便所飯同好会(コメディ)

 小生ら便所飯同好会は、会員五名で構成される有意の会である。


 設立も浅く活動も屋内に限定しているが、全員が個室を持ち、プライバシーと安心の供与されている高踏的の組織である。名は体を表す通り便所飯に対する気兼ねを無くし、孤独を孤独で無くす目的を志向している。


 疎外の代名詞である便所飯を相伴の域にまで高め、閉鎖的かつ自由な摂食を実施するため組織された、許容ある至極の会である。



 便所飯同好会の特殊性に疑いは無く、その特異性は、会員の小生も認めるところである。小生ら会員は互いの素性を知らず、声を知らず、姿容を寡聞にして知らない。


 昼休みに集結しては白壁を挟んで対峙し、各々にプライベートタイムを過ごしては、各々に退出する。それを常態とする、無双の者達である。


 

 面々に面識は無く、交流も無く、言葉の交わされる親交も絶無である。


 しかし断言するは、小生らの鎖よりも強固な繋がりであり、マリアナ海溝より深甚な、会員の珍重なる友情なのである。




 ■




 小生は、自身が孤独であることを首肯し、教室に居場所の無いことを自認している。


 人付き合いが不得手で口も下手、高校の新入生の分際で、交友の波に乗り遅れた。


 矜持と自戒とを抱え、便所へと逃避した落伍者である。




 その小生にとって、便所飯同好会の面子は同志とも呼べる存在に他ならず、境遇を同一とする、同好の士であった。


 無くてはならぬ、心の友であった。


 便所の静寂に息吹を確かめ合う時間は教室で存在を消す小生には唯一に休まる瞬間であり、昼休みは小生にとって、校内における唯一の安息であった。




 便所飯同好会は不明確な会であり、存在の、奇怪な会である。それは否定しえないことである。


 原初の便所飯の実行者は不明、会員の充足も、無言のうちの結果。


 個室の専有すら、なし崩し的に行われた、没交渉かつ不明瞭の会であった。




 だが、違わぬのは、小生にとって便所飯同好会は拠り所であり、支柱であるという希望ある事実であった。それは他の会員にしても同様であると、小生の乞い願う信頼であった。




 小生の心の器は会の発足以来占拠され、くすんだ日々は、くすんだ桃色に彩られていた。安らぎと母君特製の弁当を手に個室へと籠る毎日、白壁の向こうに会員の存在の思われる日常は、孤独の中にある近接無い温もりであった。




 便所飯同好会は独自の性質を持ち、運営される会である。


 便所飯の後ろめたさを排除することのみを、至上とする会である。


 前述の通りに小生は会員らの素性を知らず、名前も姿態も知りえぬ在り様である。




 想像には他の面子も同等に知りえていないように思われ、会は便所の他に、居場所を持たぬ有様であった。小生の疎外されていない限り、そうした性質を持つ会であった。




 そのために、会員は顔も合わせず声も発さず、意図したように邂逅を無くし、予鈴が鳴れば手前から順繰りに個室を退出する律義さを誇っている。会員は何時からかあった不干渉に沿って昼を過ごし、交歓も無く、個々に時を送るのを常としている。それは、一般に見れば不合理に他ならず、異様とも称せる、様であろう。そのことを友人は無く、常識だけはある小生は、十分に知っている。




 だが、それで良い、と考える。


 それこそが便所飯同好会の在り方であると、小生は一人、愚考するのである。




 便所飯を行う小生らは拙劣であり、思案には、人付き合いの苦手な学生であろう。


 そうした小生らに、交友の適度な距離を計るのは難しかろう。


 また陰気の正体に、幻滅をする可能性も考慮されよう。


 そうして湧き出でる興味を、小生は臆病を盾に抑止している。


 それが今より心を損なわぬ、不器用のある種の方向性と、思慮していた。それが会の、交流の未だ無い、原因の一つと言えるものであった。




「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」




 静寂の便所には五人の息遣いが流れ、時折、弁当箱に箸の当たる音が生じている。


 いずれかの個室より稀に漏出する微かな笑声に心をほっこりさせ、今日も母君の拵えた弁当を口に、小生は無声を守るのである。




 小生ら便所飯同好会に表立った交流は見えず、ただ気侭に時を過ごし、便所飯への後ろめたさに共犯の蓋をする。共犯と言えど、個人的である。だがそれを、小生は同好会と呼ぶ。仲間と、呼んでいる。




 便所に五人が集い続ける事実と、領域を侵犯せぬ気遣い。


 孤独の象徴である便所飯を共有する安堵と連帯に、小生は心身を安らがせ、想像と並以下の感受能力を元に今日も時を過ごすのである。


 便所飯同好会は仮想の人数と心理の中、活動し、心変わりの無い限り、便所飯への嫌悪の緩和に邁進する日々を送る。




 会員の一人が入室時間を誤り、会員同士で邂逅し、それを契機に便所飯同好会は栄光ある解散を迎えることとなるのだが、語るも尚早な未来の話である。






 16/07/18 第112回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】投稿

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