装着パニック! 水泳部男子!(コメディ)
「堺くん、何をしているのだ。早く着替えたまえよ。本番はもう、間近に迫っているのだぞ」
「あ、ああ。分かったよ、部長。今、着替えるから。ちょっとだけ待って」
――僕は、本当に焦っていた。自身の置かれた、比類なき状況にである。
ここは、水泳部のせまい部室。男子水泳部の面々が集まり、熱心に議論している場面である。
水泳部は僕以外の全員が水着に着替え、あるイベントの出番を待っていた。そのイベントとは、新入生のための部活動紹介。新入生の前で部をアピールし、入部を誘うという一大イベントのために、我が水泳部は部室に集っていたのである。
面々には、非常に気合が入っていた。それもそのはず。水泳部には僕を含めて部員が三人しかおらず、アピールの出来次第では廃部すら十分に考えられる。そのため「僕以外」の部員は真剣に意見を出しあっていたのだった。そう、「僕以外」の、部員は。
議論に口角泡が飛ばされるなか、僕は部長たちから離れるように、部室の端に陣取っていた。
話し合いに加わるどころか、輪に入ることもない、体たらくだった。
それはなぜか。理由は、僕のTシャツの下にある。正しくは胸に起きた「異常」により、近寄ることさえできなかったのだ。
隠れるようにTシャツの首部分をめくり、胸を見つめ、重く息をはく。
胸に装着された「それ」が、僕の挙動をおかしくさせていた。
――ブラジャーだった。おそらくは姉のものであろう純白のブラジャーが、僕の胸には着けられていたのだ。原因も理由も、分かることはなく。
これは、覚えのない秘密を胸に抱かされた僕の、一つの真実の記録である。
■
白熱する部室。僕は考えていた。いかにして、この苦境を乗り越えるか。いかにして元々の自分へと返り咲くか。人生で一番に、脳を使ったほどだった。
そのフル回転により、僕は「危機から脱却するための解決リスト」を構築していた。以下二つは、実用性が低いために廃棄したものである。
1、最後まで部室に留まり、着替える→部長はカギの管理に命を燃やしている→カギを貸してくれない→痴態を晒すはめに。
2、部活動紹介をサボる→残るのは二人になる→見ていて非常に痛々しい→廃部。
そうして取捨選択を行い、僕は最も現実味が高いと判断した「トイレに行くふり」を決行したのだが……。
「ほ、本当にお腹痛いんだって! トイレに行かせてよ!」
「駄目だ駄目だ! 我々の『アッピール』を成功させるには、細密で綿密な準備が必要となるのだ! 排泄は本番が終わり次第、存分に行うがよかろう! さあ、早く服を脱ぎ、『アッピール』の訓練をしたまえ! はっはっは!」
作戦はあえなく失敗。取りあえず羽織ったワイシャツの袖をつかまれ、その場に留まらされたのである。(緊急措置として体前面を押さえたため、ばれることはなかった。賢明な判断である)
次に実行したのは「服を着たままのブラジャーの排除」だった。……しかし、これが失策だった。慣れない行動で動作が大きくなったことで、二人の注目を無闇にあおることになったのだ。その結果、僕には最大の危機が訪れた。しかし、本当の危機はそこになかったのだ。伏兵が、思わぬところから現れたのである。
「おや、堺くん。服を脱ごうとしているのか? ……ふむ。体調の悪いせいか、どうも緩慢に過ぎるな。よし、手伝ってあげよう!」
「い、いや! 大丈夫! 一人で、できるから!」
「はっはっは! 遠慮するな! 僕と君の仲ではないか!」
そうして、退路を断つ形(両手の鷲のごとく広げた形)で接近してきた部長により、逃げ場は失われた。僕は冷や汗を流し、思わず覚悟を決めたのだが。その時だった。
僕の耳に届いたのは、部室の外を駆ける足音だった。そしてドタバタと入室してきたのは、部の顧問である恵子先生だったのだ。彼女はドジで名高い、二年目の若手教師だった。その彼女が、突然に入室してきたのである。――両腕になぜか、水を満杯に湛えたボールを抱えて。
「ねえ、みんな! 考えたんだけど、『息止めデモンストレーション』ってどうかな? 結構、いいアイディアだと思う……、キャッ!」
そして、僕には大量の水が降り注ぎ。驚いた僕は、手を放してしまい。
「……堺くん。それは、なんだ? その、透けているものは?」
ブラジャー着用は、明かされたのだった。……だが、事態はそこに収まらなかった。さらなる発展を見せたのである。
「自らの性癖を新入部員に披露するとは! 何と言う、心意気か!」
そう、多大なる勘違いをした部長により、僕はブラジャー姿のまま『鍛えぬかれた体によるポージング』なるものを体育館の壇上で無理やりに行わされた。そしてその行動が、一学年上の姉の耳に不幸にも届いてしまったために。
「ブラジャーマン」なる称号と、家族の冷たい視線を、僕はめでたく受けたのだった。
14/10/20 第六十七回 時空モノガタリ文学賞【 秘密 】 投稿
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