アーユーオールライト

ヤギサンダヨ

Are You All Rignt?

 ゆらゆらと身体が揺られているような感じがして、目が覚めた。だが、真っ暗で何も見えない。どうやら長く眠っていたようだ。身体を起こそうとしたが、まだ自由がきかない。なんとなく、狭苦しい感じがして、わずかに腕を動かしてみるが、やはり手を伸ばすことはできない。ひんやりとした闇が、あたりを覆っているようだ。


 そういえば、確か私は急に気分が悪くなって席を立ち、キャビン後方のトイレに向かったのではなかったか。左右二カ所にトイレの扉が見えて、把手の上のインジケーターが、左右とも青い表示で「Vacant」となっているのを確認したように思う。その後、グシャッと何かが潰れるような感覚がして、その後真っ白で静かな所に浮いていた。しばらくして、「Are You All Rignt?」という叫びが何度か聞こえたような気がする。この時はすでに胸の悪さは収まっていて、白一色の意識の中で、自分が卒倒したのだということをかすかに悟った。やっちまったと思ったのはその直後で、不覚にも国際線の機内でやらかした自分の失態を恥じた。と、同時に、今回の旅行を共にしている友人にも、心配をかけることになるな、と淡い意識の中で申し訳なく思った。

 これが、エコノミークラス症候群というものなのだなと、改めてその危険性を認識した。日頃から不摂生であるため、血栓ができやすい状態であったのだろう。大手商社の支店長という立場で、健康に気を使う暇もなく仕事に明け暮れ、食事もコンビニ弁当や店屋物で済まし、週末は取引先の社員と共に飲み歩き、運動らしい運動もしてこなかった。そんな多忙な生活にあって、7連休も取れることになったこのゴールデンウィークは、私にとって久しぶりに羽を伸ばせるチャンスだったのだ。私と同期で入社した、今では本社の人事課長を務める友人と誘い合って、この貴重な休暇をボルネオ島で過ごす予定で、7時半羽田発の直行便に乗り込んだのだった。

 そんなことを思っているうちに、「Are You All Lignt?」という叫び声が、しだいに遠のいていった。尾てい骨あたりが若干痛むようだが、その痛みもスーッとひいて、私はまた静かな眠りについたのだろう、そんな所までは思い出すことができた。


 真っ暗闇の中、ようやく腕を伸ばして、私はあたりを探ってみたが、どこにいるのかまったく分からない。どうやら機内ではないらしいことは確かだが、ボルネオ空港の医務室にしては、ベッドが固い。しかも、私を覆っているのは、どうやら毛布ではない。モサモサとした無数の、何かよい香りのする・・・・花!

 ここは棺桶の中かっ!バカな。俺は死んだということか。いや、さっきから右手を動かして私はあたりを探っているではないか。菊の花の香りもちゃんと感じている。とっさに声をあげてみる。かすかに息がもれる音がしただけだが、確かに私は生きている。これはおそらく死んだと勘違いされて、このようなことになっているのだ。だとすると、一刻も早く自分が生きていることを外部に知らせなければ。棺桶がすでに釘付けされているとすると、先ほどの揺れは葬儀場から火葬場への移動ということになる。うかうかしてはいられない。

 と、その時、唸り声のような響きが、かすかに聞こえてきた。唸り声の合間に鐘の音。読経だ。やはり思った通り、私は死んだものと思われて今まさに火葬されようとしているのだ。もう一度大声をあげようと試みてみる。が、息が出るだけで声にならない。わずかに動く腕で冷たい板をたたいてみるが、力が入らないので誰も気づいてくれないようだ。耳をすますと明らかに僧侶の声が聞こえる。どうやらボルネオではなく、日本に運ばれたようだ。何度か葬式というものに参列したことがあるが、火葬場では釜に棺桶を入れる直前に、僧侶が一層声を高くして経を読む。そして親族に最後のお別れを促す。そんなことを思い出してゾッとした。このままでは、焼かれてしまう!「待て、俺は生きているっ、助けてくれっ」と叫んだつもりだが、やはり声にならない。そして、はっきりと聞こえた。

 「それではご親族の方は前へ出て、最後のお別れをお願いします。」(チーン)

 まずい、釜に放り込まれる、と思った次ぎの瞬間、ガッシャーンと衝撃があって身体が揺らいだ。続いて、釜の蓋を閉める音。私は全身の力を振り絞って、両腕を突き上げた。だが、びくともしない。もう一度勢いをつけて両腕を突き上げた。そして、ようやく叫び声が叫び声として、私の口から漏れた。

 「助けてくれーっ」


 その自分の声で目が覚めた。

 「何だ、夢か・・・」

 恐ろしい夢を見た。もうちょっとで殺されるところだった。こんなひどい夢を見るのも、過労のせいだろう。少しゆっくりしなければいけないな、などと思いつつ寝返りをうとうとしたが身体が言うことをきかない。わずかに動く腕で布団を引き上げたつもりが、手につかんだのは菊の花。かすかに僧侶の読経が聞こえてきた。


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