3-4

 翌朝のノーマンは馬車に揺られていた。

 城を抜け出すときに着ていた外套を身につけることで一応顔を隠している。


 王都を離れる乗り合い馬車には他にも見知らぬ乗客が何人か乗っていた。

 唯一、ノーマンと面識があるのは隣に座っている少女だけだ。



「今から緊張してきました」



 コーディリアは相変わらず生真面目な口調でつぶやく。

 馬車に揺られている間も背筋はピンと伸びている。


 チタニアに催促されたノーマンは屋敷で暮らす少女たちに声をかけていった。

 つまり自分が手伝うので、就職活動をそろそろ始めてみないかと。


 すでに断られたチタニアだけでなく、幼いウルリや、猫のマブ、そして人形であるロザリンドを除いた五人に声をかけ、唯一真面目な口調で了承してくれたのがコーディリアだけだった。


 あとは面倒だからパスだとか、頼りないし嫌だとか、ただ黙って首を横に振られるとか、散々な断られ方をした。


 いずれは全員出ていくつもりなのだろうが、今はまだやる気になってくれる人は少ないらしい。

 衣食住は整っているし、焦るつもりはないのだろう。


 乗り合い馬車にいる他の乗客は他人に興味はなく、それぞれ勝手に話をしている。

 ノーマンも車輪の音にまぎれて、コーディリアに小声で話しかけた。



「コーディリアは後宮へ来る前はどこでなにをしていたんだ?」



 深い意図はない質問だったが、コーディリアは緊張した口調で答える。



「はい、とある貴族の屋敷につとめていました」


「それがどうして後宮に?」


「お嬢様が後宮へ召し上げられたとき、一緒に登城いたしました。他の侍女と一緒にお世話をつとめるためです」


「だったら革命後は元の家には戻れなかったのか?」


「自分を雇ってくださっていた貴族は、その、革命側ではなかったので、今は大きく力を落とされてしまったそうです」


「なるほど、そういうことか」



 貴族の中には王家におもねっていたほうが多いだろう。

 そういった人々の中には革命後、以前のような力をもたない家があってもおかしくはない。


 余裕のなくなった家では、以前のように大勢の使用人を雇うことはできないだろう。


 後宮に残っていた少女たちにも様々な事情があるようだ。

 なんとなく察してはいても、こうして話を聞くのは初めてのことだった。



「なんにせよ、これ以上長居してご迷惑をおかけするわけにはいきません。できることなら素早く行き先を決めたいと思っています」


「そういう心がけはいいことだと思う。それでコーディリアはどんなところで働きたいんだ?」


「と、おっしゃいますと?」



 きょとんとした顔をされると、むしろノーマンのほうが面をくらってしまう。



「そこまで変な質問じゃないだろう。これからお前の働く場所を探すんだから、どういうところがいいのかは確認しておきたいというだけだ」



 たとえば庭師に対して調理場の仕事を探してくるようなことをするわけにはいかない。

 コーディリアは掃除が得意だということを知っているが、それだって酒場と宿屋では掃除する場所も頻度も変わってくるだろう。



「希望は特にありません。ノーマン様が良いと判断した場所であれば、どこでも、なんでもいたします」



 これは信頼なのだろうか、とノーマンは首をひねる。

 それとも別の意味を持つ言葉なのか、結局判断がつかない。



「心配いらない。交渉術は座学で学んだ。必ず役に立ってみせるよ」



 緊張から固くなっているコーディリアに、ノーマンはそう断言してみせた。



***



「うーん、うちにはもうそれなりに女の子はいるからねぇ」


「そこをなんとか。うちの子は気立てよしの器量よしですよ」


「悪いけど、もう新しい子が入っちゃったから」



 そんなやりとりを何軒が続けたあと、ノーマンは両手で顔を覆った。



「またダメだった。なにがいけないんだろう」


「差し出がましいようですが、ノーマン様は無表情でしゃべるから顔が怖いのではないでしょうか。なんだか遊郭に少女を売っている悪い男性みたいに見えてしまいます」


「世間的にはあんまり変わらないだろう」



 なにせ今のノーマンは王都を離れた町で少女たちの売り込みをしているのだ。

 薄汚れた外套を羽織っていることもあって、怪しさは増している。



「普通に就職先を探しているだけですよ。さっきも宿屋の従業員にどうかと交渉していただけですし」


「ここであっさりと就職が決まると良かったんだが」



 やはり近道は存在しないらしい。


 ノーマンがコーディリアと共に散策しているのは山間にある小さな町だった。

 ここはいわゆる宿場町として栄えているようで、到るところに宿屋や食事処が店を構えている。


 この町でなら働き先が簡単に見つかると期待していたのだが、どうもアテが外れたらしい。


 ノーマンが自信をもっていた交渉術も今のところ役に立っていない。


 次第に日も暮れ始めている。町にあるすべての店を回りきることはできていないが、あまり長居をすると屋敷に帰り着くのが深夜になってしまいそうだ。



「また明日にするか」



 傾いた夕日を目にしながらコーディリアに話しかけるも、返事がない。

 不思議に思って姿を探してみると、彼女は広場の前に立ち止まったままになっている。


 ノーマンは数歩戻ってコーディリアの視線を追う。


 町の中心広場のほうからは賑やかな人だかりと楽しげな音楽が聞こえていた。

 どうもそれが気になるらしい。



「なんの騒ぎだ?」


「多分、旅芸人ではないでしょうか。以前、何度か見たことがあります」


「ああ、催しものときに招くと芸を披露してくれるというやつか」


「そうですね。お城に呼ばれて披露することもあったでしょうが、基本的には国中を回っている人たちです」


「気になるのか?」


「い、いえ、別に……」



 コーディリアは大げさな身振りと共に目を伏せた。

 若干動揺しているように見える。



「時間はまだある。見てから帰ろう」


「そんな、お気遣いいただかなくても」


「ぼくが見たいだけだよ」



 外套についたローブを指で跳ね上げる。

 王都から離れたこの町でなら顔を隠さなくとも素性がバレることはないだろう。


 芸を披露している人数は五人ほど。

 楽器を演奏している者と、歌をうたう者、そしてその音楽にのせて踊りを披露している者がいる。


 踊りの最中には紙を器用に折りたたんで様々な形を作って見せていた。

 紙を折ることによって動物の形が作られるたびに、歓声が上がる。


 音楽にも歌にも、人の足を引き止める力がある。

 そして踊りには引きつけた目を離さない魅力があった。


 ついついノーマンもコーディリアも見入ってしまい、屋敷に帰ったのは予定よりもずいぶん後になってからだった。

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