4-2
その後、ノーマンが少女たちに提案したのは小規模なレクリエーションをおこなうということだった。
屋敷で暮らす人間は全員参加。
それぞれが得意なことやなんらかの成果を発表する。
最優秀と認められたものには金一封を授与する。
もちろん出どころはオベロンだ。
ノーマンが後援者であるオベロンに根回しをしておいたため開催自体に問題はなく、また少女たちの反応もそれほど悪くはなかった。
彼女たちの不満の解消法としてノーマンが考えたのは、そのストレスを別の方法で発散させるというものだ。
争うのならば口論ではなく、相応の場で健全におこなえば問題はない。
そうしてレクリエーション当日。
会場となった屋敷の大広間で、少女たちは順番に成果を発表していく。
ウルリは無邪気に絵を披露し、デモナは聞いたこともない言語で異星の歌をうたい、セティは無言で流暢な踊りを見せた。
後援者であるオベロンも当然参加しており、国中から集めたという珍しいものを次々と紹介していた。
もちろん彼女の自室から会場までそれらを運んだのは、侍女であるアリエルだ。
人形のロザリンドは専用の審査員席でそれらの出し物を見守り、その膝の上にはマブが丸くなって座っている。
まるで普段とは違う屋敷の様子を見守っているかのようだった。
以前ケンカをしていた三人も、当然参加している。
クレシダは大食いの芸と称していつも以上によく食べてみせたし、チタニアは料理という特技でその食べる料理を作ってみせた。
さらにそうしてできた汚れた食器を、素早く洗うという方法でシラクスも参加している。
それは一種の勝負であり、どの工程が最初に音を上げるのかで競っているようでもあった。
備蓄していた材料切れによって決着はつかなかったが、ノーマンの狙い通りある程度はお互いに対する不満を発散できたようだ。
もちろん今すぐ仲良くやれるということはないだろうが、以前のような口論に発展することは減るはずだ。
どの出し物も大いに盛り上がり、日が高いうちから宴会のような騒ぎになっていた。
そしてようやくノーマンの出番がやってきたのは夕方になってからだった。
「まぁこれだよな……」
手に持った木剣を何度か握り直し、ひとりごちる。周囲には彼を取り囲むように同居する少女たちが見守っていた。
オベロンがこのレクリエーションに出資するにあたって、条件として提示したのはノーマンの剣技を見たい、というものだった。
たしかにノーマンがこの場でもっとも優れている技能といえば、剣の扱いということになる。
しかしノーマンはどうにも気乗りしない。
木剣とはいえ、人前で武器を振り回して力を誇示するようなやり方は好きではなかった。
剣術の鍛錬を人目につかないようにしているのもそのためだ。
もっとも、その条件を飲まねば開催できなかったのだから仕方がない。
これまでは一人で黙々と練習してきたことを大勢の前で披露する気恥ずかしさはあったが、ノーマンは一通り舞ってみせることにした。
踏み込んでは薙ぎ、軽やかに地面を踏み切る。
空気を架空の相手とし、軽い身のこなしで攻撃を加え、時には相手からの反撃を避けるように跳んだ。
想像する相手は騎士のセオドアだ。
城にいる間、ノーマンの相手をつとめていたのは彼だった。
だからノーマンにはセオドアの太刀筋しか想像ができない。
どれくらいそうしていただろうか。
それほど長くやっていた自覚はない。
汗ばみ、息が切れ、少女たちの視線が気にならなくなるまで動いた後、ノーマンは剣を振るう手を止めた。
そうして鞘に収めて、なんとなく一礼する。
するとにわかに拍手が聞こえた。
少女たちの反応は感心したというよりかは、どちらかというと面白い見世物を見たときのような反応だったが一応は成功したのだろう。
多少でも自分に対する印象が良いものに変わっていればいいな、とノーマンは思った。
心地よい疲労感と共に舞台から降りる。
「こちらから見たいとお願いしておいてなんですが、あれほど剣が扱えるとは知りませんでした」
オベロンが手にしたタオルを差し出すと共にそんな言葉を投げかけてくる。
「それもやはりお城にいる間に?」
「はい。馬術と剣術は一通り。城ではセオドアという騎士がいて、彼が丁寧に教えてくれました」
セオドアは城づとめの騎士としては珍しく平民の出身だった。
そのため城に多くいた貴族の次男や三男である騎士よりも剣術や馬術の教え方が独特で、形式ばっていなかった。
当人は王族に対して深い敬意を抱いているようで、ノーマンと接するときはいつもかしこまっていたが、そういう不器用なところも好感がもてた。
「その人とはよく話されたんですか?」
「そうですね。城の中ではアリエルの次くらいにはよく顔を合わせたかもしれません」
「やっぱり一番はアリエルですか」
「えぇ、まぁ。今と同じく、ほとんどの世話をしてくれましたし」
アリエルと初めて顔を合わせたのはノーマンが城に連れてこられて一年が経った頃だった。
それまで世話をしてくれていた侍女の仕事をサポートするような形でアリエルは現れ、やがてアリエル一人でノーマンの世話は一通りやってくれるようになった。
例外は入浴くらいのもので、食事も着替えも常にそばにいてくれた。
それでいて今と同じように存在感を消しているため、窮屈に感じた記憶はない。
そういえば、とノーマンは考える。
アリエルはオベロンの実家であるシドゥス家から送り込まれていた。
その上、オベロンとも親しげである。
言葉にするのは少々恥ずかしいが、ここはきちんとアリエルを褒めておいたほうがいいだろう。
「今も昔もずっとお世話になっていますよ」
「そうですか」
想像していたよりも、オベロンの反応は淡白だ。
笑顔に陰りこそないが、目の奥が笑っていないように感じられた。
「ノーマン様」
話をしていると背後にアリエルが現れた。
「お飲みものです」
「助かる」
「それともう一つ。余計なことかもしれませんが、もう少し人の心の機微というものを感じ取られるべきかと」
「なんだ、突然。言われるまでもなく十分にやっているつもりだぞ」
「そう言い切ってしまわれる時点で問題がありますね」
「アリエル」
ノーマンが水を飲んでいる間に、オベロンがアリエルを呼びつけた。
「後宮にいた女性たちは武術を習ってはいないの?」
「多少の心得はあると思われます。無手による護身術と、槍術を少々嗜まれているとお聞きしました」
「それは面白そうね。ぜひ見たいわ」
「わかりました。腕自慢の方々にお声がけしてみます」
「ああ、それと」
そこでオベロンはノーマンに意味ありげな視線を向けた。
「女性のお相手はノーマンさんにお願いできませんか?」
「自分がですか?」
「ええ。あなたの剣技をもっと見せていただきたいのです」
「それはまぁ……構いませんが」
「では、アリエル。そのように手配して」
「かしこまりました」
一度お辞儀をしたアリエルが姿を消すと、あっという間に対戦カードが組まれた。
知らぬ間にレクリエーションの締めくくりとなってしまっている。
「模擬戦なんて面白いこと考えるのね、お嬢様って」
「腕自慢はチタニアなのか」
「そうよ。あたし、後宮で習ったことの中だと槍術が一番好きだったわ。ストレス発散にもってこいなのよ」
先を布で覆った棒をくるりくるりと回しながらチタニアが得意げに微笑む。
「意外かしら」
「いや、なんとなく想像はできる」
ノーマンも木剣を構える。
一人での訓練のほうが気楽だが、誰かと模擬戦をするというのも心が躍る。
槍と剣の対決では槍のほうが圧倒的に有利だと、以前の訓練でセオドアが言っていたことを思い出す。
第一にリーチが違う。
剣は至近距離まで近づき、振るという動作がなければ致命傷は与えられない。
対する槍は突くことも薙ぐこともできる。剣からの反撃を受けることのない距離から一方的に攻撃することができるというだけで有利だ。
もちろん状況に寄るところもある。
槍の取り回しがしづらい狭い場所では剣のほうが有利になることも考えられるだろう。
だが騎士の基本装備は槍と盾だ。
戦のときも槍を使うことが多い。
剣を使うのは御前試合か、もしくは身内を処罰するためのものだとセオドアに聞いたことがある。
なのでノーマンがセオドアに習った剣技も実践的なものではなく、自衛手段の一つとしてのものだ。
鞘のついている剣は槍に比べると携帯性に優れている。
護身用としては槍よりも剣のほうが重用される理由の一つだ。
胸のうちでそんな理屈をいくらか並べたあと、ノーマンは状況を分析する。
大広間という環境では槍のほうが有利だ。
取り回しができないほどここは狭くない。
思いきり振り回すことができるだろう。
チタニアが相手だということを考慮に入れると、腕力では勝っているはずだ。
技量はわからない。
「遠慮なくボコボコにさせてもらうわよ!」
踏み込んでくるチタニアに合わせて、槍先を剣でいなす。
突きは想像以上に鋭く、腕自慢という言葉が伊達ではないことが伝わってきた。
ノーマンは勝ち筋を計算し、相手の二撃目に合わせてわざと剣を手放した。
木剣があっけなく宙を舞う。
「勝った!」
「それはどうかな」
ノーマンは空いた両手で槍を掴む。
チタニアが勝利を確信し、油断していたからできた芸当だ。
ここからは単純な力比べになる。
それならばノーマンが負ける道理はない。
また突きを繰り出したあとの伸び切った腕では勝負になるはずもなかった。
「うわ、わわっ!」
力負けしたチタニアの手から槍が離れ、反動で彼女は尻もちをついてしまう。
その隙を逃さずノーマンは奪った槍をくるりと回し、先端を座り込んだチタニアに突きつけた。
「今回はぼくの勝ちだ」
「それはどうかしら」
意趣返しの言葉と共に、チタニアが不敵に微笑んだ。
「すきあり!」
「いたっ!」
かすかな声に続いて、ノーマンは後頭部に衝撃を受けた。
そのままチタニアの上に倒れてしまうと、背中に小柄な人影が飛び乗ってくる。
「ウルリの勝ち?」
ノーマンに飛び乗ったウルリは両手で持った木製の槍を嬉しそうにかかげてみせる。
「背後からとは卑怯な……」
「ふっふっふ」
ノーマンがかろうじて地面についた腕の下で、チタニアが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「あたしは一度も一対一とは言ってないわよ」
「ウルリの奇襲をぼくが察知できてたらどうなってたんだ?」
「そのときは他の子が出てくるだけよ。最終的には袋叩きだわ」
どうやら最初からノーマンに勝ち目はなかったらしい。
「それはずるいな」
「なんと言われようと、あたしたちの勝ちよ。あーっはっは!」
「はっはっはー」
ノーマンの目の前で背中に乗ったウルリと、仰向けに転んだチタニアがハイタッチを交わす。
今回得るべき教訓は、不意打ちに気をつけろということだろうか。
それともいつの間にかオベロンの機嫌を損ねてしまったことがまずかったのか。
ノーマンはがっくりと肩を落とすと、そのままチタニアの上に倒れ込むことにした。
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