第18話◆異世界住人の秘密(その1)

◆異世界住人の秘密(その1)


次の日の朝早く、俺とサキさんは急いでテントを撤収し、朝食も取らずに帰路についた。


「蒼汰さん、こんなことになって、ごめんなさいにゃ」  サキさんが助手席でしょんぼりする。


「いえ。 サキさんのせいではないですよワン。   くそっ、このワンってなんとかならないのかワン!」


プッ


サキさんが俺の犬言葉に思わず吹き出す。  まあ、しょんぼりされるよりは、いいけど。



キャンプ場を出るとき、いつものように濃い霧の中を通った。


俺の犬耳は霧の発生と同時にスゥーっと人間の耳に変わったが、サキさんの猫耳は元には戻らなかった。


「あ、あれっ?   蒼汰さん、あたし戻らない・・・  ど、どうしよう」


「大丈夫ですよ。 きっと元に戻るのに少し時間がかかってるだけですって。

それより、少し飛ばしますよ。」


俺は正直言うとこの時、サキさん以上に焦っていたと思う。


やっぱり、昨日のうちに強引にでもサキさんを連れて帰ればよかったんだ。  


出発するとき、お母さんにサキさんを預かりますって言って来たのに・・・  もし戻らなかったらなんて言ってお詫びしたらいいんだ!



高速を上田菅平インターで降りるころになっても、サキさんの猫耳は元に戻らなかった。


あと30分もしないうちに、サキさんの家に着く。


俺はもう親父さんに殺されてもしかたがないと覚悟を決めた。



しばらく走るとクルマは千曲川を渡った。  俺の気持ちとは裏腹に、真っ青に晴れ渡った空に浮かんだ白い雲が、川面に映っている。


こんなことにならなければ、昨日の夜にサキさんに告白しようと思っていたのに。



「蒼汰さん。 そこを曲がると近道ですにゃ」  サキさんが指をさした交差点を右折し、クルマは細い道に入った。


直ぐにその道の奥の方に5階建てのビルが見えて来る。



そして、サキさんの家の敷地に入るなり、親父さんがクルマ目掛けて突進してきた。  きっと娘の帰りを寝ないで待っていたのだろう。


クルマを止めて降りた途端、強烈なパンチを一発喰らう。  漫画ではないけどパンチを喰らった俺は、背面飛びのような見事な放物線を描きながら吹っ飛んだ。


地面に叩き付けられたと思ったとたん、親父さんに胸倉をつかまれる。


ぐっ  口の中に鉄の臭いが広がる。



「お父さん やめて!  蒼汰さんに酷いことをしないでにゃー!」


「にゃー?  だと・・   サ・・サキ  お前・・」



「こりゃあ、たいへんだ。  サキ、こっちに来るんだ」  サキさんの猫耳を見た親父さんは、たいそう慌てる。


「待って、蒼汰さん怪我してるにゃ」


「そんな奴はほっといていいから、こっちに来なさい!」  親父さんは強引にサキさんを家の中に連れて行く。



「蒼汰さん、ごめんなさいね。  うちの人は今でも現場監督をしてるから、力は熊なみなのよ」


サキさんのお母さんが、俺が絶対に殴られて怪我をするだろうと思っていたのだろう。  救急箱を手に持って立っていた。


「マジっすか?」 


「ええ、あの人、いままでに3回熊になっちゃたことがあるの」


「うへぇ  でも、お父さんのイメージはやはり熊ですよね」  俺は親父熊に妙に納得してしまった。


 

***


俺は、サキさんのお母さんに、俺からお父さんにきちんと謝罪させてくださいとお願いした。


するとお母さんは、俺の傷の手当をしてくれながら、分かってますよとにっこり笑った。


その笑った顔はサキさんに、とてもよく似ていた。



第19話「異世界住人の秘密(その2)」に続く

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