嫉視(その他)

 ふざけるな、と呟く言葉は、白い画面の目前に消えた。


 画面には六人の名前が称号を添えられて輝き、サイトの名を冠した賞が、今度は六人に与えられたことを示していた。




 自分の、名前は無かった。自分の作品は隅の方に蟠り、なかば廃棄されていた。


 全力を尽くした作品には善悪のコメントも無く、ただ目汚しの、恥の作品となっているようだった。つまりは価値が無かった。自身を嘲笑されるより、その無視はまた幾分と身に堪えるものだった。




 ふざけるな。馬鹿だ。感性が鈍い。感受性が無い。そうも憤り、唇を噛み、呪いを、画面の向こう側へと送り、


 ――それは一体、誰に言った言葉だい?   


 内面の声を必死に遠ざけては、呟く一言。「あんたたちには、見る目が無い」。




 Twitterを眺めては新着の作品の出来にひがみ、賞の発表を見ては、心を腐らせた。


 投稿は何時しか楽しみから枷となり、投稿しないという選択肢さえ、首に絡み付いては、ひどく息を詰まらせた。




 素人で、あるのに。頼まれてもいないのに。望まれてすら、いないのに。


 なぜ、苦しむのか。テーマを一つ飛ばすだけに苛立つのか。他者に、嫉妬を覚えるのか。




 過去の自作を読むことが何時からか癖となった。数少ない自身の評価された作品を見やっては寄せられた評価に笑み、自分は小説を書けるのだと思いこんだ。回顧した。その間も、他の書き手は面白い作品を著し、評価を集め、自分との差は開くばかりだった。受賞の栄冠は、流れるばかりだった。




 ――ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! ――誰に?




「すごく面白かったです」「素敵な作品でした!」


「やっぱり作者様は、素晴らしい書き手でいらっしゃいますね♪」




 他者への賛辞に、胸糞が悪くなる。


 自分に寄越せと、愚かにも手を伸ばす。掠め取ろうと試みる。


 そうして掴むのは言い知れぬ悪感と才能への怒り、肯定を得るための、過分な卑下。


 ついには選考者に疑心を抱くようにもなり、この時点ですでに、終わりを悟る。




 仕事もしている。友人もいる。


 生活は十分とまではいかずとも、ある程度の均衡を保ったままでいる。


 ならば投稿など、止めてしまえばいい。どうせ誰も、待ってなどいないのだ。




 それでも、日常に浮かぶアイディアは注がれる。小説に転用できると、喜びに呆けた頭で考えている。




 気が付けば手をかけ、一文を捻り出し、投稿を続けている。性懲りも無く。恥を知ることも無く。




 誰も、見てやしないのに。きっと誰かが理解してくれる。ひいては自分自身を賞賛してくれる。迎えてくれる。


 そんな青臭い、夢見がちな願望を、抱き続けていて。




 子どもでも、あるまいし。ハイハイを褒めてもらえる歳でもなかろうに。


 ただ置いていかれまいとして、必死にくっ付いている。頬を、すり寄せている。




 いつから、受賞していないのだろう。


 評価すら、多く受け取った記憶は遠かった。


 受賞するだけが全てでは無い。


 評価を貰うだけが全てでは無い。


 信じられるほどの自信は、とうに失せている。


 そもそもそんなものがあったのかすらも、今や分からずにいた。




 悲しい話を書いた。選出はならなかった。


 ならばと楽しい話を書いた。評価すら、受け取ることは出来なかった。


 選考者の嗜好を。好む物語を。受賞出来るように、傾向を読んだ作品を。


 自分には過去があるのだから。前は受賞だって、していたのだから。




 そう思い、筆を取り、投稿を続けるうち。


 ついには書きたかった作品すら、自分の中からは失われ。


 出来上がったのは過去の作品傾向に縋りつく、空箱のような自分だった。無意識の上目だった。


 受賞の経験がある分、性質が悪かった。


 自作を疑う心は他者の無理解の怒りへと、抵抗無く、変じるばかりだった。






 遠吠えは対岸に届くことも無く体内を掻き乱し、臓腑を焼いては、鼻から自尊を煙のように燻らせる。


 明光の遠さに鈍足は接近も叶わず、そうしてただ、砂を舐め後塵を拝する形となる。目が眩んだ。






 再び、自分は作品を書いた。男女の普遍的恋愛を描いた作品だった。魂胆の厭らしい、地面に額を擦り付けたような、受賞目的の、作品だった。




 そのうちに、最終候補作がサイトに載せられた。しかし自分のは影すら、形すら、見当たることは無かった。必死の低頭は、看破されていた。




 ――お前の作品など、選ばれるはずも無い。お前の作品など評価する価値も無いのだ。




 選考者の声が直截に届いた気もしたが、よく見れば作品には、一つの閲覧すら記録されてはいなかった。誰も、読んですら、いないのだった。



 15/03/21 時空モノガタリ文学賞 【 嫉妬 】最終選考

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