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「――さあ、どうしよう」
机の上に携帯を置いて、わたしはつぶやいた。
その画面には、激しく交わる男女の様子が複数のカメラで撮られたものが流れ続けていた。
男性の方は顔にモザイク処理がされている。
イヤホンで音を聴きながら観たのだが、聴こえるのは女の子の悲鳴や喘ぎばかりで、ケイさんは一言も声を出していなかった。
正直なところ、ショックだった。
机に添えた手が震えるくらいに。
ケイさんは、こうなったわたしを正確に想像できているのだろうか。
彼が学んでいる心理学はそこまで万能なのだろうか。
机の上には、彼が通っている大学のパンフレットが置かれている。
開かれているのは心理学科のページだ。
恋愛はわからなくても、単なる友達以上の想いはあった。
感覚としてはもう身内のようなものだ。だとしたら、兄というのが近いだろうか。
それが犯罪者で、しかも自分に危害を加える質の存在だった。
会えば犯される。
撮られて脅される。
そのこと自体は、別にいいかもしれない、と考えるわたしはどうかしているのだろうけど、わたしが本当に嫌なのはそこじゃない。
「ケイさんと、友達として会えない」
言葉にしたら予想以上に悲しくて、目頭がじんとした。
それで収まるかと思ったけれど、涙は急激に溢れ出して、掌にぽつぽつと落ちた。
泣くのなんて何年ぶりだろう。
「ケイさん、やっぱり、パターンの会話なんて上辺だけの会話だよ」
携帯の画面を指で叩いて言った。
「わたしは、あなたが本当の友達だと思ってた」
しばらく経った。
返信をしなくてはならない、とわたしは思った。
だけどその内容が決まらない。
結局は、会うか会わないかだ。
それが決まらないとメールは書けない。
「美波、美波」
とそのとき母の呼ぶ声がした。
その悲鳴めいた切迫具合から、わたしはだいたいの状況を察した。
部屋を出て階段を駆け下り、台所に飛び込むと、視界に入った黒い影に勢いそのまま掌を打ち付けた。
きたない音と柔らかな感触があり、確認するまでもなかったが掌にはゴキブリが潰れていた。この家はよく出るのだ。
丸めた新聞紙を構えた父が、
「素手か」
と言った。
母は吐きそうな顔をして、
「助かったけど、ありえない。早く手を洗って」
と言った。
流しで手を洗っていると、父が、
「美波は思い切りがいいな。格闘技とか向いてるんじゃ」
言い終わらないうちに母が、
「女の子になに言ってるの。あなたってことあるごとに美波を空手に誘い込もうとするのね」
と言った。
「いや、空手っていいんだぞ」
と言う父を無視して、
「それに」
と母は続けた。
「ゴキブリに対しては躊躇なんて要らないのよ。害虫なんだから。放っておいたらこっちが困るんだから」
そして手にしていたゴキブリ用スプレーを棚に仕舞い込んだ。
わたしは上の空だった。
ゴキブリも、両親の会話も意識の外で、ずっとケイさんのことを考えていた。
二階に戻って椅子に座ったとき、心は決まった。
ケイさんに会おう。
でも……、それは今すぐじゃダメだ。
mimi:
返信が遅れてすみません。
なんというか、驚きました。
ケイさんはそんな冗談を言う人ではないから、きっと全部、本当なんだと思います。
それでも、わたしにとってケイさんはケイさんです。
ケイさんがどんな人でも、これまでわたしにくれた言葉は変わりません。
会います。
日時と場所を添付します。
大丈夫なら返事をください。
待っています。
あと、ケイさんはわたしのことを期待しすぎです。
わたしが変わった反応をすると思っているようですけど、わたしは普通に怖いです。
けど、怖くても、ケイさんという友達をなくしたくないです。
ケイさんだから何されてもいいとは思えないし、むしろ大好きなケイさんだから嫌です。
わたしの気持ちは以上です。
ただそれだけで何も求めません。
kei:
日時、場所、問題ない。
変わった反応、というか僕好みの反応、充分していると思うね。
そもそも普通の子はメール自体返さない。
当日、楽しみにしているよ。
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