第6話 少年の持つ刀が赤く輝いたような気がした


 東京、某所。

 そこは、深く霧に包まれた森の中に存在した。


――洸尊寺こうそんじ


 そこは、叛鬼師達の総本山。

 全国、388人の叛鬼師はここから、すべての令を飛ばされる。

 叛鬼師の訓練場所でもあり、叛鬼師達はここで”鬼”と戦うすべを教わるのだ。


 巨大な広間。

 そこには、十二の叛鬼師がいた。

 ただの叛鬼師ではない、彼らが叛鬼師の本幹であり、最低でも一人で生身で戦艦と戦えるほどの力を持った紛うことなき”化け物”である。


 彼らなくして日の本の安寧守られず。


 その名は降臨級叛鬼師。通称降臨者。

 叛鬼師の元締めであり、すべての叛鬼師は彼らの令を受けて動く、彼らの令以外で叛鬼師動くことすら許されず。


 此度の議題は弐。

 一日に二度出現した”鬼”について。


 そしてその”鬼”を、大我たちが来るまでのものの数分で滅した謎の存在について。


「わからないことが多すぎるのう」


 誰かがポツリと呟いた。

 このような事態は、900年近く続く叛鬼師の歴史の中でも確認することはできなかった。


「――ではないのですか?」


「いや、彼ら動向は完全に掴んでいた、日本国内なら彼らが何しようが必ずこちらに連絡が来る」


「つまりなにか? 俺たちでも、――でもない、謎の存在は、俺達よりも早く、日本国内で鬼道を感知して、”鬼”を数分で殺したつーことか」


「そんな存在がいるのですか?」


 その問いに答えられる者は誰一人この場にはいなかった。

 そんな力を持つ存在が世間に偲んでいる。

 まだ敵か味方かも、確定していない。


「まあ、よい。それについては後回しじや。問題は」


「鬼道の増加……ですね」


「あぁ、あまりにもおかしい、ここ最近の鬼道の増加は――」


 事態は進んでいく。

 その道が、どこにつながるか誰もわからず。









 空が青い。

 雲ひとつない空。

 どこまででも続くような青の世界。


 どんなときでも、空を見上げることができるのがこの席のいいところであると思う。一番窓側の列の二番目の席。黒板から近いため内職などはできないが、左を見るとすぐ空を見れて、壁に凭れることができる。これがこの席の良いところである。


 なお、話す相手は存在しない。あの噂が広まってからはもう完全に話す相手はいなくなった。それどころか、前も後ろも横も少しだけ俺から席を離しているような気がする。


 学校生活は嫌な意味で順調である。


「あぁ~」


「何変な声だしてるの?」


「痛い……筋肉痛」


 俺は、目の前の席に座っている柊子に答えた。

 ちなみにもちろんその席は柊子の席ではない。

 今は休み時間で、無理やり柊子が田中たなかくんの席を奪っているだけだ。


 すまん田中くん……。


 あれから柊子はよく俺に話をしてくる。

 きっと同情しているのだろう。

 友達がいなくなった俺を。


 すげえ良いやつら。


 彼女達には、いくら感謝してもしたりない。


「ここ最近ずっとじゃない? なにかしてるの?」


「い、いや。昨日……そう、ヒンズースクワットの動画見てずっとやってたんだ」


「えぇ」


 本当は、丑三つ時に妖刀をもって街を徘徊し、アレを狩っていたなんて言えるわけがない。


 このあとすぐに、チャイムがなり午後の授業が開始された。柊子はすぐに自分の席に向かった。


 もう黒板の前では、少し頭髪が薄くなった教師が、講義をしていた。


 べつにこの教師のことが嫌いだとか、この科目が嫌いということはなかったが、それほど授業に身が入らなかった。













 見渡す限りの山。

 遠くでは小鳥が鳴いていて、穏やかな雰囲気が流れている。


「また来ちゃった」


「また来ましたね」


 後ろには巨木、そこに俺はもたれかかっていた。

 手には漆黒の鞘に鮮やかな朱色の柄の刀。


 ここは、裏世界。

 もう一つの地球である。


 ちなみにこの座標は、俺のアパートのこちら側の座標である。

 

「それで、これからどーする?」


 俺は影静に聞いた。


「狩りをしましょう」


「狩り?」


「えぇ、人に仇をなす魔物を……ね」










 ヒカリは目の前の光景が信じられなかった。

 そこにいたのは鬼だった。

 巨大な体躯に、二本の角。

 皮膚は赤黒く、その腕はまさしく大木のようであった。


 そしてその腕の先には、一人の青年が持ち上げられていた。


「あ。あああ。ああああ」


 青年はヒカリの恋人だった。

 親に隠れ、満月の夜だけ逢う恋人。

 二人の関係は、誰にも秘密だった。

 ヒカリは「私逢引してるんだ」といつもドキドキしていた。


 そして今日。

 いつも通り、裏山にある、ここらでは有名な仏像から南へ少し歩いたところにある湖。そのほとりで、彼、彼女はいつものように恋人を抱きしめた。


 そして鬼が出た。

 唐突に、当然に、音を立てず。

 ただ鬼はそこにいた。


 そして、青年がヒカリを庇って捕まった。


「やめてぇ、お願いだからやめてぇ」


「イヒヒヒヒイ」


 鬼は笑っていた。

 そして、青年の頭をもう一つの空いていた手で掴む。


「イダイイダイ、ヤメテクレええええええええ」


 ボギュという音と共に、悲鳴がやんだ。

 ヒカリの頬に真上から血が落ちてきた。


 ヒカリは、口を開けたまま目を見開いて、その光景をただ見ていた。恋人の頭が握りつぶされる光景を。


「あぁぁ、あぁぁぁっぁ」


 鬼はまだ笑っていた。

 とびっきりの笑顔だった。


 そして、鬼が腕を振り上げた。

 死。それがすぐ目の前に迫っている。


「あ」


 目は閉じなかった。

 こんな、こんなやつに怯えて殺されるのだけは嫌だった。


 せめて睨みながら、呪いながら死んでやる。

 ヒカリはそう思った。


 そして見た。

 その手に刀を持った少年が、ヒカリと鬼の間に立つのを。


 ヒカリの目の前で、火花が散った。

 それは、ヒカリに向かってくる鬼の腕を、少年が刀で弾いていた。

 うっすらとしか見えなかったが、それが理解できた。


 剣戟。


 鬼はその爪で、少年は刀で受けていた。

 少年が刀を振る。

 鬼の右腕が消えた。

 右腕は闇に切り飛ばされる。

 

 鬼の悲鳴。


 銀の刃が、宙を翔ける。

 少年が振るう。

 今度は鬼の右足が消えた。

 右足は細切れにされ血潮になった。


 絶叫。水面が揺れた。


 カチンと音がした。

 少年が鞘に刀を納めた音だった。


「終わった……の?」


 少年は答えない。

 前を見る。

 鬼は、まだ生きていた。

 四肢を失い、地べたを這って。


「――――」


 少年が何かを言った。

 聞き慣れない言葉だった。


 次の瞬間。

 手が飛んできた。

 鬼の口から。


 少年は油断せず前を見ていた。


 そして全てが血潮になった。

 一片すら残さず、鬼は血の霧になった。


 少年の持つ刀が赤く輝いたような気がした。

 まるで、生きているかのように、血肉を食らっているかのように。


 少年が振り返った。

 まだ幼かった。

 まだ二十歳にも満たないだろう。


 青年というには、まだ幼く、子供と言うには精悍過ぎた。


 少年はこちらをなんとも言えない表情で見ていた。

 罪悪感、悲痛、高揚、そんな様々な感情が入り混じったような表情。


「―――」


 少年はよくわからない言葉で一言だけ呟いて背を向けた。

 ヒカリは言葉の意味は全くわからなかったが、「ごめん」そう言ったように思えた。


「ありがとう、助けてくれて」


 少年に、この言葉が届いたのかはわからない。

 ただヒカリは心の底から、生きていることに感謝した。








 月明かりの下、ゆっくりと歩く。

 辺りには、虫の鳴き声と風の音しか聞こえず。


 湖では蛍が飛び、幻想的な光景をその水面に映している。


「なぁ、影静」


「なんですか恋詩」


「聞きたいことが2つあるんだ」


「言ってください、私に答えられることならなんでも答えましょう」


「影静の記憶っていうのは……この化け物退治と関連性があるのか? こうやって無作為に化け物を狩っていけば影静の記憶は見つかる?」


「……正直言ってわかりません」


「……」


「ただ、こうしていれば見つかるような気がするんです。それにもし見つかったとしても力がなければ、何も取り返すことができません。少なくとも彼らを狩っていれば、力はそのうち戻ってきます」


「そっか」


「ごめんなさい恋詩。平和な国で暮らしているあなたに、このようなことを付き合わせてしまって」


「いや、それは良いんだ、俺、結構グロ耐性あるんだぜ、

でも、そっか。じゃあさもう一つ聞いていい?」


「はい、なんでも言ってください」


「もしさ、俺が、正確には俺の身体がもっと強くて頑丈だったら、あの男の人は救えたかな」


「恋詩、それは」


「そのわかるんだ。影静が俺の身体を壊さないように、力をセーブしてくれてるって」


「恋詩は身体を提供してくれる。それだけで、私は」


「さっき思ったんだ。もし俺の身体が、もっと強かったら、影静は俺の身体のことは気にせず、あのひとを助けることができたんじゃねえかって」


「……そうかもしれません。助けられる確率は少なからず高くなるでしょう、でも、そうしたら私はさらに恋詩に負担を強いることになります」


「構わない。俺は、助けられる人がいるなら助けたい」


「恋詩は……とても善い人間なのですね」


 違う、俺は善人なんかじゃない。

 ただ生命の責任を取りたくないだけだ。

 俺のせいで誰かが死ぬ。

 それが怖いだけなのだ。


「わかりました、恋詩。私があなたを鍛えます、誰よりも強い存在にね」


 影静は、凛とした声でそう俺に言った。

 その声には、隠しきれない高揚のようなものが混じっていたことに俺は気づいた。




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