それは……ご愁傷様です……」
そのあと5分ほど、俺は雪さんと他愛もない話をした。
雪さんは聞き上手で、俺の話を頷きなら優しく聞いてくれていた。
そんなとき、雪さんのスマホから”ちゃりん”という音がした。
「あっ、恋詩、じゃあ僕行くね、今度は学校で話そう!」
「はい!今度は学校で!」
どうやら彼女からのメッセージだったようだ。
雪さんは俺に手を振って、軽やかな足取りで反対側の方へ向かっていった。そこに、後ろ姿だけしか見えなかったが、制服姿の茶髪の女が合流し、雪さんたちはどこかへ行った。
「あ~楽しかった!」
「ありがとう、一ノ瀬さん、私も楽しかったです」
前を見ると、一ノ瀬と影静が帰ってきており、こちらに向かっていた。ふたりとも手には、いくつもの大きな袋を抱えている。
「恋詩、少し待たせてしまいましたか?」
「ううん、大丈夫。影静が楽しかったなら、俺も嬉しいよ。一ノ瀬も今日はありがとう」
「え?今から別のショップ行くよ?」
「え!?……」
「ごめん、恋詩くん、冗談、もう開いてるお店少ないしね」
冗談を言う一ノ瀬を見て、本当に学校での彼女と印象違うなと俺は思う。学校での彼女は、俺や柊子といるとしても、口数は少ないし、俺や柊子以外と喋っているところを見たことがないくらい無口だ。学校でもこうであれば、友達もいっぱいできるだろうになんて思いながら、俺は一ノ瀬にもう一度礼を言った。
「じゃあ、一階の寿司屋でも行く?、お礼に奢るからさ」
「いいの?じゃあ行こう!お腹すいたし」
「良いですね、行きましょうか」
ショッピングモールの一階にある寿司屋は、まだ営業していて、俺達はそこに行くことにした。
9:47p.m.
「今日は恋詩くん、ありがとね。本当に楽しかったよ、じゃあ」
と言って、一ノ瀬は高級そうなマンションの中に入っていった。
あれから、寿司を3人で食べ、影静と一緒に一ノ瀬を家まで送った。
その帰り道、暗い夜の町を、影静と共に歩く。
「恋詩、あの子には優しく接してあげてくださいね」
「?、もしかして俺結構キツかった?」
「いいえ、そういうわけではありません。ただ……」
「ただ?」
「あの子の心には、大きな傷がありますから」
「……」
思い当たる節はあった。
学校での態度、今の一ノ瀬の性格。
一ノ瀬の中学時代の話を聞いても、きっと今よりも活発な少女だったんじゃないかと思うことが多い。一ノ瀬が中学でバレーをやっていたときの話とか。
影静はそう言った後、しばらく黙っていた。
二人無言で、帰り道を歩く。
静かだけど、気まずさはなく、居心地の良い空間だった。
嫌いじゃない雰囲気。
「恋詩、今日はありがとうございます」
「うん」
「今度は二人でまた別のところに行ってみましょうか」
「そうだね、師匠」
そう言って、影静は微笑んだ。
その微笑みを見るだけで、さっきまでヤバいなと思っていた財布の減り具合が、途端に誇らしいものに感じられた。
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