第8話◆並行異世界の秘密
◆並行異世界の秘密
俺は初キャンプに訪れた西湖のキャンプ場で、偶然にも咲姫(サキ)さんと再会した。
そのサキさんは、ダッジオーブンでローストチキンを作っていた。
そして今、俺はラッキーなことに、そのローストチキンのご相伴にあずかることになったのだ。
俺がクルマを停めた場所から、サキさんのテントまでは30mくらい離れている。
たいした距離ではないけど、ガラ空きなキャンプ場だとこれが結構離れて見えるものだ。
それに、それはサキさんのテントが一人用で小さいということもあるのだろう。
砂と小砂利の地面を歩く俺の足音で、サキさんがテントからモソモソと出て来た。
どうやら中でウトウトしていたらしい。
「やだ、あたしったら。 きゃー たいへん。 焦がしちゃったかしら!」
サキさんが慌てて、ダッジオーブンの蓋を開ける。
アチチッ
よほど慌てていたのか、鉄の蓋を素手で掴んでしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
「はい♪ ほんとうは、思ったほど熱くなかったです」
うん? サキさんって天然なのか? ←心の声です
「ちょっと待っててくださいね。 いま、切り分けてお皿に乗せますから」
「あ、俺手伝いますよ」
「ありがとうございます。 それでは、クーラーボックスに赤ワインが入っているので、持ってきていただけますか」
「分かりました」
テントの横に張られた、これも小さなタープの下に小型のクーラーボックスが置いてあるのでワインを取りに行く。
黄色の小さいクーラーボックスは、女の子らしくて可愛らしい。
それにしても缶ビールの俺とは違って、赤ワインなんてお洒落で優雅なキャンプをする人なんだな。
で、ワインのコルク栓をオープナーを使って開けるのだが、俺には何度か嫌な経験がある。
そう、途中で起きるコルク崩壊だ。
あれをやると、ビンの中に細かなコルクが入って悲惨なことになる。
せっかくのいい雰囲気を台無しにしたくないので、オープナーを慎重にねじって行く。
よしっ! うまく入ったぞ。
あとはてこの原理で・・・
よっしゃーー! コルク栓がきれいに抜けてうれしくなり、思わず大きな声が出る。
「アハハ 蒼汰さん楽しそうですね」
俺は、サキさんに笑われて顔が真っ赤になるが、サキさんと一緒にいるのが本当に楽しい。
ローテーブルの上にチキンのお皿を並べ、ステンレスのマグカップに赤ワインを注ぐ。
なぜか二つあるマグカップには、S・SとK・Sのイニシャルが刻まれていた。
ひとつはサキさん。 もう一つのK・Sは、誰なんだろう?
もしかしたら、彼氏とか。 まさか結婚していて、旦那さんとか?
こんなに綺麗で可愛いらしい女性なんだから、彼氏がいても不思議ではないよな・・・
俺はちょっとソワソワし始める。 う゛ーー でもなー 付き合ってる人はいますか なんて聞けないし!
いかん、いかん。 なにか別の話しをしよう。
「そう言えば、ここの受付の人って、すごく精巧にできた着ぐるみを着てましたよね。 まるで、映画の特殊メイクみたいで、俺驚いちゃいました」
「あーーー 着ぐるみですか・・・」 サキさんは、しばし空を仰ぐ。
そしておもむろに・・
「ひょっとして、蒼汰さん気づいていないんですか?」
「何をですか?」
「えーーと えーとですね。 実は此処って、日本の西湖じゃないんです」
「はいっ? サキさん、ひょっとしてまだ寝ぼけてますか? 今日は残念ながら富士山は見えていませんが、ここは日本の西湖ですよ」
俺は人差し指をビシッと立てて、サキさんの目の前に突き出す。
「困ったなー どうやって説明したらいいのかしら」
サキさんの目がゆらゆらと泳ぐ。
そして次の瞬間、ぱぁっと笑顔になったと思ったら・・
「蒼汰さん。 此処に来る途中で、濃い霧の中を走りませんでした?」
「ああ、霧ですね。 あの時は前がぜんぜん見えなくて怖かったです」
「そうそう、それです。 それがこっち側の西湖につながっている道なんです」
「えーと。 なんのことかサッパリ分かりませんけど」
二人ともまだワインも飲んでないし、酔ってもいない。
「いま、あたしたちが居るこの西湖は、並行異世界側の西湖なんですよ」
「並行・・異世界・・」
「そうです。 あたしもよく説明できないんですけど、あたしたちは今、もう一つの世界に居るんです。 直ぐに信じろっていうのも無理ですよね。 あたしも最初は信じられなかったですもの」
サキさんはしばらく天を仰いで何かを考えていたが・・
「そうだわ! あの受付にいた人たち。 あれって着ぐるみなんかじゃないんですよ」
あ゛ーーー もしかして、この人はヤバイ人だったのか・・・
第9話「重なった世界とルール」に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます