3(終)
ケイさんと会う日がきた。
わたしが指定したのは人気のない公園で、しかも時刻は午前一時。レイパーには都合のよすぎるセッティングだ。
こういうところが普通と違うのだろうか。
わたしはただ、彼がメル友のケイさんなのか、それとも最悪な犯罪者なのかをはっきりさせたい。曖昧なのは嫌なだけだ。
友人宅に泊まると親に言って、夕方に家を出た。
ネットカフェで少し寝て、今公園にやってきた。
待ち合わせ十分前、人の気配はない。
ケイさんの動画での犯行場所はバンタイプの車内だった。周囲に車も停まっていないから、まだ来ていないのだろう。
五分前。
全部嘘なら……という期待が湧いてくる。
メールに書いたとおり、そんな嘘こそケイさんのイメージにはそぐわないのだが、彼が見せてきた動画がまるで犯行の証拠になっていないのも事実だ。
詳しくはないが、あのような動画はネットで入手できるんじゃないのか。
もちろん、簡単にとは言わない。でも、ある程度隠されたやり方で、どこかで行われたレイプ記録が手に入るのではないか。
彼はそれを、自分がやったと偽ってわたしに見せた。
なんのために?
わからない。けど、可能性だけなら、そういう真相もあり得る。
あと二分。
夏の夜、街頭の下に一人立っている。
車の音はなく、人の足音すら聞こえない。
わたしは目を閉じて待った。
イメージの中で、後ろから忍び寄り口を塞いでくる男性の存在を感じた。
そしてわたしは車に連れ込まれ、服を脱がされる。
彼の一部がわたしに侵入する、
寸前でその動きは止まる。
あたたかい涙がむき出しの腹に落ちた。
彼は「ごめん」と言う。
わたしは「いいんだよ」と言う。
そして二人は抱き合うとか、ひどい妄想だ。
または、レイプされてしまうけど、涙、「ごめん」「いいんだよ」、で抱き合うとか、わたしはそれでも全然いいんだけど。
変わってるのかな、とまた思った。
いつの間にか、約束の時刻を二分ほど過ぎてきた。
そこからは、ぼうっとして過ごした。
だんだん心がざわついてきて、三十分が過ぎたとき、わたしは公園を離れた。
さっき、全部嘘ならと思った。
本当に、嘘だったのかもしれない。
そのときわからなかった嘘の理由が、今はわかる。
彼は、とにかく会いたくなかったんだ。
わたしがしつこく会おうとしたから、あんなふうに、絶対に会えないような理由を作った。
なぜ会いたくなかった?
顔がかっこよくないから。
太っているから。
人が苦手だから。
そんな些細な理由。
keiのイメージを作りすぎたから、とか。
彼自身も言ってた、不自然だから。
結局はそれなのかもしれない。
とにかく、彼はわたしと会いたくなかったし、あの時点でもう関係を切りたくなった。
だとしたら、壊したのはわたしだ。
「わたしはバカ」
涙が出てきた。
頭を殴りたいけど、家に帰るまで我慢だ。
暗い道を歩いて、歩いて、
泣きながら歩いて、
こんな時間だ、道にはわたしだけしかいない。
と思っていたら違った。
電柱の陰から出てきた男に口を塞がれた。
横道に停車していたバンに連れ込まれた。
ずっと監視していた上での先回りだろうか。その用意周到さはまさに彼だ。
細身の男は、乱暴に服を脱がしにかかった。
暗がりの中で、その顔が見えた。
「ケイさん」
口から手が外れた瞬間にわたしは叫んだ。
だが布を詰め込まれてまた声は出せなくなった。
彼は、全然、人に会うのを躊躇うような外見ではなかったし、ケイさんの文章のイメージが覆るようなそれでもなかった。
むしろ、美形の部類で、知的で、どこか陰があって、ケイさんそのもので、
そうか、とわたしは思った。
だから彼の言ったことは全部本当で、彼はレイパーなんだ。
これからわたしを犯すんだ。
自分でバカだなと思いながらもわざわざ買ってしまったフリル付きのキャミソールが破かれた。
一番似合ってると思っていたスカートは、脱がされるときに足に引っかかって強い痛みを残していった。
彼は、上下の下着に手をかけた。
力ずくでめくって脱がすつもりらしかった。
焦っているのか、興奮しているのか、それは動画で見たやり方と違った。でも、……下着全体に細工をしておいて良かった。
「うっ」
彼は低くうめいて手を離した。
生温かい液体が胸にかかった。血液だ。
「何だこれは」
彼は言った。
その質問に返す必要はないと思った。
下着には、剃刀の刃を仕込んでいた。
その刃には、花屋で買ったトリカブトの毒を塗っていた。
もっといいやり方もあったのかもしれない。でも、ネットで軽く調べて見つけたこの方法をわたしは選んだ。
体が痺れて最悪死に至るらしいが、目の前の相手はどうだろう。少なくとも呂律がまわっていなくて、何も仕掛けてこなくなったのは確かだ。
わたしは自分の口に詰め込まれていた布を吐き出すと、そのまま彼の口に詰めこんだ。
そして馬乗りになって、彼の喉仏を膝で押しつぶすような姿勢をとった。
さらに車の天井に手をついて、体重をかけた。
毒が効いているのか、抵抗はまるでなかった。
声も聞こえてこない。
「ケイさん」
わたしは言った。
「さようなら、ケイさん」
言いながら涙が頬をつたっていた。
「あなたが変わってると言ったのは、このことかもしれません。
わたしは、人を殺してみたかったんです。
小学生くらいのときから、ずっとです。
ただ、そんなことはこの社会で許されません。
虫を殺すのとは違うんです。
親だって悲しみます。
だけど、あなたのような人なら。
あなたのように、生きることが他人の害になっている人なら。
殺しても構わない。
そう思ったんです。
さようなら、ケイさん。
わたしのこの渇望を、
ケイさんが満たしてください」
彼は、多分、とっくに動かなくなっていた。
わたしは彼の心音を聴こうとしてみたが、最初から人形だったのではないかというほどそれは静かだった。
人を殺した感覚は…………蚊やゴキブリを殺したときと何も変わらなかった。
ただ、友達だったケイさんが永遠にいなくなってしまったという喪失感だけが残った。
「……あった」
車内に埋め込まれた小さいカメラを見つけた。
全部で四つのそれを辿った先に四角い箱の機械があった。HDDレコーダー的なものだろう。コードを外してバッグに入れた。
それから、予備で持ってきたTシャツとジーンズを着て、破れた服をバッグに直して車から降りた。
相変わらず道に人気はなかった。
家に帰る途中、川にレコーダーを投げた。けっこう大きな音と水しぶきが上がった。
翌朝起きて、改めて冷静に考えてみると、死体は放置しっぱなしだし、車内にはわたしの髪の毛ぐらいは落ちているだろうし、レコーダーは無造作に川に捨てたしで、痕跡を残しすぎていた。そのうち警察が家に来てしまうのではないか。
でも正当防衛が主張できると思ったので、わたしはあまり気にせず堂々とすることにした。
罪悪感はない、というケイさんの言葉を思い出す。
わたしたちはどこか似ていたのかもしれない。
学校に向かう途中、メールがきた。
kei:
調子はどうかな。
僕は元気だよ。
君が昨日殺したのは、僕の影武者だ。
万一警察に目をつけられたとき僕の身代わりにする予定だった、僕によく似た他のレイパーだよ。
大丈夫、あのあと僕がきれいに始末したから、君が疑われたり不利益なことにはならないだろう。
君が僕を殺そうとすることはわかっていた。
というのは嘘だ。普通に驚いた。
でも、全く予感していなかったわけじゃない。だから僕自身は行かずに離れた場所から様子を見ていた。
車内の映像は常時、僕の携帯やパソコンに送られるようになっている。
君の殺人の瞬間を見ながらもう何回抜いたかわからないし、とにかく楽しませてもらったよ。
ありがとう。
ところで、教えてもらったコンビニ菓子を食べたけれど、正直かなりハマった。
他のおすすめも教えてほしい。
✣
わたしは立ち止まって、しばらくその文面を眺めていた。
携帯をしまって歩き出すと、色々な事柄が頭を順々に巡っていった。
レイプと殺人はどちらが重罪なのだろうとか。
そもそも人とはなんなのか、とか。
そういえば、結局モンスターを交換していない、とか。
しばらく歩いた。
また立ち止まって、メールを打った。
mimi:
ケイさん。
今度は普通に会いましょう。
普通に会いましょう 名野映 @nanoei
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