2-4

 再びアリエルに案内されるまま屋敷を移動する。

 台所も食堂も一階にあるがその距離はそれなりに離れている。



「今さらだが、台所と食堂は近いほうが運ぶ手間が軽減されるんじゃないだろうか?」


「いいところに気がつきますね、ノーマン様。たしかに調理する場所を食事を取る場所が離れているとせっかくの料理が冷めてしまいます」


「なのにどうしてこんなに遠いんだ?」


「それは建物の規模の問題ですね。大勢の人が一度に食事をとる場合、調理する場所もそれなりに大きくなければ困ります。なので間取りの関係で、距離が離れてしまいます」


「一般的な家ではそれほど離れていないということか」


「はい。しかし、お城のほうがもっと遠く離れていましたよ」


「お互いに嫌な場所で暮らしていたことだ」



 そんな雑談をしているうちに食堂へたどり着く。


 そこでは三人の女性が掃除に励んでいた。


 一人はオベロンだ。

 貴族のご令嬢で、この屋敷の本来の持ち主でもある。

 彼女が窓を拭いている姿にはおよそ現実感がなく、思わずノーマンも言葉を失ってしまった。



「あら、ノーマンさん。おはようございます」


「なにをなさっているのですか?」


「お掃除です。初めてやってみたのですが、これはこれで面白いものですね」



 それは見ればわかる、という言葉を飲み込み、あらためて質問をする。



「なぜそのようなことを?」


「私もここでみなさんと共同生活を送る以上、特別扱いはしてほしくありません。必要とあらば料理でも掃除でも、なんでもするつもりです」



 おっとりとオベロンが微笑む。

 ノーマンは本人と話すことを諦め、自分の隣にいる侍女へと顔を向けた。



「アリエル、侍女として主にこんなことをさせていいのか?」


「それがお嬢様のご要望とあらば、私が邪魔をするわけにはいきません」



 貴族の令嬢が掃除など、聞いたこともない。

 もちろんノーマンを秘密裏にかくまっている時点で変わり者だとは思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。



「ノーマンさんはここになにを? 朝食の時間にはまだ早いですが、もしかして私に会いに来てくださったのですか?」


「いえ、散歩のようなものです」



 厳密には昨夜の襲撃犯を探しているのだが、わざわざ言いふらす理由はない。


 令嬢であるオベロンの相手をしつつも室内を見回す。

 軽く二十人は同時に食事ができそうな部屋は、オベロンの他に二人の少女が掃除に励んでいた。


 しかしその態度はどうやら対照的だ。



「もうちょっと丁寧にやってください。あー、そこは慎重に! 割れてしまったらどうするんですか」



 壁にかけられた絵画を布で拭いながら、髪の短い少女が几帳面な声をあげる。


 注意されているほうの少女は壺の手入れをしながらも、どこかけだるげだ。

 声も間延びしている。



「大丈夫、大丈夫。こんな壺、仲間で確認する物好きなんていないんだから外側だけ適当に拭いておけばいいんだってばー」


「シラクスさんはさっきもそんなこと言って、テーブルの下を掃除してくれなかったじゃないですか」


「心配いらないって。あんなところをわざわざ覗き込んでまで文句を言うやつがいたら、その人の性格が悪いの。額縁の裏まで拭く、コーディちゃんが気にしすぎなの」


「誰も見ていなくても、神様は見ています。勤勉に、丁寧に働くのはそれだけで尊いことなんですよ」


「相手が神様ならなおさら細かいところなんて気にしないって。それに毎日そんなに張り詰めてたら疲れちゃうよ。適度にダラダラしないとねー」


「だからってシラクスさんは力を抜きすぎです」



 二人の少女はやりとりをしながらも、それぞれに掃除は続けている。

 ノーマンがアリエルに視線を向けると心得たように彼女は説明をしてくれた。



「あの几帳面に額縁を拭いているのはコーディリアです。仕事は丁寧で、屋敷の共用部が綺麗に保たれているのは彼女のおかげと言ってもいいでしょう」


「たしかにそんな感じがする」


「もう一方、肩の力を抜いて掃除に励んでいるのはシラクスです。おおらかな性格で、細かいことはあまり気にしません。それだけに仕事が片付くペースは早いです」


「細部にこだわらなければ仕上がりは早くなるのはわかる。しかし、あまり相性が良さそうには見えないな」


「好対照だからこそ仲良くできる、ということもあります。あのやりとりも親しさの現れでしょう」


「そういうものなのか」


「ノーマン様には気心の知れた相手がいないので、理解できずとも仕方のないことですよ」


「それは慰めなのか、それともバカにしているのか、はっきりさせてくれ」


「仲いいんですね」



 オベロンに笑われてしまった。

 ノーマンはバツが悪くなって黙る。


 そうだ、当初の目的に戻ろう。

 次はあのコーディリアとシラクスから聞き取りをおこなう必要があるだろう。



「ちょっといいかな」


「は、はいっ!」


「えー?」



 ノーマンが歩み寄りながら声をかけると、両者はやはり正反対の反応を見せる。



「な、なんでしょうか!」



 コーディリアはがちがちに緊張して、直立不動の姿勢になっている。



「今忙しいんだけどなー」



 一方のシラクスは壁によりかかりながら、あくびまでする。

 ちょうどよい反応というものはないのか、とノーマンは頭痛がする思いだった。



「二人とも、昨日の夜はなにか変わったことはなかったか、教えてもらえないか」


「昨晩ですか? いえ、自分は特になにも気づいたことはありません。シラクスさんはどうでした?」


「さぁ? あたしも寝てただけだし、変わったことって言われてもねぇ」


「二人は同室なのか?」


「はい。どちらかが起きればわかると思います」


「でも起きなかったわよ? コーディちゃんがむにゃむにゃ寝言を言うのはいつものことだし」


「シラクスさんのいびきもです」



 どうやらここにいる二人も容疑者からは外してよさそうだ。

 そして廊下から物音を聞いた様子でもない。


 いよいよ襲撃犯がわからなくなってきた。



「どうもありがとう。邪魔をした」



 そう挨拶して、ノーマンは食堂を後にする。


 廊下に出てすぐ、アリエルが言った。



「いかがでしたか。個性的な魅力のある方々だったでしょう?」


「それは否定しないが、なんだか目的が変わってきていないだろうか」



 あくまで襲撃犯を特定することが目的なのであって、屋敷で暮らす少女たちを紹介してもらっているのは手段だ。

 彼女たちについて知ることが目的ではない。



「それで次はどこに行けばいい?」


「気分を変えて、一度外へ出かけましょう。洗濯をしている少女たちをご紹介します」

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