第14話 やっぱ女子高生の蔑みの目はキツイわ
木々に囲まれた山奥。
頂上にある木の枝に一匹の鳥が止まっていた。
青く美しい小鳥は、眼下に広がる広大な景色をその瞳に映しながらも微動だにしない。
その小鳥が止まっている大樹のすぐ近く、そこには大きな滝が流れ落ちていた。その滝の落ちた先では、1人の女性が静かに目をつぶっていた。
妖刀――影静は、手を合わせ滝に打たれていた。
「……」
流れ落ちる水の感覚だけが、影静の心にあった。
どこかで魚が跳ねた。
それを機に影静はゆっくりと瞼を開く。
「そろそろですか……」
もう恋詩が帰ってくる時間だろう。
影静はそう思い、滝に打たれることを止め、近くの岩場に向かう。
そこには、鮮やかな朱色の着物が綺麗に畳まれており、影静は身体を拭いたあと、それに着替えた。
「今日の晩ごはんは何にしましょうか」
そう言って、影静は一歩を踏み出した。
またどこかで魚が跳ねた。
そのときには、すでに影静の姿はどこにもなかった。
*
「んー、終わったぁ!」
学校の校門の前でうーんと伸びをする。
座りっぱなしで、凝り固まった身体がほぐされる。
「今何時だっけ」
俺は左腕につけている腕時計を見る。
高校入学と同時に買った学生御用達の頑丈な腕時計。
そこには16:32という数字が表示されていた。
今さっき学校が終わったのだ。
今日も、特にはこれといったことはなく学校は無事に終わった。
「……」
あの日、朱里が陰陽師(正式名称はよく分かっていない)だと知ってから、もう3日が過ぎていた。
朱里は、あれから俺に話しかけることはなく、俺も朱里を遠目に見るだけで話そうとはしなかった。
け、決して気まずいとかそういうわけではない。
あれから俺の生活で変わったことと言えば、何かを触るときに細心の注意を払っていることくらいである。
今の俺の力ははっきり言って異常だった。
正直に言って人間の限界を軽く超えていた。
昨日と一昨日、裏の世界の修練場で検証したのだ。
俺の力は、大仏ほどの大きさの巨石を軽く持ち上げることが出来るまでになっていた。走れば、100mほどを一瞬で駆け抜け、ジャンプをすればビルの高さくらいまで飛ぶことができる。
超人。
そんな言葉が俺の脳裏に浮かんだ。
「クッククック」
暗い笑い声が漏れた。
近くを通り過ぎていた女子高生が、「うわ、キモ」と呟いてゴミをみるような目で見てきた。
だけど気にしない。だって、この二日間めちゃくちゃテンションが上がっているから!!
はっきり言おう!めちゃくちゃカッコいいと!!
男の子だもの、強いパワーには憧れるよね――れんじ
つーかもう、あれじゃね。オリンピックとか普通に出て金メダル取れるんじゃね?そしたら、富も名声もすべて手に入るんじゃね?と俺はこの力に無限の可能性を感じた。
「さすがにキモいから笑うのはやめよう」
急に素に戻った。
やっぱ女子高生の蔑みの目はキツイわ。
「……帰ろ」
家に向かって歩きながら思考を重ねる。
昨日と一昨日、検証したのは俺の力だけではない。
影静のあの瞬間移動じみた力。あれも検証した。
影静は、俺がピンチになったら、そこに行くことができると言っていた。
だが、それだけではなかった。
例え、俺がピンチにならなくても心の中で強く「影静」と念じるだけで、影静はその場所へ現れることができた。
つまり、今でも強く「影静」と念じれば、一瞬で影静はこの場所に現れることができる。
不思議な力だった。
物理法則とかどうなってるだろうと、思ったが俺の足りない頭では少しも理解することができなかった。今更かもしれないけれど。
ただ、いつも見えない力で影静と繋がっている、そう分かってからは奇妙な安心感が俺の中にあった。
家に向かってしばらく歩いていると、横の方に大きなショッピングモールが目に入った。平日だからなのか、駐車している車は少なく落ち着いていた。
「そいや影静っていつも着物だっけ」
ショッピングモールのお店ののぼりを見ながら俺は思った。
妖刀の柄の布地が変化してできた鮮やかな朱色の着物。
それが影静の普段着だった。
影静のそれは、常に清潔に保たれているらしく、例え料理をしていたとしても汚れひとつない。ついでにめっちゃいい匂いする。
「……」
影静がその着物を脱ぐときと言えば、入浴するときくらいである。
あの着物はすごく影静に似合っていて、とても綺麗だと思う。
だけど、影静があれの他にも服を着たくならないのだろうか。
ふとそう思った。
そして一つの考えが浮かんだ。
「誘ってみるか」
取り敢えず俺は、銀行のATMで金を下ろし家に向かった。
「ただいまー」
「おかえりなさい恋詩」
部屋では影静がテーブルで本を読んでいた。
本には”家庭版主婦・料理ベスト100”みたいなタイトルが書かれていた。料理本だった。
「師匠」
「なんですか?」
影静は、不思議そうに俺を見る。
「師匠、今日修行休んで買い物行こう」
「……今からですか?、特に足りていない物はないはずですが」
「そういうことじゃくて、師匠の、影静の服買いに行きたいんだ」
影静は、よくわからないという表情をする。
「服……ですか?、どうしてまた」
「いや、いつもその着物だからさ、他に着るもの欲しくないかなって」
「うーん、特には。それにお金ももったいないと思いますし」
「えー」
俺は酷く残念そうな声を出した。
それを見て、影静は少し考えるような動作をする。
迷っているようだった。
狐の面を被っていないときの影静は優しい。
俺はこの感触なら押せば行けると確信し、もっと説得できる言葉を探す。
なぜ、ここまで俺が必死かと言うと単純で、俺は見てみたかったのだ。
今風のファッションをした影静を。
これだけ美人なのだ。似合わないはずがなかった。
それに少しでも影静に恩返しがしたいという気持ちもあった。
「お願いします!師匠」
「ん~、まぁかわいい弟子がそこまで言うなら仕方ありませんね」
そう言って、影静は柔らかく微笑んだ。
「ただし、恋詩。明日の修行はいつもよりきつくしますからね」
「うっ」
そんな感じで、俺達は早速準備し、ショッピングモールに向かった。
影静と歩いていると、どうしても目立つ。
当然といえば当然で、普通の町中を黒髪の超絶美人が朱色の目立つ着物を着て歩いている。それで視線が行かないはずがなかった。
影静の姿はいつもは背中まで届く長く艶のある黒髪を、首元で纏めており、背後から少しうなじが見えている髪型で、特にメイクはしていないはずなのに、肌は白く輝いているようにすら見えた。
背筋はピンと張っており、モデルのように姿勢はまっすぐだ。
足元は草履で、音一つ立てず上品に歩いている。
影静の姿は上品で、大人な雰囲気を醸し出しており、高級な料亭の女将さんのように見える。俺は、今更ながら影静の姿に目を奪われていた。
「恋詩、そんなにじっと見られるとさすがに恥ずかしいです」
「あっ、ごめん」
「もう、ほら襟、曲がってますよ」
そう言って、影静は俺の襟を治す。
俺は、自分の顔が赤くなっていることを自覚した。
なんかよく分からないけど凄い恥ずかしい。
と、そんな感じで歩いていたら、俺は少し思った。
影静にどんな服買えば良いのだろう、どんな服が影静には似合うのだろう……と。
だが、何一つ具体的な考えが浮かばなかった。どんなお店に行けばいいのかということすら。
困った。考えていなかった。
俺に女物のファッションの知識はないし、センスでいい感じにできる気もしなかった。影静も、きっと服を買うのは初めてだろうし、わからないはずだ。
これは控えめに言ってピンチであった。
「こ、これは最悪マネキン買いか……」
「?」
そんなときだった。目の前の道から救いの女神が歩いてくるのは。
うちの高校の制服。前髪を前で垂らして、少し目元が見えにくい。
遠目からでも、猫背だとわかる少女。
「一ノ瀬?」
「あ、恋詩くん……こんばんは」
一ノ瀬結衣。俺のクラスメートであり、学校ではよく一緒にいる友人の少女がそこにはいた。
一ノ瀬は最初は柊子についてきたような形だったが、最近では大分俺も一ノ瀬と打ち解けたと思う。最初の頃のような気弱な素振りはなく、俺と接するときも結構笑ってくれるようになったと思う(俺の勘違いじゃなければ)。
「恋詩、この方は?」
「あ、友達」
「すごい美人……あっ、私は恋詩くんのクラスメートで友人の一ノ瀬結衣です。はじめまして」
一ノ瀬は、影静に一瞬見惚れた後、慌てて自己紹介した。
「私は……」
影静が固まる。視線が俺の方へ向く。どうしたらいいですか?と目が語っていた。
「あ~、この人は、影静って言って。ほら、前言ったじゃん、あの今、俺の家に泊まっている従兄弟のねーちゃんがいるって、その人」
俺は、設定を思い出し、キョドりながら言った。
一ヶ月前に言ったけど、覚えているだろうか。
というか、自分で言っててツッコミどころが多いな。
「あ~、あの、いつも恋詩くんにすごく美味しそうな弁当を作っている従兄弟のお姉さん!」
「ご紹介に与りました影静と言います。よろしくお願いしますね一ノ瀬さん」
二人の自己紹介が終わり、俺は一ノ瀬に言った。
「それで、その……一ノ瀬」
「ん?どうしたの?恋詩くん」
「その~、今から暇だったりしない?」
俺は首を傾げる一ノ瀬結衣にそう言った。
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