第19話◆異世界住人の秘密(その2)
◆異世界住人の秘密(その2)
「蒼汰さん、どうぞこちらに」 サキさんのお母さんに案内されて、5階のサキさんの部屋に入る。
サキさんはベッドの上にちょこんと座っていたが、俺を見るなりすくっと立ち上がった。
「蒼汰さん、怪我は?」 そう俺を心配そうに見るサキさんの耳は、もうかわいらしいサキさんの耳に戻っていた。
「良かった。 元に戻ったんですね」
「おいっ! なにがよかったんだ! 娘は・・ 咲姫はあと少しで取り返しのつかないことになっていたんだぞ!」
そして、親父さんは拳を握りしめながら、こう続けた。
「君がいい奴だとは思う。 咲姫が君のことを友達として好きになるのも反対はしない。 でも大事な嫁入り前の娘を泊まりで連れ出すのはよくないことだ!
しかしそれよりも、君はあちらの世界の恐ろしさをまだ知らない。
こっちの世界の人間が、長い時間向こうの世界に滞在していると、だんだんと動物の姿になっていってしまうんだ。
しかも、それはとても幸福感を伴うもので、そのままずっと向こうの世界に居たくなってしまう。
そうしているうちにどんどん「けもの化」が進んで、ついには人の姿に戻れなくなってしまうんだ。
そうなった人たちが、あちらの世界の住人なんだよ!」
俺は、お父さんの話しを聞いて、体中に戦慄が走った。
やはりこっちの世界の人たちが帰らなかった結果、ああなったのか・・ うすうすは気づいていたが本当にそうだったんだ。
「でも、うちの親父は、ちょくちょくキャンプに行ってましたよ。 しかも、長い時は一週間以上もです」
でも、僕たちみたいに耳なんて生えたことは一度だってありませんでした。
「それは、こいつを飲んでいたからさ」 親父さんがそう言って見せてくれたのは、ペットボトルに入った水だった。
そのラベルには、「南ア〇プスの天然水」と書いてある。
「こいつをサキにも、さっき飲ませた」
「中身はただの水なんですか?」
「そうだよ。 しかも、けもの化を止められるのは、この銘柄の水だけだ」
「でも、どうして・・・」
「偶然に見つけたんだ。 君のお父さんとな」
「あれは羅臼にキャンプに行ったときだった。
楽しくて2泊の予定を1日延ばしたんだ。 そうしたら2日目の晩に自分は熊、君のお父さんには馬の耳が生えてきたんだ。
最初はお互いの耳を見て笑ってたんだが、次の日の朝には顔と手が動物のそれになっていた。
俺たちは覚悟を決めて、君のお父さんが持っていたこの水を最後にと思って飲んだんだ。
そうしたら、しばらくすると元の姿に戻ったのさ。
最初は半信半疑だったんだが何度か試した結果、この水だけが「けもの化」を止められるし、元の姿にも戻せることが分かったんだ」
「そうだったんですか。
知らなかったとは言え、僕がサキさんを危険な目に合わせてしまったことは、ほんとうに申し訳ございませんでした。
それにご両親の許可を得ずに、サキさんを泊まりのキャンプに連れて行ったことは、非常識だったと思っています」
「そうか・・だったら、もう咲姫とは合わないで欲しい」
「お父さん! 酷い! 蒼汰さんは何も悪くないし、蒼汰さんが一緒にいてくれなかったら、あたしは今ごろ猫になってったわ!」
サキさんが泣きながら親父さんの胸をポカスカ叩く。
そんなサキさんをきつく抱きしめながら親父さんは続けた。
「君も知っているだろうが、咲姫は一人娘だ。 娘には有望な社員から婿を選んで、この会社の跡取りにするつもりだ。
分かったなら、もう帰ってくれ!」
俺は、親父さんにこうまで言われて、もう黙って須藤家を去るしかなかったのだった。
第20話「一人キャンプ」に続く
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