21:「幕間劇」(2)
オーリィも、テツジの噂を、その働きぶりを耳にしていた。
工事完了を麦播きに間に合わせる、それが本来の開拓開始時の予定事項。出来上がった畑や用水を放置しておくのではまた荒れてしまうだけ、即座に人を入れて耕作を開始する、そういう予定だったのである。だがいざ着工してみると、それは思いのほか困難だった。予定は伸びに伸びていた。
その状況を、テツジが逆に押し返してしまったのだと言う。
「あの男はたいしたものですよ長老、いや実に!」
ある時、ふとした理由で役場を訪れたオーリィの耳に、熱のこもった調子で語るバルクスの言葉が滑り込んできたのだ。
「無論あの桁外れの体力。あれだけでも優に三人分の働きはこなしているはず。いや、ただの三人分ではありません、開拓のために集めた男達は、そもそもこの村でも選り抜きの力自慢体自慢を揃えたつもりなのですがね、その三人分ですよ!
しかもそれだけではない。自分のやるべき仕事が、先の先までよく読めている。実は長老、彼の進言を採り入れて工事の工程を変えたところが何件かあるんですがね、全て図に当たっている。おかげで順調どころか、これまでの遅れをじりじり取り返していますよ。彼とあった時から有望だと思っていましたが、これ程とは……
何故あんな男が元の世界であんな無情な扱いを受けたのか……馬鹿な話だ……」
「大した惚れ込みようだなバルクス、」脇で聞いていたグノーが口をはさんできた。
「確かにわからんでもない。この間わしも工事を見学させてもらったが、彼奴め恐ろしいほどの働きっぷりだった……何と言ったか、そうそう、『穴掘り鬼』!上手い名をつけたもんだわ。
いや実はなバルクス……お主も知っての通り、村で使う鉄がこのところ大分乏しくなっておってな。近々また採掘せねばならんのだ」
この村で使われている鉄。農工具から鍋釜に至るまで、すべては山とは別に存在する荒れ地の「遺構」から切り出している。この世界の地下には先住者が残したと思われる建築構造体が多数存在している。だが機能しているのはどうやら山だけ。あとは単なる廃墟に過ぎない。その鉄骨を削って村の資源にしているのだ。鉄は貴重なものなので、折れ釘一本に至るまで村では徹底的にリサイクルされているが、それでも人が暮らしに使えばどうしても摩耗して失われる。数年に一度、大掛かりな採掘が必要とされるのだ。
「有体に言えばの、バルクス、お主には申し訳なかったがこの間のわしの見学というのはな、開拓地が見たかったのではなくて、工事人夫が見たかった」
「なるほど、人材のスカウトということですね?フフ、どおりで……私の説明にうわの空だと思いましたよ。で、あなたもあの男に目を付けられた、と?」
「左様左様。鉄の採掘もこれまた厳しい仕事じゃから。それに危険だ。要するに『遺構』という建築物の骨組みを一部破壊して鉄を採る訳だからの。崩落の可能性がつねにある。だからただ頑丈なだけではダメだ。注意深さというかな、危険予知の習慣が身に着いた者でなければ。あの男なら……」
「そうですね、彼ならそういう意味でもうってつけでしょう。本人にとってはありがたくない経験だったでしょうが、戦場上がりの経歴は伊達ではありませんからね」
「いやわしはな、前から思っとった。今までのような行き当たりばったりの採掘ではのうて、もっと計画的に安全に鉄が掘れる、『坑道』のようなものを造りたいとな……わしの目の黒いうちに!候補の場所も目星はつけてあるし、建設の絵図面もおおむね出来ておるんだ。だが着手には人が要る、適した人材が。だからこれまで手が付けられなかったのだが……ううむしかし……」
「?」
「いやな、あの男の人物があれば、とは思うんだが、せっかくお主がそれほどまでに力こぶを入れて育てている弟子を、横からかっさらうというのはどうも……」
「そういうことですか。なら申し上げますが、それは逆ですよグノーさん。是非あなたの元で彼を使っていただきたい。なんなら私から彼に話しても。
私はあの男は『私の弟子』などという小さな器に収まるとも、それで彼が満足するべきとも思っていません。もっと経験を積ませたい。『坑道建設』!またと無い機会ではありませんか!無論彼自身の希望は聞かなければなりませんが、彼なら……あの『穴掘り鬼』が嫌とは言いませんよ。食いつく位でなければ見込んだ私が困ります。具体的にそのお話が煮詰まったら是非!!」
お願いしますの言葉の代わりに、テーブルに額を着けんがばかりに頭を下げるバルクス。
「やれやれ、監督も旦那もアイツに随分惚れ込んだもんだな。いいんですかい長老、そんなのんきに眺めてて?あんたの悲願、『山の遺構の再調査』!先には人が欲しい欲しいって言ってたじゃねぇですか?頑丈なだけじゃねぇ、テツの野郎はありゃぁ、確かに学者じゃねぇがなかなかのインテリですぜ?あんたと難しい話で話が合わせられるヤツはそうはいないが、あいつなら。研究助手に向いてると思いますがね?あんたも負けずにスカウトしたらどうです?」
「フフ、それはねぇメネフ君……わしは戦略を変えたの」
二人のやりとりを見ていた長老とメネフ。口調こそ雑な煽り文句だが、メネフの目には親身な心遣いが現れていた。それに穏やかな感謝の顔で返す長老。
「いかにわしが前の世界で科学者として『新進気鋭』だの言われていたところで……それでも遺構の技術はおよそ理解不能だったんだが……それももう三十年も前の話さ。悔しいが、わしの学問はそこで止まっている。あの遺構には太刀打ち出来ん。それは冷厳たる事実だよ。科学者としてそれを認められないのは別の意味で敗北さ。
だが逆に。この三十年で外の世界の科学がどれほど進んだことか、想像もつかん。まして百年、二百年先の人間なら……無論わしのあの山に挑みたいという気持ちは変わらんがね、要は方法さ。実際の調査研究は後の者に任せる。今わしに出来ることは、いずれ来るべきわしより優秀な探索者のために、彼あるいは彼女が満足な研究に没頭出来る環境を整える……今のこの村の生活を維持発展させておくことさ。そのための人材なら、バルクス君やグノーちゃんに任せて育ててもらった方が、ね?」
長老モレノ以外の人間の言であれば、それは泣き言あるいは敗北宣言に聞こえたかも知れない。しかし彼の口元に浮かぶほろ苦いが不敵な微笑みと、それ以上に強く鋭く輝く眼光に、彼自身の亡き後をも見据えた消えない闘志を捉えたメネフは、敬意のこもったうなづきで答えた後。
「だったらどうです旦那方?いっそアイツをこの役場のメンバーに入れちまったら?その方が何かと話が早いですぜ。そしてオレはお役御免で気楽な仕立て屋専業に戻る、と……」
「いやいやいや何言っちゃってるのぉ?」長老がここぞとばかり、長い首の先についた顔をメネフに突き出して甲高く言った。
「テツくんをこのメンバーに入れる。いいね、若手が増えるのはとってもいい!前向きに検討しちゃうとして、だからってキミをクビにする理由は全然ないよね。これからもずっと便利な小間使いとして働いてもらうから、そ・の・つ・も・り・で!」
「チキショウ!敵わねぇなぁまったく……!!」
そう言って、メネフはさりげなくオーリィに向かってウインクしてきた。
(聞いただろ?アイツならよくやってるみたいだぜ)
テツジの話題に思わず立ち聞きになってしまった彼女への、ほんの少しのからかいと、大きな労い。それを読み取ったオーリィは、自然に頭を下げていたのである。
彼女の思いは複雑。テツジが村人たちに認められ、着々と馴染んでいることは、彼女にとっても大きな安心と喜びであった。が。
(でももうすぐ『独り立ち』ですわね。私もまた一人……そう思ってはいけないことなのに……)
寂しい。その言葉をオーリィは密かに胸に飲み込んでいた。
(ん?)
水の日の朝市。今日もオーリィの蛙を一番乗りで手に入れたケイミーは、少し離れた木陰で立っているテツジに目を止めた。
(あ、これ……ちょうどいいタイミングかな……)
何を思うところがあってか。彼女はテツジに近づいていった。
(おや?)
手持無沙汰そうに下目づかいで木に寄りかかっていたテツジが、ふと視線を戻すと、近づいてくる人影。ケイミーだ。
(ふむ……あれを頼むのは今かも知れん、よし……!)
彼もまた、ケイミーに対して思うところがあるらしい。その接近を待った。
「おはよ。こんなとこで何してるの?」
「やぁ。なに、いつも通りだ。オーリィさんの歌を聴きに」
「だったらもっと近くで聴いたら?話しに行かないの?」
「あの人の声はよく通る。俺はこのくらい離れて聴かせてもらうのが好きなんだ。響きが美しい。それにオーリィさんには商売もある。あんたたち生蛙党は『早いもの勝ち』だろう?急ぐ必要のないこの俺が店先を塞いで、オーリィさんの大切なお得意さん方の邪魔をするわけにはいかない。今も、一旦人が引くのを待っているのだ」
「ふぅん、律儀ね……アナタ今日は仕事は?」
「交代制だからな。水の日は休みにしてもらってある。この後はちょっとオーリィさんに挨拶してから俺が一人で市を周って買い出しをして、それから店じまいを手伝って一緒に帰る」
「……いい心がけじゃん。ちゃんとお手伝いしてるんだ。ってことは、ちょっとは時間とれるよね?」
「実は俺もあんたに用がある」
「?……そう!んじゃ、あっちで軽く話そうよ」
臨時市の隅にある、木陰に木のベンチの休憩所。いつぞや彼女が、コナマと狐狩り作戦会議をしたのもここだった。先に着いたケイミーは、腰をかけるとおもむろに、手に提げていた蛙を網袋から一匹つまみ出した。そして。
「えっと!呼び止めといてなんだけど、ちょっとだけ待って!」
蛙をがっつき始めた。
「ゴメンね……あたしの中の鳥さ、すっごい食いしん坊なんだよ……お腹が空くとどうにも我慢できなくて……いつも一匹やっつけたら落ち着くから!」
テツジはオーリィに聞いていた。村人の中には、特定の動物的本能に獣の力が強く作用する者が少なからずいるのだと。
ケイミーの場合は、それは食欲。掌の中の蛙が、見る見るうちに端から食いちぎられて消えていく。人を待たせているから早食い、とはどうやら違う。大きな瞳に映る明らかな野生の衝動。
(最初に見たあの時は、俺も驚いたが……)
生まれ変わった自分の体、特に自分の中の獣が求めるものに正しく適応すること。流され過ぎても抑え込み過ぎてもいけない。それがこの村で生きていくのに必要な心がけ。オーリィからそう教えられた。そしてもう一つ。
(それが自分に害を及ぼさない限り、他人のサガは黙って認めること……か……)
教えに従って、テツジは静かにケイミーを待った。
(だがオーリィさん。あなたご自身はその言葉に矛盾している……『抑え込み過ぎても、流されてもいけない』のだ……)
「……ふぅ!四ツ目じゃなくてもオーリィの蛙はホントおいしい!待たせたわね、じゃ話そっか……って!ねぇ座りなよ?」
ケイミーがベンチの端に座を移したが、テツジは立ったままだった。
「俺は体が大きい。このベンチでは近づきすぎる。あんたとはまだそんなに親しくなったわけではない。男女で人目もある。あまりむやみにくっつくのは良くない」
「うわ……アナタ前の世界に電車とかバス無かったの?聞いてたとおりね、すっごいカタブツ!……まぁちょっと安心だけど、そういうの……じゃぁあたしも立つ。あたしどっちかっていうとチビだから、アナタとじゃ見下ろされるのは立ってもおんなじだけど、いくらなんでも高すぎて話しにくいもん。
……え~っとね……」
「?」
勢いよく立ち上がって、下から真っ直ぐテツジの顔を見据えるケイミー。だがどういうわけか、なかなか話し出さない。躊躇している。
「どうした?話があるんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど……その……」
「わかった。だったら俺の用件から先に言おう。買い物に付き合ってくれ。実は俺は、オーリィさんに贈り物がしたいのだ」
「え?」
「あの人には命と魂を救ってもらった。大恩がある。何を贈っても返しきれるような恩では到底ないが、せめてもの気持ちを、そう思ったのだ。俺は働き始めて、この間初めて給料をもらった。俺がこの村で一人前の人間に近づけたということを、あの人に見ていただきたい。それにはこの金を使うのがよかろうと思うのだ。だが……」
「何?どうしたの?」
「俺は今まで、女性に贈り物など一度もしたことがない。何を贈ったらよいのか、まるで見当がつかないんだ」
「あ……つまりアナタ、ガールフレンドとお付き合いとか、そういう経験は……?」
「ない」
仏頂面でぶっきらぼうな調子のテツジ。だが、それがつくり顔であることがケイミーにははっきりわかった。はにかみを、隠している。
(『嘘が嫌いな正直な人』『心がとっても純粋な人』って、オーリィが言ってたっけ。うんなるほど。聞きしに勝るわ。そう……純情君なんだね、オーリィ……)
ケイミーは、満足そうに微笑みを浮かべた。
「OK!一緒に買い物に行って、選ぶの手伝って欲しいってことでしょ?」
「そうだ。頼む。俺はここに来てまだ日が浅い。確かに工事現場で仲間は出来た。いいやつばかりだが、こんなことを頼むにはどうにも向かん。かといって他に親しい人間もまだいない。その点あんたは、確かに俺とは顔見知りというだけの関係だが、オーリィさんとは切っても切れない間柄だ。あの人に関することなら聞いてもらえるのではと思ったのだ」
「フフ、ナイス人選!そりゃあの子のためだったら、なんでもしちゃうわよあたし!そうね、プレゼントかぁ……考えてみたら!あの子に改まって贈り物とかしたことなかったなぁ、あたしとしたことが!なんかワクワクしてきた……お金出してくれるのアナタだけどぉ、選ぶのあたしだしぃ、あたしからの贈り物ってことにしちゃおうかな?」
「いやそれでは……!」
「『あたしの心の中で』だよ!もちろんホントはアナタからの贈り物。それならいいでしょ?ねぇアナタさ……オーリィからあたしのこと、どんなふうに聞いてるの?」
話をするといいながら躊躇っていたケイミーだが、どうやら口がほぐれてきたらしい。
「あの人の元お隣さんで、つまり命の恩人で、自分にとっては母のような存在だと。『優しい百舌のお母様』という言葉も使っていた」
「ぴゃっ!」
ケイミーの口から、本物の鳥のような声がほとばしった。どうやら「歓喜の悲鳴」らしい。途端に真っ赤に染まった両頬を隠すように掌で包みながら、もじもじと身をよじる。
「もももももも、百舌のお母様……お母様!はぁぁ、あの子ったらなんてカワイイんだろ!そういうお姫様みたいな言葉がさ、浮かずにピタッと板につくのよね……」
「あんたは、なんだか前と様子が違うな」テツジが軽く首をかしげて言った。
「この間最初に会った時は、説教好きの、ずいぶん口うるさそうな女だと思ったものだが……」
「ホント、はっきり物を言うのねアナタ。何?『今見たらデレデレ加減がひどくてビックリ』?アハ!それはね……うん、前にね、こんなことがあったんだよ。前にも『お母様』って言ってもらった時の事……」
(続)
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