第15話◆サキさん猫になる(その1)
◆サキさん猫になる(その1)
佐久にあるオートキャンプ場についたのは、午後10時ちょっと過ぎだった。
キャンプ場にはクルマにトラブルがあったので、チェックインが遅くなると先に連絡を入れておいた。 ←あながち嘘ではない
そして案の定、キャンプ場に着く少し手前の道で、俺たちは濃い霧に遭遇したのだった。
そして、なぜか不思議だけど到着が遅れることは、異世界側のキャンプ場にもちゃんと引き継がれていて、正直二人して驚いた。
キャンプの計画を立てているときに、こちら側のキャンプ場はいつも空いているという認識でサキさんと一致したが、今日もやはりガラガラ状態だった。
これは、異世界に来ることができる人の数が、圧倒的に少ないことを物語っているのだと思う。
そしてもし、これが向こうの世界だったら、10時過ぎにテント設営地までライトを点けてクルマを乗り入れるなんて絶対に顰蹙(ひんしゅく)を買っただろう。
俺たちはクルマのヘッドライトの明かりを頼りに、直ぐにテント二つを設営した。 設営はサキさんが言ってたとおり、10分くらいでわりと簡単に出来た。
で、夕飯はサキさんのお母さんが作ってくれたおにぎりとお湯を沸かして作ったインスタント味噌汁で済ませる。
「なんだか慌ただしくなっちゃって、ごめんなさい」
「いや、別にサキさんが謝ることなんかないですよ。 それより、サキさんのお父さんもこっちの世界に来れるんでしたよね」
「ええ。 あたしも小さなころから父に連れられて、ちょくちょくこっちのキャンプ場に来てましたし」
「それならお父さんが駐車場からサキさんのクルマが無くなっていることに気づいたら、ここまで追っかけてきませんか?」
俺がよほど怯えた顔をしていたのか、サキさんが堪えきれずにクスクス笑いだす。
「蒼汰さん、大丈夫デスよ。 父はあたしたちがどこでキャンプするか知りませんもの」
「えっ そうなんですか?」
「はい♪ 実は母にも行先は言っていません」
「えーー それって、お母さんはよく怒りませんでしたね」
「えへへ 母はいつだってあたしの味方です。 それに母も蒼汰さんのこと気に入ってますし」
「ねっ♪」 サキさんが俺を見ながらウィンクしてくるが、うまくできずに両目が閉じてしまう。
「はぁ・・ それはとてもうれしいですけど」
(もしかして俺のほうが、サキさんにゲットされてるのかな?)
「蒼汰さんこれで安心できましたか?」 サキさんがそう言いながら、俺の顔を下から覗き込んで来る。
気が付けば、もう本当に目の前にサキさんの顔がある。
さくら色のやわらかそうな唇が妙になまめかしい。 スゥっと俺の顔がサキさんに近づいていく。
「あっ そうだ! 蒼汰さん今日一日お仕事でしたもの、疲れてますよね。
クルマの荷室にシェラフが積んであるので、あたし取ってきますね。 蒼汰さんは先にグリーンのテントで休んでいてください」
サキさんがクルマの方へ歩いて行ったところで、思わず我に返る。
あっぶねーー 危うく手順を間違えるところだった。
サキさんにきちんと告白して、それからあの親父さんにも認めてもらわなきゃダメだ!
その日、俺は眠れない長い夜を過ごすことになった。 ウトウトするとサキさんのあの時の顔が浮かんで来るのだ。
***
次の日の朝早く、テントから外に出て俺はびっくりした。
オレンジとグリーンの二つの小さなテントの向こうには、広大なキャンプ場が広がっていた。
隣のオレンジ色のテントの中では、サキさんが眠っている。 ちょっと寝顔を覗いて見てみたい気もするけど、変態かな俺・・・
コーヒーを飲みたいところだけれど、今回のキャンプ道具はサキさんが用意してくれたので、勝手にクルマから出すわけにも行かず、サキさんが起きてくるまで辺りを散歩をすることにした。
このキャンプ場は、林の中に広い芝生広場があり、テント用の区画などは特になくて、好きな場所へテントを設営できる。
昨日は暗い中でテントを設営したので、いま見ると俺たちは かなり変な場所にテントを設営している。
まあ、異世界のキャンプ場で人はほとんどいないから、場所を移す必要はないだろうけど。
15分ほどで周囲を一周してくるとサキさんは、お湯を沸かしていて、すぐにコーヒーを淹れてくれた。
「蒼汰さん、早起きなんですね」
まさか、サキさんのことが頭に浮かんで寝れませんでしたとは言えず、空気がうまくてそれに小鳥の声で目が覚めちゃいましたとかキモいことを言ってしまう。
サキさんは、すっぴんでも綺麗だ。 こういうとき、女性をどうやって褒めたらいいか俺には分からない。
サキさんの顔を見ながら、コーヒーをコクリと飲む。 まさに至福のひと時である。
こうして俺の楽しくて平和なキャンプ生活の2日目が始まったのだった。
第16話「サキさん猫になる(その2)」へ続く
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