第9話 「というわけで、あんたのおかずちょうだい」


※虫注意です。虫苦手な方は前半は読み飛ばすことをおすすめします。


 深夜2時。

 恋詩の家から十数km離れた繁華街。

 そこは、深夜でも決して明かりが消えることはなく、大通りはまだ人の賑わいで満ちている。

 裏路地にある電信柱に貼られていたチラシがペラリと外れ風に飛ばされていく。


 飛ばされたチラシを一人の男が避ける。

 ガラの悪い男だった。身長は180ほどで、その腕は幹のように太い。髪は金に染まり、その身体にはいくつもタトゥが刻まれている。

 男は苛ついていた。

 働かせている自分の女が、逃げたのだ。


 家に帰れえば、そこは蛻の殻であり、女の所持品も金も何もかもなかった。


「クソが、クソ、クソ、クソ」


 男は昔から暴力を武器に生きてきた。

 恵まれた体格、なにより人を人と思わぬ暴力性。

 男が、普通の道から外れるのにそれほどの時間はいらなかった。

 殺人事件こそ起こしていなかったが、暴力事件は何度も起こし、その度に警察に捕まった。


 そんな男の近くにそれは開いた。男がいた路上の隅。

 そこにシミのような小さな黒い点が生まれた。

 鬼道と呼ばれるそれは、なんの予兆もなくまるで眠っていた何かが目を開けるように開いた。


 男は、まだ鬼道の存在に気づいていなかった。

 その鬼道は、本当に人の目ほど小さく、今の時刻は真夜中であり、普通の人間がそれに気づくことは不可能であった。


「何だ?……あ?」


 急にめまいがした。

 男は、まるで浴びるほど酒を飲んだときのような酩酊感を覚えた。

 そして、あっさりと男は意識を失った。


 男が、気を失ったのは鬼道から滲み出た――の影響だった。

 通常、鬼道からにじみ出る――に人が触れれば意識を失う。

 ”鬼”と戦う存在である叛鬼師のように特殊な訓練を行わない限り。

 鬼道や”鬼”という存在が未だに社会から認識されていないのは、この現象の影響が大きい。


 そしてソレは現れた。

――カサカサカサカサ


 何かが路上を這っていた。

 それは奇妙な虫だった。

 人の爪ほどの大きさ。5本の脚。虫特有の複眼。背に暗い赤と黄色の混ぜ模様があった。

 その虫が、何十、何百という数、鬼道から湧き出ていた。


 男は気を失ってよかったのかもしれない。

 その光景を見ればあまりのおぞましさに、嘔吐しただろう。

 それほどの光景であった。


「……」


 金髪の男が気を失い、世界中どこの国の図鑑にも載っていない虫が今もなお、這い出ている黒い穴。そこからほんの少し離れた場所。

 そこには、奇妙な男がいた。

 男は、鬼の模したであろう兜を被り、その場所を見ていた。

 鬼を模した兜だけが奇妙ではない、男の服装はまるで数百年もさかのぼったような鎧姿であった。


 そして何より特徴的だったのは、男には両腕がなかった。

 男は生まれた時に、この姿ではなかったことを断面から想像させた。

 鋭利な刃物で切断されている両腕。

 だが、奇妙なことに男の腰には、二本の刀が指してあった。


「この者で良いか……」


 男は、倒れている金髪の男に目を向け言った。

 その目は、紅蓮のように赤く輝いている。


「――――――――」


 言葉が紡がれる。

 奇妙な虫たちが一斉に動きを止める。

 だが一匹だけ動く虫がいた。


「この者に」


 その虫は男の指示通りに倒れている金髪の男に近づき、そして”首の皮膚を食いちぎった”。

 男は意識がなかったが、その痛みに悲鳴を上げた。

 

 虫は男の首の中を通り、裏側に張り付いた。

 男の首の後ろが、粉瘤のように膨らんだ。


 腕のない男は、それを見て視線を水平に戻す。

 そして倒れた男を残し、踵を返した。


 そして、虫たちは動きを再開し、またカサカサカサと一斉に音を鳴らした。

 

 そして瞳ほどの大きさであった鬼道が閉じる。

 まるでまぶたを下ろすように。 


 





 その鬼道の規模はあまりに小さかった。

 だから、誰も気づかなかった。


 ここを管轄する叛鬼師も、影静も。

 

 まだ誰も、狭間から這い出たソレに気づいていない。










 





*








 俺は、弁当の蓋を開けて固まった。

 別に中身がなくて固まったわけではない。むしろ逆だ、弁当が豪華すぎて固まったのだ。

 

「なにそれすごーい、恋詩が作ったの?」

「いや、違う」

「そりゃあそうか、あんた料理下手くそだもんね、じゃあ誰が?」


 前の机から身を乗り出した柊子が俺の弁当を見て言った。

 困った。どうしよう。

 そうこの弁当を作ったのは俺ではない。

 俺の料理スキルでこんな豪華で料亭のような弁当作れるはずもない。

 コンビニやスーパーで半額弁当を買えなかったときは、チャーハンか卵かけご飯しか作れないのだから。

 

――佐藤恋詩、結婚するお嫁さんは料理できる人がいいです。


 というか本当になんて言おう。

 もちろん、これは影静が作ったものだ。

 だが、うちの妖刀が、人間になって作った。

 なんて言えば、頭オカシイやつ認定間違いなしで、柊子と一ノ瀬すら俺との関わりやめるだろう。それだけは避けたい。まじで。


 彼女が作ったことにってのは――。

 まあ、無理だ。朱里とはもう別れているし、一ヶ月以上話すらしていない。そしてここで新しい彼女なんて言えば、面倒くさいことになるの間違いない。というわけで却下。というか彼女ほしい……。


 姉や妹が作った――。

 無理だな。まず柊子は俺の家族構成を知っている。

 

 どうする?どうする?やばい。

 そんな時、俺の脳裏に一つの名案が浮かんだ。


「今さ、親戚、つーかいとこが家に泊まりに来ててさ、その人に作って貰ったんだ」

「ふーん、それ女?」

「え?、あ、まあ」

「同棲じゃん……」

「ちげーだろ、泊まりに来てるだけだって」


 その話を聞いて一ノ瀬も俺の弁当を見る。


「本当、私のより美味しそう」

「いやー、一ノ瀬のも負けてねえよ?」

「そうね、結衣のもすご美味しそう、自分で作ってるんでしょ?」

「うん……お母さんもお父さんも仕事忙しいから……」


 一ノ瀬結衣が作った弁当もとても美味しそうであった。

 影静が作ったものが、綺麗な料亭風の弁当であれば、一ノ瀬のは女子力が高いかわいい感じの弁当であった。ハンバーグとか、人参などのおかずが一口大になっており、おかずとご飯でうさぎのキャラ弁になっていた。


「この2つの弁当を見て、俺と同じくらいズボラの柊子さんの感想はどうですか?」


 俺は言った。

 柊子の弁当は、大きなおにぎりが2つあり、そのよこに唐揚げや沢庵などがあった。サラリーマン風の弁当。あれなら俺でも作れそう。


「あ、今イラッときたわ。言っとくけどねー、お弁当作るだけで本当に偉いんだからね。料理なんて簡単!早い!美味しい!これだけ」

「それは確かに」

「それが真理だよね……、私は料理好きだからいいけど」

「というわけで、あんたのおかずちょうだい」

「あっ、何がというわけじゃ、あっ、俺の鮭が」

「ふむふむ、悔しいけど、やっぱり負けたわ」


 そんな感じで柊子にちょくちょくおかずを取られながら、昼休みは過ぎていった。




 














 そして夜。

 狭間を挟んだ先にある世界。


 ある時、影静がいい場所を見つけましたと言い、連れてこられた広い洞窟にある修練場。

 そこに俺と影静はいた。

 俺は、中学の頃に使っていた体操着で、影静はいつものように羽織と謎の狐の面をつけている。

 

「死ぬ、また死ぬ!!って」

「恋詩だから、そのくらいで死にませんよ」


 俺は小型の恐竜のような化物に襲われていた。

 小型と入っても、大型バイクくらいはある恐竜みたいなやつ。

 しかもそれが5体。


「死ぬ、死にます、まだ複数なんてッ無理!!」


 目の前のギザギザの口を避けたと思ったら、別の恐竜みたいな、もう面倒くさいから恐竜でいいや。その恐竜がタックルして、また別の恐竜が左手に噛みつこうとする。


 どこに目を注意を向ければいいのかわからない。


「ひえっ」


 俺は右足に噛みつこうとしていた恐竜の口からスッと脚を引く。

 あっぶねー。


「恋詩、全体を見て、前だけじゃない」


 俺はその声に嫌な予感を覚え、屈んだ。

 その上を後ろから恐竜が飛び越えた。

 ひええ、首にでも噛まれていたら間違いなく死んでいた。


「前ッだけじゃない!ッて言われてもッ!後ろに目ないッ!」

「……ちゃんと音を聞いて、空気の流れを肌で感じて。なにより殺気

を感じなさい」

「あいわかった!……って殺気ってッ、どうやってッ、感じるねん!!」

 

 あかん、テンパりすぎてエセ関西弁が出てしまった。

 殺気……殺気。

 殺気っを!感じろ!


 目の前に2つの大きな口があった。


「うわっ!無理無理、やっぱ無理!」


 無理です。殺気とか言う、第六感的なものは普通の人間には感じられないです!!

 と、その時、俺のバランスが崩れた。

 恐竜の太いしっぽが、かかとの下に置かれていた。


「こいっつ!」


 そして、真正面に1匹。

 後ろに2匹。

 両腕を狙う奴らが一匹ずつ。


 あ、死んだ。


 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 この体勢からでは、避けきれない。


 そして人の首は簡単に噛みちぎるであろう大きな口が俺の目の前にあった。


 



 パァン!

 音が修練場に響いた。

 目の前にいた恐竜の頭に小太刀が刺さっていた。


 前だけじゃない。

 後ろの恐竜にも、小太刀が刺さっている。


 両腕にいた恐竜は噛み付くことも忘れ、何が起きたか理解できていない表情をしていた。

 

 俺は視線を遠くに向ける。

 そこには小太刀を両腕に持った影静がいた。

 あそこから投げたのか……。


「恋詩、座るのはいけません」

「は、はい!」


 俺は慌てて立ち上がった。

 5匹いた恐竜は一瞬のうちに2匹になった。

 どうやら2匹は、倒せということだった。







 その後、俺はなんとか2匹を倒し、修練場の地面にぶっ倒れた。








「恋詩、お疲れ様です。大丈夫ですか?」 

「ギリギリ、生きてます」


 冷たいタオルが顔に当てられた。

 影静からタオルを受け取り、顔に押し付ける。


 気持ちいい。

 

 タオルで顔を拭い、視線を戻した先には狐の面をとった影静がいた。

 

「影静、なんで狐の面をつけたりとったりしてるの?」

「これは、私の気持ちの現われです。この面をつけている間は、私は恋詩を厳しく扱います、つけていない時は、いつも通りに」

「えぇ、なんで」

「恋詩、修行に情を交えてはいけません。それはもっとも愚かな行為です。弟子のためにならない。だから、この面をつけている間は、私は恋詩を人と思いません」

「なるほど……理解……」

「じゃあ恋詩、家に帰りましょうか」

「うい師匠」


 その後、狭間を通り世界を渡って家に帰った。

 ちなみに今日のご飯は、魚の炊き込みご飯だった。









 そして今日も一日が終わった。

 


 




 

 

 

 



 

*






 彼らは広がっていく。

 誰にも気付かれず。


 カサカサカサカサと。











 

 

  


 

 


 


 

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