5:「市場にて」~食事風景~
「やった!今朝も一番乗りね……遅かったじゃない!今日は来ないのかと思ってヤキモキしちゃった」
「おはようございます、ケイミーさん。いつもお早いのね」
「当然よ。水の日の朝市は、アナタの歌と蛙が無きゃ始まらないわ!どう獲物は?いいの捕れた?」
ケイミーと呼ばれたその女。とび色でやや縮れた短髪の中から飛び出した、数条の羽毛。足の先は細いながらも長く鋭い指と鉤爪。顔には短く薄いが、特徴的な形の嘴。そして何より目立つ、炯々と輝く大きな両目。
(鳥、しかも猛禽だ。しかしあの高さから飛び降りてまるで平気とは……この村の人間が化け物じみているのは、見た目だけでは無いということか。万一ここの連中と『戦う』ことにでもなったら、それなりの覚悟は必要だな。とにかく、あの口ぶりではお互いよく知った仲らしい。ちょうどいい。あの女は、オーリィはどうも底が知れん。交友関係から何かわかればいいんだが)
「それがねケイミーさん、今朝はね、あなたのお好きな青蛙……《四つ目》が1匹捕れましてよ」
「《四つ目》!!ホントに!?見せて見せて……やったわ!しかも大きい!!」
(《四つ目》?)
テツジも思わず覗き込んだ。確かに1匹いる。顔が他の蛙より異様に長く、眼が4つのその蛙。
「もう断然、これよ!これをちょうだい!!あと普通の青蛙も2匹」
「ありがとうございます。では、お代はいつもの1匹小粒1つで3粒……」
「え?《四つ目》も小粒1つなの??」
鳥女の表情が変わった。眉をキリリと上げ、オーリィを鋭く睨み付ける。なにやら機嫌を損ねたのか、とテツジが思いきや。
「ちょっとオーリィ、ダメよ!『いつもの1匹小粒1つ』は、普通の青蛙の値段でしょ?これは《四つ目》、アナタでも滅多に捕れないヤツよね?安すぎよ!」
「でも、たまたまそこにいたから捕まえられたというだけで、どの蛙も私にとっては捕る手間は変りませんから……」
「ああもぅ!アナタったら!!いつも言ってるでしょ?吹っかけ過ぎはそりゃぁよくないけど、値打ちのあるものにはそれなりの値段をつけなくちゃダメ!!タチの悪い客にそういうのが知れたら、ナメられるわよ。いいわね!
……ハイ、小粒『5つ』。黙って握っておくの。常連の言う事は聞くものよ」
(この鳥女、歳はオーリィより少し若いようだが、それにしてはずいぶん説教じみた物言いだな。むしろあの女を半分子供扱いな言い草だ。ただ常連客だからというわけでもなさそうだが、どんな間柄なんだ?)
さりげなく、気付かれないように女二人を横目で眺めてその関係を値踏みするテツジ。だがそうしている間に。オーリィに金を握らせ、網袋に入った蛙を受け取ると、それまでのいささか説教じみた口ぶりの通り、どちらかと言えば理屈が勝っていたようなケイミーの表情が、その目つきが、急に変ってきた。もともと大きな両目をそれこそ限界と思われるまで見開き、蛙を凝視し始めた。
「ああ、でもホント……美味しそうだわこの蛙……絶対美味しいわよね……」
(あれは……動物が獲物を狙う眼だ)
「ちょっと我慢出来ない……ここで一口……」
言うが早いか、いきなり蛙の前脚を一本、嘴で食いちぎった。
(……!蛙を?生きたまま、生で?!)
「やっぱり美味しい!!とっても血が甘いわ!!ああでもどうしよう、持って帰ろうと思ったのに……」
「あの、ケイミーさん?立ったままでは落ち着きませんでしょう。よろしかったら、今日はお店が広いので。いっそこちらにお座りになって、お召し上がりになってから帰られたらいかがです?一度蛙を傷つけてしまったら、どんどん生きが悪くなりますし。美味しいうちに是非……」
そういいながら、オーリィは片側によって場所を作った。
「そ、そう?そうよね、一口食べちゃったらもうダメよね!ありがと、そうさせてもらうわ!!」
そういって、ケイミーはテツジとオーリィの間に滑り込むと、鳥が木の枝にとまるかのように尻をつけず、つま先だけで座って、その姿勢で蛙をガツガツとついばみ始めた。
「どうしてかしらね……《四つ目》はね……血が甘いの……モツもコッテリしてるし……所詮青蛙の変り種でしょう?……なんでこんなに味が違うのかな……食べ物が違う、とか?……最高だわ……」
蛙の腹の皮を切り裂き、臓物を引きずり出して、ズルズルと口にすすりこむ。この凄惨な食事風景が、目と鼻の先だった。テツジは驚き呆れ閉口しながら、
(なんてザマだ、まったく鳥じゃないか!人間がメシを食う姿じゃない!!
それにしても、オーリィも!何を言い出すのかと思えば……平気なのか?ここは自分の店先だぞ、あれを見て客が引いたらどうするつもりだ?)
そう思った途端、店に別の男が現れた。肉食獣の特徴の見える顔つきだ。
(熊か、虎……両方かも知れんな)
「や、チキショウ!またお前に先を越された!どうだ、美味いか?」
「美味しいわよ~!でも残念でした、一番美味しいのはもうあたしのものよ。ホラこれ《四つ目》!いいでしょ?でも、これほどじゃないけど、まだまだいい蛙は残ってるわよ」
「クソッ、今度こそと思ってたのに……オーリィ俺にも蛙をくれ!青蛙だ!!」
男はオーリィに小粒を投げるように手渡すと、網袋入れを待たずにそのまま蛙を受け取り、一口で自分の口の中に放り込む。ボリボリと骨を噛み砕く咀嚼音。
「やっぱり美味いな、オーリィ、お前の蛙は!生きがいいから歯ごたえも違う!これが《四つ目》だったらもっと……また来るぞ!!」
「毎度ありがとうございます」
「やれやれ、わかってないね」と、別の客。
(こいつも鳥だが、あの細長い嘴……鵜か、鷺か、それとも鶴か?)
「蛙はさ、赤が一番美味しいんだけどなぁ」
「赤は確かに味が濃いけど、肝、ちょっと苦くない?小さいし」とケイミー。
「そこがいいんだよ。それに量より質さ……オーリィ、僕に赤蛙を2匹おくれ」
水鳥男は気障な手つきで、買った蛙の1匹を丸ごと口にふくんだ。
「ふふ、こうしてね、口の中に入れてさ、まず蛙が動く舌触りをよく楽しむんだよ。僕はこれが好きなんだ。これは小さい蛙じゃなくっちゃ出来ないからね」
「いや~ゴメン、あたしにはそれはちょっと……わかんないや。なんかじれったくてダメ!」
「おやおやそうかなぁ、蛙の味わい方も人それぞれだねぇ。
オーリィ、君の蛙は捕りたてだからよく動く。おかげで今朝も楽しいよ!!」
「あなたもいつも御贔屓に…ありがとうございます」
その後も、次から次に現れる客。持ち帰る者もいたが、その場でパクつく客の方が明らかに多い。そして、蛙と小粒のやり取りで忙しいオーリィに替わるかのように、いちいち客の言葉敵になって蛙の味談義をするケイミー。
(なんてことだ……この鳥女、営業妨害になるどころか、いいサクラだ!!こうなると分かっていて呼び止めたのか?いずれにせよ取り越し苦労をした俺の方が、いい面の皮ってことか。こいつも客どもも、オーリィも!まったくどうなってるんだ……)
その視線に気づいてか。ケイミーがテツジにけげんそうに声を掛けた。
「えと?初めまして……だよね、お兄さん?オーリィ、こちらの彼……誰?」
「こちらはテツジさん。今度新しくこの村にいらっしゃった方で……」
「あっそうだった!オーリィ、それでアナタが今度の『お隣さん』なのよね!ちゃんと聞いてたのに!こんな大事なことに気がつかないなんてあたしったら……ごめんね、オーリィ。
そう……あのアナタがね…今は『お隣さん』なのね……頑張って!!」
(……?)テツジは心の中で首を傾げた。
(何だこの反応は?そうだ、確かさっき、受付係も同じようなことを?この女が新入りの『お隣さん』だったら、それがいったい何だというんだ?気になる……オーリィの正体か、思惑の手がかりになる気がする。聞き捨てには出来ないが……)
直接聞くわけには、いかない。彼はもどかしさを隠すのに苦労した。だがそんなテツジの葛藤に気づくはずもなく。ケイミーが今度は彼に向き直って話しかけてきた。快活できさくな口調は無視もできず、それがこの際テツジにはひそかに苛立ちの元だった。
「あらためて、テツジさん、だったっけ?初めまして。あたしはケイミー。『百舌女のケイミー』よ。オーリィの友達で蛙屋の常連。覚えといてね。よろしく!」
「ケイミーさんはこの村一番の兎猟師なんですの。眼の良さを生かして、木の上から兎を狙うんです」
「そして獲物を見つけたら即ダイヴ!!さっきみたいにね。自分で言うのもなんだけど、百発百中よ。見た目でホントはワシとかタカなんだと思うけど、なんか偉そうっていうか、カワイクないじゃない?だからモズってことにしてるの。もっとも、本物の鳥と違って翼があるわけじゃないから。木に登るには手足でえっちらおっちらなんだけど。そうね、オーリィとは捕るものが全然違うけど、猟師仲間でもあるのかな。
……ところで、ねぇア・ナ・タ!」
ケイミーの「アナタ」には毎回独特なアクセント、あるいは発音のクセがある。だが、何やら意味ありげに言葉を切りながら言ったその時は、特にそれが耳についた。
「わかってる?ラッキーなのよアナタ、ホントに。だってオーリィが『お隣さん』だなんて!この通り、このコったら優しくって、家事が上手くて、人のお世話が上手くて、歌も上手くて!
……オマケに美人!この村一番の!!そりゃあね~あたしだって?『この村二番』くらいの自信はあるけど?このコにはとても敵わないわ。わかるでしょ?今のうちにちゃんとツバつけときなさい、アナタ男なんだから。アハハ!じゃ、あたしそろそろ帰るね、ごちそうさまオーリィ!!」
上機嫌で去っていく彼女は、テツジの顔色の悪さに全く気づいていなかった。
(またそれか!あのザリガニの仕立屋と同じことを……やめろ!!)
歯を食いしばっていた。拳を痛いほど握り締めていた。
彼には。村人のその一連の言葉の中のある一点に、耐え難い苦痛を覚える理由があったのだ。まして二回目ともなれば、彼自身にも今度はその苦痛の意味がはっきりとわかっていた。
(落ち着け……落ち着け……悟られるな!!)
「あの……テツジさん?なんだかお顔の色がよろしくありませんわ。もしかして、少し刺激が強すぎましたかしら?そうですわよね、初めて蛙を生で食べるところをこんな近くでご覧になったら……ごめんなさいね。でも、この村はこういうところなんです。私たちは、もう人のようでいて人ではない……何か別の生き物なんです。ですから、食べ物の好みも食べ方も、その人によって色々変わることがありますのよ。私の蛙売りは、この村にああして少なからずいらっしゃる、『生きたものを生きたまま食べるのをお好みになる方々』に、朝の軽食として、一種の『珍味』を御提供する商売なんです。そういったことを知っていただくのも、大切なことかと思ったのですけれど、いくらなんでもいきなり過ぎましたわね。本当にごめんなさい」
(話を……合わせろ!さりげなくだ)
オーリィの勘違いは、今のテツジにとっては絶好の助け舟だった。
「いえ、そうとわかれば……だらしないところをお見せして、こちらこそすみません。大丈夫、それに確かに大変勉強になります。ありがたいですよ」
「そう……でもご無理はなさらないで。嫌なことがあれば御遠慮なくそうおっしゃってくださいね」
(おっしゃってくださいね、か……まてよ?観察されているのは、試されているのは俺の方かも。まさかとは思うが、そのために俺をこの市に?
いや迷うな!たとえそうだとしても、そうでなくても!
俺は弱みを見せるわけにはいかない……)
自分の中にまだ軽い動揺が残っている自覚。気を落ち着かせるにも、考えを整理するにも、もちろん、その表情を読まれないようにするためにも。ここは少し彼女と目を合わせない方がよかろうと、テツジは目を伏せて視線を足元の地面に置いた。だがその耳に、今度は。
「オーリィ……アタイ、お願いがあるんだけどサ……」
子供の声が聞こえてきた。(続)
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