第3話 レーニアのピオニア姫


「レーニア、私の国。船でならたった一日で海岸線を一巡りできる島。海風が吹き抜ける森と急流と草原」

 ピオニア姫は長い黒髪を風に遊ばせて、王城のバルコニーにもたれて西陽を浴びていた。

「私はこの国をどうすればいいのだろう」


 レーニアは人口二百人ばかりのちいさな島だ。太ったまっこうくじらが東に向けて大口をひらいているような格好をしている。その口のところが東の湾で、切り立った岸壁をまん丸く海がえぐっている。くじらの顔と頭のあたりが砲台山と北山で木々に覆われており、尾のところが白い砂浜の伸びた西の湾。

 城は腹のあたり、南の高台にある。

 領民は漁師が多く、農地といえばほとんどが牧草地で、各人の家庭菜園を除けば、小麦畑と果樹園、少々ワイン畑があるくらいのものだ。

 メルカットへの渡しが出る港が国としては唯一の玄関口で、領民たちは港周辺の低地や西の湾まわりに集落をつくっている。

 この狭い国土を最大限に活用して、二百人が懸命に生きてきたのだ。


 ――弟は病で八才で死んでいった。看病にあけくれた母は過労で倒れ帰らぬ人となった。

 それから十一年、父は再婚もせずに私を育てながらフランキと戦い続け、国を守りながら四十半ばで逝ってしまった。早過ぎる死だった。

 王の死はひた隠しにされた。フランキにつけいるスキを与えるだけだからだ。国王としての葬儀は行わずじまいだ。それでもおっつけやつらはかぎつける。何ヶ月か後にはいくさ船がやってくるだろう――


 レーニアは海戦が得意だ。大き過ぎず小回りの利くいい船をつくる。ただ、今までは船が負ければイコール占領だった。「聖なる燭台の同盟」はそれで守れるものがあるならばと思案しての選択だ。


 ――逆に北方戦争に関係ない領民を参戦させねばならなくなるとしても。


「次に考えることは通商だわ。領民には貯えがない。それは皆が自給自足で島全体が均衡しているから。それ以上のものを作っていない。作っても売るところがないから。チーズは、ワインは、手織物は、食べきれないで落ちていくフルーツは? せめてメルカットの市場で売らせてもらえれば。そうすれば貯えができる。軍備拡充のためにも、男が兵隊にいった留守に女子供が暮らすためにも余裕が必要だわ。ジーニアンの次の提案はこれね」


 ピオニアは昨日会った、聖なる燭台の騎士の面々を思い出した。


 ――ルーサー、最年長ね。少し太ってきたみたい。私に求婚しているメルカットの王。父が元気なら、弟が生きていれば結婚していたかもしれない。子供のころから知っている兄のような存在。

 サリウ、サリクトラの若き国王。怖い。髪の毛と瞳に突き刺されそう。心の奥に何か悲しみを湛えている。仮面などで隠せない、本質を冷徹に見透かす人。

 ラドロー、北の大国ランサロードの皇太子。不思議な人。栗色のくせっ毛が明るいイメージ。物事がよく判っていてそれでいて屈託がない。

 ジャレッド、ウエリス国王。明るく元気で率直な人。きっと年下。弟の面影が重なる。

 パラス、パラシーボ王。難しいことは云わない人。シンプルに大事なポイントポイントを押さえ、あとは流していくタイプ。がっしりとした大きな体格が頼もしい。サリウやラドローと同い年くらい。私よりは七つ八つ年上だろう。

 いずれ劣らぬいい男たちだ。

 ラドローは剣の名手と聞いている。手を止めずに私の剣をはじきとばし、反撃を加えることも、もしかしたら覆面を破ることもできたはず。サリウはそれを期待していたようだった。ラドローはにやりとしただけ。気づかれたかもしれない――


 ピオニアは父王に剣の手ほどきを受けただけで、聖なる燭台の騎士、誰とやりあっても勝てるほどの腕はない。ただ必死なだけだ。

 騎士に化けるなど無謀かもしれない。しかし女王として交渉にあたらず、聖燭台同盟に入ったのは他にも理由があった。

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