第38話◆熊おやじ現る
◆熊おやじ現る
どこまでも真っすぐな道と豊かな自然、そして途轍もなく美味しい農作物と海産物。 やっぱり北海道は最高だ!
東京は生活するには便利かもしれないけれど、人間はこういう素敵なところに住むべきだと心底思う。
だが・・ 悲しいことなかれ、今日はもう苫小牧港に向けての帰路につかなければならない。
帰りのルートは川湯温泉まで戻り、道道52号線で屈斜路湖をクルリと周り、国道243号線で美幌峠経由で美幌町に出る。
その後は、国道240→241号線で足寄まで行き、足寄ICから道東自動車、道央自動車道を走り苫小牧東ICで下りる。
高速だけで約3時間、一般道が約2時間半というところなので遅くてもここを9時には出発したい。
苫小牧発のフェリーは18:45発なので、途中途中で時間を確認しながら乗り遅れないようにする。
これを逃すと次は深夜1:30発で、大洗には当日の19:30着になってしまう。
そんなことになれば、キャンピングカーを友美さんの家に置かせてもらい自宅に帰ると、寝る間もなく出社しなければならなくなる。
***
俺がタープを収納したり、テーブルや椅子を片付けて帰り支度をしていると、ふと背後に何かが動く気配を感じる。
サキさんは、クルマの中で朝食を作っているので、サキさんでないのは確かだ。
まさか、ここには熊は出ないだろうと振り返ると・・・
「そーうーたーーー! ついに見つけたぞーーー!」
「きゃーーー もしかしてお義父さんーーー?」
俺がもしかしてを付けたのは、言うまでもなくクマの顔をした大男だったからだ。
だが、クマ男で俺の名前を叫ぶのは、この世で一人しかいない。 俺は瞬時に覚悟を決めた。
しかし、あの右前足・・ もとい、あの右腕で殴られたら顔面骨折ではすまないだろう。
これで、会社も欠勤だな・・
俺は、俺に向かって猛ダッシュしてくる本物のクマよりも怖いクマ男をただぼーっと見つめていた。
おそらく、あまりの恐怖で脳が考えるのをやめたのだろう。
だけどクマ男は俺の目の前まで来るとピタッと止まり、「おい! サキはどこだ! 無事なんだろうな!」としゃべった。
まあ、本物のクマでないからしゃべるのだけど、俺にはまるでクマがしゃべってるように見える。
「あのーー 怖いんでとりあえずこれを飲んでいただけますか」
俺は自分が飲もうと思って持っていた「南アル○ス天然水」の500mペットボトルをそっと差し出した。
「お父さん、なんで此処にいるの?」
外での騒ぎを聞きつけ、サキさんがキャンピングカーから出て来た。
「サキ! お前、怪我とかしてないか?」
「大丈夫よ。 電話で話したじゃないの。 それより、なんでクマになってるの?」
「ふんっ それはなっ! こいつをぶちのめすためだ!」
きゃーー やっぱりその気なんですね。
「バカなこと言ってないで、早くそれ飲んで! ちょうど朝ご飯が出来たところだから一緒に食べましょう」
お・・おう。
この時、俺にはサキさんがまるで鞭を持ったサーカスの猛獣遣いのように見えたのだった。
***
この日の朝食は、もちろん和食。
日高昆布と鰹節で出汁を取った味噌汁。 厚焼き玉子。 氷下魚
こまい
の丸干し。 本シシャモが並ぶ。
それを見たクマの顔・・ いやもう人間に戻ってました。 親父さんの顔がほころぶ。
「はい、お父さん」 サキさんが炊き立てのご飯を茶碗に大盛りにして渡す。
(スゲー 大盛り。 こんなの漫画でしか見たことがない)
「んっ? 何を見てるんだ。 お前も早く食べろ!」
「は、はい。 では、いただきます」
(なるほど・・ 動物を手懐けるには、やっぱり餌(食べ物)なんだな。 それにお腹がいっぱいなうちは、襲わないって言うし)
「お前、何をブツブツ言ってるんだ?「
ハッ 「もしかして声に出てました?」
「いいから食えよ。 サキがせっかく作ってくれたんだろ」
「はいぃ・・ い・・いただきます」
「ところでお前たち、式はいつ挙げるんだ?」
ブッ ゲホゲホ 親父さんのこの突然の発言に俺は思わず激しく咽てしまう。
「やだもうお父さんたら。 その話しは御飯の後でゆっくりしましょう」
「いや~ わしは早く孫の顔が見たいんだ。 なあ蒼汰君、しっかり頼んだぞ」
は・・ はぁ・・
俺はクマ親父の豹変に戸惑ってサキさんを見る。
するとサキさんがその視線に気づき、パチパチとできないウィンクをして来る。
後から聞いた話しでは、サキさんが電話でもう籍を入れたと言うと、それなら早く孫を作れとあっさり方向転換したのだそうだ。
まあ、その前にお義母さん(もうひとりの猛獣遣い)からも、こってり絞られてたみたいだけど。
これで俺は、サキさんのご両親に俺たちの結婚を認めてもらうという、一番気が重かった課題をあっさりクリアしたのだった。
第39話「売られたキャンピングカー」に続く。
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