1-3
巨大な室内には女性がいる。
それも一人ではなく、複数人だ。
ひと目では何人いるのか把握できないが、五人よりも多く、十人よりかは少ないくらいだろうか。
年齢も目の色も背格好もバラバラだが、みな年若い少女ばかりだ。
そんな彼女たちの視線が入り口に立つノーマンとアリエルに集中した。
「こちらはノーマン様の正室、および側室候補の方々です」
「ちょっと待て」
アリエルが容赦なく投げつけてくる言葉にノーマンは反論する。
「側室なんてぼくは知らないぞ。第一、王子に後宮を持つ資格はない」
「ええ、厳密には次期王のために少女たちが用意されていたのです。とはいえ、ノーマン様以外の王位継承者は元からいなかったので、実質あなたのための準備と言っても差し支えないでしょう」
「だとしても革命によって絶対王政は終わった。ぼくはもう王子じゃないし、この国に後宮を持つ人間はいない」
「はい。ですので当然この後宮は解散になります」
「なら、なぜぼくをここに連れてきた」
「一度くらいは彼女たちと話をしておくべきかと思いまして、この場にお連れいたしました。革命が起こらなければあなたは王位を継ぎ、彼女たちの誰かと、あるいは全員と、お世継ぎを作ることになっていたのですから」
「せっかくの気遣いだが無用だ。ありえたはずの未来やすでに終わった過去に思いを馳せるほどぼくは年老いてはいない。そもそもぼくが生きていることを知っている人間は少ないほうがいいはずだろう」
「その点は問題ありません。彼女たちはすでにご存知ですので」
「なんだと?」
ノーマンとアリエルが話している間にも、少女たちは入り口に詰めかけてきていた。
「王子!」
女性の中でも、気の強そうな一人が代表して声をあげる。
「革命に協力したって本当ですか? いえ、今も無事ってことは本当なんですよね!」
「あ、いや……」
女性にこれほど強い口調で詰め寄られるのは初めてのことだったため答えに窮する。
ノーマンは逃げ場を求めて、隣にいるアリエルをにらんだ。
「なぜ彼女たちはぼくの事情を知っているんだ」
「僭越ながら私がご説明いたしました。ノーマン様が革命に協力したこと、そしてこの後は平民として生きていかれる予定であること、などなど」
「そんな重要なことをよくもペラペラと!」
「女性たちの中には革命の中で貴方様の身を案じる方もいらっしゃいまして、私はその姿にひどく心を痛めてしまいました。それでつい」
「気軽に吹聴してくれる」
「笑顔はあまりお上手ではないようですが、怒るときの表情はとてもお上手ですよ」
「茶化すな」
「王子!」
「うわっ……!」
先ほどの気が強そうな少女がノーマンの襟元を掴んで引き寄せる。
結果として至近距離からにらまれることとなった。
女性にこれほど手荒く扱われたことがなかったため、ノーマンは目を白黒させる。
「どうしてくれるんですか! 私たちこれから住むところも仕事もないんですよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
初対面の少女に揺さぶられながら、ノーマンは傍らにいるアリエルへ尋ねた。
「これがぼくの身を案じる人間の態度か? 最初の話題が責任問題とはどういうことだ」
「人が複数いれば、感情に幅はあって当たり前です。ノーマン様を心配する方もいれば、そうではない方もいる。この場にいる女性すべてに愛され、心配されているとお考えならば、それは恥ずかしい勘違いというやつですよ」
「言い方を考えろ」
「とはいえ、行くところがないのは事実です。ぜひ彼女の質問に答えてあげてください」
「そうは言うけど、ぼくにはまだなにがなにやら……あ、そうだ!」
胸ぐらを掴んだままの少女に、ノーマンは言う。
「実家に帰ればいいんじゃないのか?」
「帰れる実家がある子はもうとっくに出ていきました。ここにいるのは身寄りのない子ばかりです!」
ノーマンの思いつきは一蹴されてしまった。
「だったら、えーっと……そうだ、アリエル!」
「なんでしょうか」
「革命には一部貴族の支援があるんだったな」
「はい、そうですね。かくいう私も、とある高名な貴族から派遣された隠密です」
「その貴族の保護下に入るというのはどうだろう。経済的には余裕があるはずだ」
「名案です、ノーマン様。それがすでに実行されてしまっていることを除けば」
「どういう意味だ?」
「わかりませんか。お父上、つまり王の後宮があることはご存知だったはずでしょう」
「……ということは、つまり」
「お察しのとおりです。王の後宮にいらっしゃった女性たちに対して養子や縁談などの形で援助を行う準備が進んでいます。しかしその数は多く、とてもではありませんがこちらには手が回りません」
「じゃあどうするんだ?」
「ここにいる女性たちはそれをノーマン様にお尋ねしているんですよ。彼女たちの存在は秘匿されていたため、革命の計画に入っていませんでした。当然事後処理も予定に組み込まれていません」
「だったら革命側の手抜かりだろう」
「どれほど準備をしても不測の事態は発生するということでしょう。この場合は不足の事態でもありますが」
ここまで説明されると、ようやくノーマンにも事情が飲み込めてくる。
「それでぼくなのか」
なぜアリエルが自分をここへ連れてきたのか。
それは彼女たちのこれからについて、ノーマンに責任を取らせるためだったのだろう。
「本来ならば王が責任を取るべきことですが、すでに投獄された人間にできることはありません。そうなれば次点として、手が空いている方に話が回ってくるのが道理ということになります」
「というわけで」
それまで胸ぐらを掴んでいた少女がノーマンを突き飛ばす。
その勢いにたたらを踏んで後ろに下がると、室内にいる少女たちの姿が視界を埋め尽くした。
彼女たちの思いを代弁するように、ノーマンを突き飛ばした少女が言う。
「責任、取ってください」
ノーマンは頭痛がする思いだった。
たしかに革命には協力した。
それは事実だ。
言い訳をするつもりはない。
しかし自分のために少女たちが囲われていたとは知らなかった。
今でも信じがたい気持ちでいる。
これもまた事実だ。
自分には関係ない、と突っぱねることはできた。
それが難しくとも一度言うことくらいはできる。
だが、責任から逃げるようなことをしたくはなかった。
「わかった」
なぜなら自分は責任を果たすことのできる人間だと、ノーマンは信じていたからだ。
「たしかにこの状況でぼくだけが自由になるのは間違っている。知らなかったとはいえ、これだけの人数を無職にした責任の一端はぼくにもあるのだろう」
目をそらさず、ノーマンは女性たちを見回す。
自分をここに連れてきた侍女のアリエルを含め、年齢も身長も髪や目の色も異なる少女たちがノーマンを見つめ返していた。
「全員の再就職をぼくが世話しよう」
自信ありげに断言してみせたが、今後のことを思うと冷や汗は止まらなかった。
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