5-4

 数日ぶりに屋敷へ戻った後は、クレシダの前途を祝してパーティが催された。


 この日ばかりはクレシダがどれだけ食べても誰も文句を言わなかったし、パンを盗まれては怒っていたチタニアも好敵手との別れを惜しんでいた。


 自分も手伝ったこととはいえ、屋敷からまた人が減る。

 この賑やかさが今夜限りのものだと思うと、ノーマンは寂しさを感じずにはいられなかった。



「殿下、少し外を歩きませんか?」


 パーティの最中、セオドアはためらいがちにそう言った。


 ノーマンは今回の一件で最大の功労者であるセオドアも屋敷に招いていたのだが、堅い性格なだけにこうした賑やかな場は苦手らしい。



「別に構わない」


「ありがとうございます。では表でお待ちしております」


「支度をしたらすぐに出るよ」



 外出のさいには一応顔を隠すためにも外套を羽織る必要がある。

 ノーマンは広間でセオドアと別れたあと、一旦自室に戻った。



「ノーマン様」


「アリエルか」



 いつものように足音もなく背後に現れたアリエルだが、声は普段よりも硬い。



「差し出がましいことを言うようですが、あの方を信用し過ぎではないでしょうか?」


「ぼくがセオドアと親しいのはアリエルも知っているだろう。あいつはぼくを裏切ったりしないよ」


「ノーマン様は警戒心が薄すぎます」


「それはクレシダにも言われたな。でも今回ばかりはお前の心配しすぎだ。あ、子どもの使いじゃないんだからこの後はついてこなくてもいいぞ。アリエルだって忙しいだろ」



 セオドアがノーマンを外に誘ったのは、他の人に聞かれる心配なく会話がしたいからだろう。

 アリエルもそれをわかっているようで、反論はしなかった。



「わかりました。しかし、くれぐれもご用心ください」


「大丈夫だよ」


「夜道は暗いので道に迷わないように」


「ああ」


「忘れものはありませんか?」


「ないって」


「途中で転んでも泣いたりしてはいけませんよ。なにかあったら大きな声で私を呼んでくださいね」


「お前はぼくを心配しているのか、それともバカにしているのか、はっきりさせろ」


「お好きなほうで解釈してください」



 アリエルとのじゃれ合いは普段と変わらない。

 だがなんとなくノーマンは彼女がいつも以上に心配してくれているのだと感じた。


 外套をまとい、外に出るとセオドアはそこで待っていた。



「それでどこに?」


「ついてきていただきたい場所があいます。お話もそこで聞いていただければ」


「王都の中心へはあまり近づきたくない」


「人目につかない道を調べてありますのでご安心ください」


「ならいいが……」



 セオドアに案内されて夜の王都を歩く。

 こんな時間に出歩くのはもちろん、王都の裏路地を歩くのは初めてのことだった。


 道には座り込んだ男の姿がちらほらと見え始める。


 みな一様に薄汚れた格好と、安酒のにおいを放っている。

 濁った瞳はすぐ近くを通るノーマンたちの姿さえ映していないようで、どこか宙空に向けられていた。



「ここにいる浮浪者も一部は元騎士でした。他にも革命によって仕事を失った行き場のない人々が王都の裏には溜まっているのです」


「どこに向かってるんだ、セオドア」


「自分が借りている宿です。粗末なところなので本来ならば殿下をお招きできるような場所ではないのですが、そこで内密の話を聞いていただきたい」



 そうしてたどり着いたのは歩けば床が踏み抜けそうな古びた宿屋だった。

 エントランスにも雑魚寝をしている人の姿があって、正常に営業できているようには見えない。


 彼らの姿は自分のものでもあるようにノーマンには思えた。


 自分の考えが甘かったことはすでに承知している。


 もしも革命直後のノーマンが、仮に後宮の少女たちと出会わず、オベロンの援助を受けなかったとしたらそのとき、ここにいたのはノーマンであってもおかしくはなかった。



「殿下」


「わかってる。すぐに行く」



 先導するセオドアとはぐれないようにノーマンは感傷を振り払って階段を上がる。

 そうしてセオドアが借りているという一室に入った。


 小さなランタンが部屋を薄く照らす。


 あまり長居したくはない雰囲気だ。

 ほこりのにおいがする室内から、どこか不穏な空気を感じる。

 ノーマンは顔をしかめそうになるのをどうにかこらえた。



「それで話したいことと言うのはなんだ?」


「ご相談があります」



 真剣な顔で言ったセオドアを見て、ノーマンが想像したのは金の無心である。

 だがセオドアが切り出したのは、それとはまったく異なる話題だった。



「殿下はこの国の現状を正しいとお考えですか?」



 その一言でノーマンはセオドアの目論んでいることを想像することができた。

 そして同時に彼を見くびっていた自分を恥じる。


 この男は未だに騎士だ。

 外見や肩書が変わっても、心の中は王に忠誠を誓う騎士のままだ。


 それを嬉しく思う気持ちと同時に、必ずしも喜ぶべきことではないのかもしれないともノーマンは思った。


 どうも穏やかな話にはなりそうもない。



「自分にはどうしてもそうは思えません。絶対王政の打倒など浅慮な人間が考えたことで間違いだったのではないか、と」


「前王のせいで苦しんでいた人は多かった。だから大規模な革命が起こったんだ」


「だとしても絶対王政そのものが欠陥だということにはなりえません。王を打倒し市民が支配者に成り上がったところで、それで政治的な判断ができますか? やはり優れた人間による統治こそが平和と安定につながるのではないですか?」


「その優れた人間を投票で選ぶんだろう。今度始まる議会制民主主義はそういうものだと聞いたことがある」


「投票という多数決にそのような機能があると自分は思えません」


「その点は同感ではあるが」



 多数決に優秀な人間を選ぶ機能はない。


 だが、多くの支持を得た人物を〝優秀である〟とするならば話は別だ。

 実際、ノーマンにはそれ以外の方法を思いつかない。



「ならどうすればいい?」


「自分は絶対王政を取り戻すべきだと考えています。有象無象の中から上澄みをすくうよりも、最初から統治者となるべくして生まれた人物こそが国民の上に立つべきなのです」


「言いたいことはわかった。それで、どうするつもりだ?」


「武力によって取り戻します」



 はっきりと宣言されても、驚く気持ちにはならない。

 セオドアの口調から薄々ではあるが、こういう話がしたいのだとは察しがついていた。



「それは間違いだろう」


「いいえ。平和と民主主義をうたう革命軍も、結局は武力によって城を抑え、強引に王政を打倒しました。そのような連中を力でやり込めることに問題はありません」


「それじゃあ力による闘争が続く。どこかで断ち切るべきだ」


「であれば、自分たちではなく連中こそが我慢するべきだったのです」



 自分の言葉がセオドアに届いていないのではないかと、ノーマンは感じた。


 前から実直な男だとは感じていたが、今はその真っ直ぐさが良くない方向に進んでいるように思える。



「我々が城と国を取り戻します。そのとき国を統治するのはノーマン殿下、あなたこそがふさわしい」


「バカなことを言うな」



 ノーマンの反応はセオドアも予想していたようで、間髪入れずに説得を始めた。



「たしかに前王によって国は荒みました。多くの人民が苦しんだ。しかしそれは王の人柄が問題だったのであって、絶対王政そのものが悪いわけではありません」


「ぼくの能力に問題がないとどうして言い切れる」


「問題のある人間はそのような懸念をしません。その不安を口になさっている時点で、あなたは人の心のわかる王になれると、自分などは考えます」


「詭弁だ」


「絶対王政における理想は人民の心がわかる王です。王が民を想い、民が王を敬う。互いに対する奉仕と善意があれば国家は理想的な形になります」



 セオドアの口調はあくまで真剣なものだった。


 目つきは鋭く、かつて模擬戦を共にしたときと同じ顔つきをしている。


 もう一度言わせてください、と前置きセオドアはきっぱりと言い切った。



「殿下こそが王になるべきなのです」

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