16:「誕生」~魔女の狂宴~(2)

「しかし、本当によろしいのですか長老、あの新入りをケイミーに任せて?」

 勢いに押し切られ一度は許してしまったものの、一息置けばやはり不安が募る。ケイミーと担架を担いだメネフ達を送り出した後、その場に残った一同の一致した顔色を見て、代表するかのように問うバルクス。

「ふむ……いや、正直危ういとわしも思う。手放しに認めるわけにはゆくまい……やぁコナマ、早かったね」

「お使いの人が急ぎの用だと言うから……何事かしら、モレノ?」

【こどもドラゴンのコナマ】。全村人中の、例外中の例外者。子供に生まれ変わったというだけではない。彼女がこの村に現れたのは実に20有余年前。それから今に至るまで、その肉体は全く変化していないのだ。底知れない長命の可能性に、彼女の体に宿った獣はただのオオトカゲではなく本当にあの伝説上のドラゴンなのでは、と噂する者すらいる。彼女が一度死んだのは確かに68歳の時のこと。だが、ここでは彼女の「今の年齢」を意識するものはもはや誰もいない。あまりにも無意味だから。永遠の68歳が、少女の体に封じ込められている……それが村人達の共通認識。

 即ち村の女達の中でも既に古参で、長老モレノとも旧知の、肝胆相照らす間柄。偉そうな肩書は「ワクワクこどもライフ」の邪魔になるから、という気ままな理由で村の重職には就いていないが、そのくせ役場に入り浸って年中彼と語らっては、時折相談事をしたりされたり。言うなれば村の「顧問」といったところ。

 そしていずれ劣らぬ道化者同士、いつもなら「コナマちゃ~ん♪」「チョーローちゃん♪」とふざけあう二人が、どちらかを単なる名前だけで呼びかける時、それは「真剣な話がしたい」という合図であった。

 しかし。かくかくしかじかで頼み事はこう……と、今回の長老の話を聞き終わったコナマの顔は、満面の不満を表していた。

「ケイミーを……『陰ながら見守れ』ですって?何をそんな、まだるっこしい事を!新入りの娘がそんなに剣吞な子だってわかっているのに?私が代わってあげるか、普通に手伝ってあげるのではいけないの?」

「さあそこだよ。新入りの彼女も問題だが、それ以上に私にはどうもね……今回のケイミー君の我の張り方が気になるのさ。前々から思っていたんだよ。右と言われれば右、左なら左、素直と言えば聞こえはいいが、普段の彼女はまるで自分というものが無い。からっぽだ。若い娘があれでは……そうは思わないかね?」

「確かにそうね。私とは同じような能力持ち同士で、農場でしょっちゅう会うから。私がふざけたりバカを言ったりするとね、ちょっとは笑うのよ?でもすぐにショボンとなってしまうの。まるで穴の開いた風船みたいな子……」

「その彼女が何故?と思うわけだよ。だったら思いのままにやらせてみれば、何かが!君の言う、彼女の心に開いた『穴』の正体がわかるかも知れない、とね」

「モレノ、あなたはやっぱり学者ね。たとえ人を助けるためとしても、知識欲の方が先に立つ。私もそれは確かに知りたいわ。知ってあの子のあの穴を塞いであげたい。だけど……そのために新入りの彼女を使うの?危険よ、どちらにとっても!」

「だからそのための、君さ、コナマ?」

「ああもぅ!ずるいわねあなたは!敵わない、いつもいつもそうなんだから!

 ……わかったわ。ただし、見守りの『引き際』は私に見極めさせて頂戴。もう見ているだけじゃ限界となったら、私はすぐに私のやり方で動くから。いいわね!

 ところで?仕立て屋の坊やはどこ?」

 話はついたと言わんばかりに、長老から目を捨てて、振り向きざまに問うコナマ。

「ああ、メネフなら新入りを担いでケイミーの家さね。そういえば、今日はあいつもあいつで珍しくカッカしておったが、彼奴がどうかしたかな?」

「どうかしたか?って……まったく!鈍いわねグノー。バルクス?その顔は、あなたも気付いてないの?『村一番の縁組上手』とやらが聞いてあきれるわ!」

 一瞬ポカンとする一同だったが、長老がいち早く彼女の意を悟った。

「やっ……つまりその……あの二人は、そういう?」

「あの二人というか、どうやら坊やの片思い。農場でね、ケイミーが木に登って獲物を狙っているところを、用もないのにあの坊やが来てよく眺めているわ。

 ……なんだかとってもうっとりした顔つきで!不良ぶってても、可愛らしいことよ。

 若い人の恋路の邪魔なんてしたくないけど、今回ばかりは、あの坊やに騎士気取りでしゃしゃり出られたら台無しになるかも知れない。私が陰でちゃんと動いているから迂闊なことをするなって、よぉく言い聞かせておいてね!」

 ピシャリと一発、長い尻尾の先で床を叩き、風を巻いて役場を出ていく、小さな背中の女傑。長老はクスリと軽く苦笑して、心中こうつぶやいた。

(まったく……!『敵わない』はこちらの台詞だよコナマ。よろしく頼む……)


「誰が……こんなもの!!」

 また料理が一皿、投げ捨てられて宙を飛んだらしい。皿の砕ける音と、女の怒号が聞こえる。

「何度言ったらわかるの?!お前達のような化け物共の餌……誰が……誰が口にするものですか!!」

 女が山を降りて数日が過ぎた。目覚めた時、まず彼女はケイミーに鏡を要求し、それを見ながらまる一日泣き叫び続けた。それが収まると、次の日からは貝のように口を閉ざし、部屋の隅に座り込んで動かなくなった。

 ケイミーが何を話しかけても返事は、「うるさい、この汚い鳥!!」と、決まりきった一言のみ、まるで聞き耳を持たない。服を与えたが袖を通そうとしない。山から降りた時そのままの裸身だ。食事も一切受け付けない。女の体を案じたケイミーが食事を差し出せば、手で打ち払うか、もぎ取っては放り捨てるかのどちらか。

「わたしは、お前達みたいな化け物じゃない……人間よ……美しい人間……

 あああああああああ!!返して、わたしの眼、わたしの肌、元に戻して!!

 でなかったら死なせて!わたしを殺してよ!!」

 挙句は同じ嘆きで終わる。延々とこの繰り返しであった。その間、ケイミーは悲痛な面持ちのまま、なおも通じない献身を女に向け続けていた。日々、投げられた皿と料理を唯々諾々と片付けることしか出来ることがなくなっていたのだが。もはやかける言葉の一言も出ては来ないのだろう、ここ二日ばかりは彼女も終始無言のままだった。

(これは……もう無理かも知れないわね……第一時間が無いわ……)

 窓の外で様子を伺うのはコナマ。彼女もまた毎日同じように、気づかれないようにケイミーの隣家すなわち女の家に訪れては聞き耳を使い、時には覗いて様子を伺い続けていた。

 村が、「お隣さん」が「新入り」を歓待し遊ばせてただ食べさせておくのには理由がある。来るべき「糧の飢え」に備えて、新入りの体に栄養をつけ体力を温存させておかなければならないからだ。「糧の飢え」による衰弱はあっという間に進行するが、それでも上手くすればそれで数日の時間は余計に稼げるはずであった。しかしこの女は逆に数日、何も口にしていない……貴重な体力を自ら削り無駄に捨てたと同じだ。タイムリミットはいつもより遥かに厳しい、コナマはそう踏んだ。

(決まりだわ。いいわねモレノ、約束どおりわたしはもう動くわよ)

 川に水を汲みに行くのだろう、水瓶を背負子で担いで家を出てきたケイミーに、コナマは後ろから素早く声をかけた。

「オッス、ケイミー♪」

「ああ……こんにちは、コナマさん。何か御用ですか?」

「まぁ御用っていうか、あのナ、ケイミーその前にナ?いつも言ってるけド、アタイのことはナ、『子供扱い』でいいんだゾ。そう固くなるなヨ」

「ごめんなさい、あたしそういうのがちょっと苦手で……」

 コナマは心中で軽くため息をつく。ケイミーはいつもこうなのだ。それはもちろん年長者の自分に対する「遠慮」なのだろうが、毎日のように顔を合わせている身としては、むしろもう少し打ち解けてくれた方がいいのだけれど、と。

「ンまぁ、それはいいんだけどサ……それより、なぁケイミー、お前スッゴク疲れた顔してるゾ?世話大変なのか『新入り』?あのナ、『お隣さん』はナ、確かに『新入り』の世話を任される役だけド、絶対に一人だけデ何もかもやり通さなきゃイケナイってことはないんだゼ?大変だったら誰かに応援を頼んでもいいんだヨ。みんな初めは『新入り』でサ、必ず誰か『お隣さん』のお世話になったんだから。どれだけ大変なのかはみんなわかってるヨ。頼めば誰でも手を貸してくれるって。

 ……アタイが手伝ってやろうか?こう見えてもナ、アタイはケーケンホーフなんだから。なんでも手伝えるし教えてやれるゼ?」

 代わってやろうか、とはコナマは言わなかった。「黙って見守るだけ」をやめるだけ。近くにいて一緒に新入りの世話をすれば、長老に依頼された「心の穴」探しも続けられる。そう思ったからだったのだが。

 コナマのその言葉を聞いて、何故かケイミーの顔色が俄かに変わった。それまでは疲れた表情ながら薄く愛想笑いしていたのが、見る間に固くこわばった。頬と瞼に走る軽い痙攣、そこから読み取れるのは明らかな「拒絶」だ。

「ごめんなさい。でも、大丈夫です。私一人で出来ますから」

 うわべは丁寧ながら、ぶっきらぼうに言い捨てるようなその口調。コナマもそれを聞いて言葉を改めた。

「……そうかしら?悪いけど、私には大丈夫のようには見えないわ。いいことケイミー、何を思って一人で背負いこもうとしているのか知らないけど、これは彼女の命がかかっていることよ?わかっているの?」

「わかっています……!」

 コナマの目も見ずにそう言い放つと、ケイミーはくるりと踵を返して、半ば駆け出すように、逃げるように水汲み場に向かって去って行った。コナマはその背中を見て、今度は本当に大きなため息をつく。

(なるほど、モレノの言う通り何かあるわね。あの顔つきはただ事じゃないわ。とにかく戻ってきたらまたあの子と話すとして、一応報告しておこうかしらね)

 彼女も踵を返すと、役場に向かって駆け出していった。特に急ぎでない時でも、彼女はいつも走っている。それは徒歩しか移動手段のないこの村で、小さな彼女がもろもろの時間を節約するための習慣であった。かつまた、それは生まれ変わった自分の健康な体に誇らしい喜びを感じるためでもあった。が、今は流石にそんな気持ちを味わっている場合ではなかった。さっさと報告を済ませ、どうケイミーと向き合うべきか作戦を立てなくてはならない。あるいはモレノの意見を聞くのもいいだろう、などと忙しく考えを巡らせていたのだが。

 もう少しで役場というところで、コナマは背後にあやしい騒めき声を聞いた。振り返ると、少し離れたところ、道の真ん中に人だかりが出来ている。

(……何かあったのかしら?)

 寄り道厳禁、と思ったが、すぐに考えが変わった。あの方向には、先ほど去ったばかりのケイミーの家があるのだ。胸騒ぎがする。コナマは人だかりに向かって駆け戻っていった。

 一方。

 戻ったケイミーは重い水瓶を自分の家の戸口にいったん置くと、そこから手桶に水を分けて隣の家に入っていった。汲み置きの水が二軒とも乏しかったので、隣の水瓶にそれを入れるつもりだったのだ。だが。

 隣の家に入ると、新入りのあの女が、いない。

(そんな……どこへ行ったの?!)

 ケイミーの隣に運び込まれて以来、女が家の外に出たことはなかった。口ぶりからして、変わり果てた自分の姿を人に見られるのを嫌がっているのだろう、ケイミーはそう思っていた。だから彼女を置いていくにしても戸締りの心配はいらない、うっかりそう思い込んでいたのだが。

(今まで閉じこもっていたのにどうして……まさか?!)

 自ら死のうとしているのではないか?最悪の懸念が頭をよぎる。青ざめた顔でケイミーは外に出ると、屋根に登ってまず周囲を見渡した。猛禽の力を持つ彼女の目は、普通の人間の視力が及ぶより遥か遠くを見渡せる。下手に動くよりまず見た方が早い。動揺はしていたが、日々の狩で身に着けたその習慣は自然に彼女をそう動かした。

 すると。すぐに彼女は、コナマが見たのと同じ人だかりを見つけた。そしてその中心にハッキリと捉えた。

 笑いながらよろよろと道を進む、「新入り」の女の姿を。今まで同様、その身に一糸もまとっていない。隠そうともしていない。それどころか大きく手を広げ、集まった村人達に何やら言いながら、時には右に時には左に、回りながら己の姿を見せつけているように見える。ケイミーはヒッと一息吸い込んで心中で叫んだ。

(何てこと……どうして?!……駄目!!)

 急いで屋根を降り、家の中から毛布を掴み出し、人だかりに向かって駆け出した。

 人だかりを搔き分けてケイミーがそこに見たものは。

「……アハハハハハハハハハハ!どうなのお前達、わたしのこの姿!!眩しいでしょう?美しいでしょう?……とっくり見るがいいわ!!」

 ゲタゲタと笑いながら、野次馬たちを逆に睥睨しつつ、フラフラと歩みを進める女の姿。本人はまるでファッションショーのモデルか舞台上のダンサー気取り、だがその歩みはお世辞にも「踊っているよう」とは言えない。足は上がらず、膝が震えている。糸の付け方を間違えた操り人形のようだ。そして。

「そこのお前!羊?山羊?そんな重たそうな角を乗せて……なんて不格好なのかしら?そっちのお前は!いやらしい手、ヤモリなの蛙なのどっちよ!それからそこのお前は!」

 目についた村人を片端から指さしてはののしる。この際、またしても顔の向きとはまるで違う方向を指さしながら、正確に相手の特徴を捉えているのがいっそう奇妙だったが。そして。

「だいたい何だって……お前達は服なんか着ているの?いいえ、いいえいいえ!!それが服?そんな腐った布切れを体に巻き付けて……汚らしいとは思わないの?!それとも?生意気に人並みの恥ずかしさとやらを持っているのかしら……けだものの癖に!アハハハハハハハハハ!!

 ……さぁ、わたしをご覧。どう?美しいでしょう?!わたしには、隠したいものなんて何もないわ!!」

 女の口から限りなく吐き出される、虚ろな自己賛美と、口汚い嘲笑。それを村人たちは硬い表情で見守るだけ。これほどの異常なありさまには、哀れむべきか怒るべきかさえわからない。手をこまねくだけという困惑がありありと読み取れた。

 あまりのことにケイミーもしばし石の像にでもなったかのように呆然としていたが、女を超えて真正面にコナマの姿を、その眉をひそめた厳しい表情を捉えて卒然と我に返った。

(ぼんやりしてちゃダメ、しっかりしないと……私があの人を止めなくちゃ!!)

 女に駆け寄ると、その体に、持っていた毛布を被せようとした。

「待って……ダメ!どうしてこんなこと……お願い、家に戻って!!」

「何をしに来たの、この……小うるさい、薄汚い鳥!!お前の言うことなんか誰が聴聞くものですか!!いいえ、この村のどの化け物の言うことだって、わたしは聞く耳なんて持っちゃいないわ!!触らないで!!それに……こんなもの!!」

 女の体を隠すために、毛布でくるんで抱き着くようにしていたケイミーを、女は乱暴に振りほどいて地面に倒した。そしてその布を奪いかなぐり捨てた。

「いらないといったでしょう、こんな薄汚いもの……こんな……そうよ!

 こんな醜いわたしなんて!!いらない、わたしは、わたしが、いらないの!!

 ああお父様、お母様、確かにわたしはお二人の罰を待っていました。だけどこんなこと、ひどすぎます……何もかもお取り上げになるなんて!!

……捨てに行くのよこんな残りかすを!!ここを出て……どこかへ消えるの、邪魔しないで!!」

 だがそう叫ぶと、女は突然、クタクタと地面に倒れ込んだ。

(やっぱり限界が近いのね、立っていられなくなったんだわ……今だわ!!)

 コナマが皆を見渡して号令をかけた。

「みんな何をしているの?誰かあの娘を取り押さえて!!早く!!」

 ことの成り行きを魂を抜かれたかのように観ていた村人が、その言葉で我に返った。屈強そうな若者が何人か、お互いに目配せすると、女を囲んで地面に抑え込んだ。別の者がどこからか縄を持ち出し、ケイミーの持ってきた毛布を拾って女を包み、そのまま簀巻きに縛り上げる。

「離して、触らないで……はなし……て……」

 抵抗していた女の力が急に抜けた。気を失ったのだ。

「モレノ、報告は……必要かしら?」

 いつの間にか背後に立っていた長老に問うコナマ。

「いいや……この上は、存分に動いてくれたまえ。ケイミーをよろしく」

 村人達によって運ばれていく女、それを見ながら、ケイミーは打ちひしがれた表情で倒された場所に力なく座り込んでいた。


 そして、その日は過ぎた。(続)


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