第12話◆おとうさまにご挨拶
◆おとうさまにご挨拶
来週末にサキさんと2度目のキャンプに行くことになった。
決まっているのはそれだけで、行先とかその他の詳細については、後日打ち合わせということになっているのだ。
先日の鬼のようなメールのやり取りの後、メッセージソフトのIDを交換したけど、それでも打ち合わせは直接会ってしたいという彼女の熱意ある要望に負け、しかもスマホジャンケンでも負けて、俺が上田まで行くことになってしまった。
しかし、たかがキャンプの打ち合わせで、上田まで行くのか・・
でも、後から分かったことなんだけど、これはサキさんの周到に練られた陰謀だったのだ。
キャンプの打ち合わせなんだから、喫茶店とかファミレスなんかでも良かったんだけど、サキさんは絶対自分の家でしましょうと一方的に決めてしまった。
上田は遠い。 もしもサキさんが彼女になってくれたとしても遠距離恋愛を続けられるのか今の俺には自信がない。
***
当日、会社に無理を言って休暇を取った俺は、なんと北陸新幹線に乗っていた。
なぜかと言えば、軽ワゴンはちょうど12か月点検の日と重なっていたからだ。
先に点検日が決まっていたので、これは致し方ないことだった。
まあ、高速料金とガソリン代、往復運転の疲労も考えれば、電車もありだろう。
しかもさすが新幹線、上田にはクルマより1時間ほど早く着く。
よそ様のお宅にお邪魔するので、駅で手土産を買う。 ついでに遅めの朝食用の弁当も買った。
弁当を食べ、食後のコーヒーを飲んで上田の駅に降り立てば、どんよりとした曇り空が俺を出迎えてくれた。
広々とした駅前ロータリーなのだが、お店とかが全くない。
サキさんが駅まで迎えに来てくれると言うので、ひとりでポツンと立って待っていると目の前に大型ダンプが入って来た。
プシューーッ
ホイールパーキングブレーキのド派手な音がする。
駅前にダンプかよーー! しかも俺の目の前に止まりやがった。 これじゃサキさんが俺を見つけられないじゃないか。
しぶしぶ、少し離れたところに移動しようとすると・・
「蒼汰さん、おまたせしましたーー」 ほわほわした、サキさんの声が頭の上から聞こえてくる。
うん? おわっ!
ダンプの運転席を見上げるとそこに座っていたのは、なんとサキさんだった。
「ごめんなさい。 あたしのクルマ、父が乗っていっちゃって、これしかなかったの」
あーー サキさん家は建設会社だった。
初めて乗るダンプカーの運転席からの眺めは最高だった。
「みたまえ、他のクルマがゴミのようだ」とかアニメのマネをするとサキさんは、コロコロ笑った。
それにしても大型免許まで持ってるなんて思ってもみなかったが、サキさんは細い腕でダンプのでかいハンドルを器用に回す。
大きな窓を開けると草木の匂いがする風が車内に吹き込んで来る。
そうしているうちに、ダンプは千曲川にかかる大きな橋を渡った。
ここ上田市は真田氏の領地だったことでも有名だ。
駅の近くには上田城もあり、歩いている観光客も多い。
橋を渡ってから10分ほど走るとダンプカーは建設用の車両がたくさん止まっている広い敷地に入った。
その敷地の奥まで進むと5階建てのビルがあり、ダンプはその前で止まった。
プシューーッ
「蒼汰さん、着きましたよ。 高さがあるので、クルマから降りるときには気を付けてくださいね」
「ハハハ 大丈夫ですよ」
とか言って、いざドアを開けて降りようとしてドキッとする。
うわー たっけーー どうやって降りるんだこれっ?
「蒼汰さん、後ろ向きに降りてください。 梯子を下りる要領ですよ」
サキさんのアドバイスで何とか無事に地面に降り立つ。
乗るときは両手でグリップを掴んで登ったけど、降りるのがこんなにたいへんだとは思ってもみなかった。
サキさんは小学生のころ、助手席から飛び降りて骨折したことがあるらしい。
サキさんの家のこのビルは、1階から3階までが社屋として使っていて、4階と5階が住居だそうだ。
マンションでもないのに、家に入るのにエレベーターに乗るのだけど、待っている間1階の事務所に居る社員の人たちの視線を浴びることになる。
これだけ注目をされると、さすがに気まずい。
女性事務員さんたちは、俺を見てひそひそ話しをしているし、作業服姿の若い男性たちからは鋭い視線を感じる。
ひょっとして男性は、みんなサキさん狙いなのかも知れない。
ちょっと嫌な汗をかいたけど、直ぐに来たエレベーターに乗り込み4階に上がった。
「父は今、取引先に行ってるので、あとで紹介しますね。 母もたぶん夕食の買い物に出かけてるはずなので、今は家にあたしたちしか居ないから楽にしててください」
こ、これはよくある葛藤シチュエーションか?
それにしても、めちゃ広いリビングだな。 うちの居間の何倍あるんだよ。
ソファも革張りの高そうなやつだし。
サキさんは、いったん自分の部屋に行ってから地図とパソコンとノートに色エンピツを持って来て、それをテーブルに広げた。
サキさんが淹れてくれた、いい香りがするコーヒーを飲みながら、キャンプの詳細について話しを始める。
「次のキャンプ候補地ですけど、蒼汰さんはどこか行きたいところとかありますか」
「ああ えーっと。 ここなんか良いと思いますけど。 サキさんはもう行ったことはありますか?」
俺が広げた地図の場所をエンピツで指すと・・
「ええっ どこですか?」
サキさんは、直ぐに俺の隣にやって来て地図を覗き込む。
一瞬遅れて、ふわっと花のようなよい匂いが、俺の鼻をくすぐる。
スゥー 思わず気づかれないように深く息を吸い込む。
「ほら、ここです。 佐久のこの牧場に併設されているオートキャンプ場です。 無料の大浴場もあるみたいですよ」
「まあ、素敵なところですね」
「なんでも東京ドーム8.5個分の広さがあるそうです。 これなら、お隣さんを気にしなくてゆっくりできますよ」
「蒼汰さん、大事なことを忘れてませんか? サキさんが人差し指を左右にゆっくり振る」
「えっ? なんですか?」
「あたしたちは、たぶん同じ場所でも異世界側にあるキャンプ場に行くことになります」
あっ!
「つまりですね・・」
「向こうのキャンプ場は、めちゃめちゃ空いている!!」 二人で同時にそう言ったのか可笑しくて、大笑いしてしまう。
だが、楽しかったのもここまでである。
「うぉっほん! 咲姫、ずいぶん楽しそうじゃないか」
うぉーー 出たーーっ! いきなりラスボス親父の登場だーー! ←心の声デス
「お・・ お父さん。 やだ、いきなりビックリするじゃないの」
「なんだ。 ここは、自分の家のリビングだぞ。 それに父さんは、普通に入って来ただけじゃないか」
と、お父さまは、至極筋の通ったことをおっしゃる。
「あっ えーっと 紹介しますね。 あたしの父です」
「は、初めまして空野蒼汰と言います」
「須藤浩一です」 そう言うとお父さんは俺に名刺を差し出した。
名刺には、株式会社XX 代表取締役社長 須藤浩一と書いてある。
まあ、名刺をもらわなくても分かっていたことだけど。
この後、キャンプの打ち合わせは中断し、俺への恐怖の尋問タイムが始まったのだった。
第13話「おとうさまは親父と知り合いだった」に続く。
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