第一章 革命直後
1-1
ノーマンは城にいた。
都の中心にそびえ立つ巨大な王城だ。
都はこの城を基点として発展し、周囲を囲うように様々な施設や住居ができていった。
だが城よりも大きな建物も、高いところに作られた建物も今のところ存在しない。
ここで暮らすようになってどれくらいの時間が過ぎたのだろう。
それはとても長い時間だったように感じる。
「殿下」
年上の青年にそう呼ばれて、ノーマンは意識を現実に戻す。
夜の中庭には木剣を持ったノーマンと、正面に立つ青年騎士――セオドアしかいなかった。
「なにか気がかりなことがあるのですか?」
セオドアが木剣を鞘に収める。
城につとめる騎士の中でもまだ年若いセオドアに、ノーマンは親しみを感じていた。
「いや、少し呆けていただけだ。すまない、無理を言って稽古を頼んでいるのに無礼だったな」
「そんなことはございません。私としても、殿下との鍛錬は力になります」
「世辞でも嬉しいよ」
言葉とは裏腹にノーマンの表情は動かない。
声にもおよそ感情が滲んでおらず、どこか空虚な響きがあった。
ノーマンは王子だ。
だから巨大な城で暮らし、高級な衣服をまとい、尊大な振る舞いを許されている。
年齢が十五と若くとも、二十歳を過ぎたセオドアやそれより年かさの人々が彼の命令に従い、傅く。
城に勤める騎士に命じて自分に剣術を教えさせているのも、王子だからこそできる命令であった。
城での暮らしは窮屈だ。
その中でこうして自由に身体を動かすことのできる剣術の稽古をノーマンは気に入っている。
しかし今日はあまり身が入らない。
セオドアの指摘どおり、他に気になることがあるせいだろう。
ただし、そのことは誰にも打ち明けることができない。
「付き合わせて悪かった。今日はここまでにしておこう」
「わかりました。続きはまた殿下の体調が優れた日にしましょう」
「ぼくの腕は上達しているか?」
「もちろんです。これは世辞ではありません」
「しかしまだお前から一本も取れていない」
「自分も日々鍛錬をしております。殿下に負けてしまっては指南役を別の誰かに取られてしまいかねません」
「ぼくも自主訓練をもう少し頑張ったほうがいいかもしれないな」
ノーマンは木剣を腰に提げたまま、廊下へと向かって歩き出す。
その方向がいつもと違うことにセオドアは気づくだろう。
「お部屋に戻られないのですか?」
案の定、セオドアが心配そうな声を出す。
ノーマンとは対象的に、セオドアは感情が表に出やすい。
それが彼のいいところだとノーマンは思っていた。
「僕もたまには散歩くらいする」
「ではお供させてください。城内とはいえ、従者もつけずに一人で歩かれるのは危険です」
「今さらぼくの命を狙う人間は城内にはいないよ」
ノーマンは王子ではあるが、他の王子たちとは出自が異なる。
そのため昔は後ろ盾となる貴族がおらず、城内での立場はひどく危ういものだった。
だが今となってはノーマンに取り入ろうとする人間はいても、殺そうとする人間はいない。
そのことは周知の事実だ。
「セオドア、ご苦労だった。お前こそ今日はもう休め」
「わかりました。しかしくれぐれもお気をつけて」
納得していない表情だったが、セオドアはうやうやしく礼をして下がる。
ノーマンは夜空を見上げて深く息を吐く。
明日のことを想像するのは久しぶりだ。
これまでは毎日が同じことの繰り返しだったが、これからはもう違う。
これまでと同じ静かなその夜、この国で最初の革命が起こった。
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