2-2

 その夜。

 眠っていたはずのノーマンは息苦しさに目を覚ます。


 しかし目を開けたはずなのに視界は暗く、息苦しさも消えない。

 身体の上になにかがのしかかってきているかのようだ。

 身動きが取れない。


 誰かに首を絞められている。


 濁った思考がやっとのことで結論を出すが、助けを求める声も出ない。

 身体が動かせないため、抵抗もできない。


 なんとか相手の顔を見ようと必死で目を見開く。


 そのときかすかに花のような甘い香りがした。


 次の瞬間、突然身体にかかる重みが消える。

 それと同時に空気を吸い込めるようになり、ノーマンは咳き込んだ。



「どうかされましたか、ノーマン様」



 廊下からアリエルの声が聞こえる。

 ノーマンはなんとか呼吸を繰り返しながら、起き上がった。



「アリエル」


「はい、こちらに」



 扉を押してアリエルが室内に入ってくる。


 夜中であっても眠そうな姿は見せない。

 いつ寝ているのか不思議になるが、それよりも今は気になることがあった。



「今、ぼくの部屋から誰か出て行かなかったか?」


「いえ、見ていません。どうかなさったのですか?」


「誰かに襲われた」


「それはどのような意味でしょうか?」


「首を絞められたんだ」


「ずいぶん過激な行為ですね」


「のんびりしている場合か。殺されかけたということになるんだぞ」


「しかし、屋敷に侵入者はおりません。それでもノーマン様が襲われたというのであれば容疑者はここで暮らす女性のどなたかということになります」


「だからそう言っている」


「女性たちにノーマン様の命を狙う理由があるのですか?」


「それは知らん。しかし可能性はある。人に好かれないのは得意だ」


「悲しい特技です」



 考えてみれば、ノーマンは一緒に暮らす女性たちについて知っていることはほとんどない。

 せいぜい知っているのはかつて後宮にいた、ということくらいだ。

 名前も出自も知らない。


 であれば、その中にはノーマンの命を狙う人物がいても気づきようがなかった。

 これは問題だ。



「女性たちの中から犯人を見つける。アリエル、手配してくれ」


「一人ずつ聞き取りをするということでよろしいですか?」


「そうだ。話を聞けばすぐにわかるだろう」


「では早速手配します」


「いや、明日でいい」



 ノーマンは自分の喉元を手のひらでさする。

 まだ暗殺未遂の余韻が響いており、心臓も落ち着きなく暴れていた。

 この状態でまともに相手を観察する余裕はない。



「時間をずらしたほうが向こうも油断するだろう。日中にそれとなく探りを入れる。お前も手伝え」


「わかりました」



 アリエルは首から提げた時計を服の内側から取り出して確認する。

 時刻は間違いなく深夜を指し示しているはずだ。

 それから時計を丁寧に胸元に戻すと、綺麗に一礼をした。



「では、私は見回りに戻ります」


「アリエル」



 とっさに部屋を出ていこうとするアリエルを呼び止める。



「しばらくはここにいろ」



 ノーマンの言葉に、アリエルはふっと表情をゆるめた。



「そうですか。ではお言葉に甘えて」


「同衾しろとまでは言っていない」


「ああ、そうでしたね」



 もぞもぞとベッドにもぐりこんでこようとするアリエルの動きが止まる。

 代わりにベッドのふちに腰掛けた。



「これでよろしいでしょうか?」


「ああ。いい距離だ」



 身体を起こしていたノーマンは再び寝転ぶ。

 アリエルはそんなノーマンを見下ろしながら楽しげに言った。



「ここは一つ子守唄でも」


「必要ない」


「では寝物語はいかがですか?」


「いい。ただそこで静かにしていてくれ」


「わかりました。ではおやすみなさい」



 白い手袋に覆われた指先がノーマンの額に触れる。

 布越しでも冷たいアリエルの手はノーマンの体温を冷ましてくれるかのようだった。

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