山田先生のメモ

ヤギサンダヨ

山田先生のメモ

 山田先生はとても良い先生です。やさしいし、授業もおもしろいし、明るくて、しょっちゅう冗談を言って皆を笑わせます。だから6年3組の生徒達は、山田先生が大好きです。

 でも、山田先生には一つだけ、ある欠点がありました。それは、先生はとても忘れっぽいということです。生徒が何か大事なことを頼んでも、他の仕事が入るとそれを忘れてしまいます。先週の授業がどこまで進んだかとか、職員会議の予定とか、大切なこともきれいさっぱり忘れてしまうのです。でも、それも悪いことばかりではありません。生徒たちがいたずらをしたり、ガラスを割ったりということなども、いつのまにか忘れてしまいます。他の先生の中には、指導するたびに昔のことをネチネチ持ち出す人もいますが、山田先生はぜったいにそんなことはありません。ただ、夏休み明けに自分のクラスの生徒の名前を忘れてしまったりするのはやはりまずいな、と自分でも思っていたようです。

 そこで先生は、今学期から胸のポケットに小さなメモ帳とペンを入れて過ごすようになりました。そのメモには、毎日やらなければいけないことや覚えていなければいけないことがぎっしりと箇条書きにされています。先生はその一つひとつをこなすごとに、ペンで═をひいて消していきます。そして、新しい用件ができれば、それを空欄に書き込んでいきます。一日の終わりには═が全部引かれていることを確認します。そして、次の日の予定を新しいメモに書き込んでいくのです。

こうして、山田先生の致命的欠点は完璧に克服されました。約束事も漏らさず果たせるようになりましたし、職員会議にも毎回出られるようになりました。

しばらくして、妙なことがありました。一日を無事に終えてメモを確認していたとき、一番下の欄にまだ消されていない項目があったのです。「ガリガリ君」。こんなメモを書いた覚えはありません。一瞬生徒のいたずらか、とも思いました。でも、明らかに自分の字です。その日はメモもボールペンも誰かに預けた記憶はありませんでした。でも、それほど気にも留めませんでした。一応、次の日に繰り越しということで、新しいメモの一番上に「ガリガリ君」と転記しておきました。

翌日の昼休み、山田先生は、メモにある「ガリガリ君」という文字が気になりました。この頃になるとメモの項目を一つひとつ消していくことに快感さえおぼえていたため、一番上に残っているこの一行が気になって仕方がありません。ちょうど午後の授業が無い日でしたので、山田先生は近くのセブンイレブンへ行き、ガリガリ君ソーダを一本買いました。ちょっと行儀が悪いかなと思いつつ、学校へ向かって歩きながらそれを食べました。ちょうど校門が見えてくるあたりで、ガリガリ君は棒になりました。当たりでした。

また、しばらくして、やはり見覚えの無いメモ書きを見つけました。今度は「ヤマダ電気板橋店」というものです。明日はちょうど金曜日で少し早く帰れそうです。学校の帰りに、用は無いけど久しぶりに寄ってみるか、そう思って床に就きました。そして、翌日、4時半に学校を出て、1年ぶりくらいにヤマダ電機板橋店に向かいました。閉店にはまだまだ時間があるし、なにやら今日はイベントがあるようで、けっこうな人だかりです。店舗入り口には列ができていたので、その後ろに並んで少しずつ前に進んでいきました。そしてちょうど入り口のドアを過ぎようとしたところで、係員に呼び止められ、頭上のくす玉が割れました。

「おめでとうございます、100万人目のお客様です!」

周囲から大きな拍手がわき上がりました。

「副賞としてこちらの100万円分の商品券を贈呈させていただきます!失礼ですがお名前をうかがえますか。」

「や、ヤマダ・・・です。」

「えーっ!皆さん、100万人目のお客様がヤマダさんです。大きな拍手を!」

この日のことは、次の日の全国紙に小さく報道されました。

また、こんなことがありました。やはり身に覚えの無いメモ書きが、自分の筆跡で書かれていたのですが、どうしても意味が分かりません。「東京ディスプレイ、成り行き、買い」

スマホでいろいろと検索してみた結果、どうやら「成り行き」というのは相場用語のようです。「株?」と思ったものの、今まで株取引など縁があません。ネットで調べてみると確かに東京ディスプレイという会社は東証一部に上場されています。前回、前々回のことを考えると、これは株を買えという御告げのようです。妹が確かBSI証券の口座を持っていて、先日も何とか生命で大損したとか言っていました。このことを思い出して電話してみることにしました。

「あ、お兄ちゃん、久しぶり、元気?え?株を買いたい?100万円分も?まあ、独身だしお金の使い道他にないなら、いいかもね。東京ディスプレイって下がりっぱなしの糞株だけど。明日朝一で?分かった。建て替えとくから必ず明日夕方までに私の口座に振り込んどいてね。もうかったら一割は手数料でもらうわよ。」

 そして、翌日から3連日、東京ディスプレイはストップ高をつけたのでした。山田先生は、儲けた85万円のうち10万円は妹にあげて74万円を貯金、1万円だけ何かに使おうと決めました。でも、山田先生は読書以外にたいした趣味もなく、お金の使い道は思い当たりません。そんなある日、また、メモ帳に見知らぬ書き込みが表れました。

「東銀座チャンスセンター、連番」この言葉の意味もすぐにつかめなかったのですが、やはりネットで検索して、チャンスセンターというのが宝くじ売り場であることが判明しました。「いよいよ3億円大当たりというわけか、まさかねぇ・・・」山田先生はそう思いながら、やはり金曜日の午後に銀座の宝くじ売り場に向かい、1万円分の年末ジャンボを連番で購入したのです。そして翌年、みごと、前後賞合わせて3億円の賞金を手にして、山田先生は大金持ちになり・・・・・・ませんでした。

 山田先生は「宝くじを買った、大晦日に当たるかも」ということをメモ帳に書き忘れていたのです。山田先生の上着は、2年前に紳士服のモナカで購入した「自宅で洗える快適スーツ」でした。内ポケットに宝くじを入れられたままの上着は、粉末洗剤とともに無造作に洗濯機に放り込まれ、今、洗濯ボタンが押されました。カチャ。

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