「対話ヒーロー『トーキング・レッド』 危機一髪の巻!」(コメディ)

 ――炎の燃え盛る、湾岸のとある倉庫内――




「助けて、トーキング・レッド! この怪人を、改心させて!」




 怪人の腕の中。もがく少女に高熱の舌先が迫る。


 

瞬時には届かない怪人との距離。強引な救出は望めない状況。その中で。



『対話ヒーロー』トーキング・レッドは怪人を見すえながら猛スピードの心理分析を実行していた。


 

 怪人の性質を雰囲気や外見から察知し、弱点を見つけ改心させる。それが、トーキング・レッドの戦い方。トーキング・レッド、唯一の武器だった。



 ピピ、と音を鳴らす腕時計型通話機。表れるホログラム。吉崎博士である。飛び級で大学を卒業し、若干十五歳でパワースーツを開発した天才少女だった。(ネコのぬいぐるみ集めが趣味、それを隠しに隠す、実は年頃の少女だった)



「トーキング・レッド、聞こえる? 解析結果を伝えるよ。その怪人は、精神攻撃を得意とするみたい。今までにないタイプだから、気をつけてね」



「ああ、ありがとう博士。大丈夫、ちょうど分析も終わった。今から説得に移るよ。期待して待っててくれ」



 真紅のマスクから白い歯を見せ、親指を立てる。微笑が返され、黒髪のホログラムは煙霧へと消えていく。


 

 上げる視線の対岸。傲岸に笑む怪人。


 

 手中に拘束された少女の表情が、真紅の心を熱く、気高く炎上させた。



「さあ、いい子になる時間だ、怪人よ」



 声の届く位置まで接近したヒーロー。その口から正義の福音が発せられようとした、瞬間だった。機先を制し、言葉を紡いだのは怪人だった。身を凍らせる、悪意の冷笑を供して。




 君の笑顔は 輝くダイヤ


 君の香りは 薔薇よりスウィートゥ


 ボクの目クラクラ ハートドキドキ


 君は女神さ イケないアフロディーテ


 ラブラブラブリン ラブリンリン


 教室? 屋上? それとも校庭?


 ノンノンノンノン ノーンノン


 ボクの居場所は


 君のO・TO・NA・RI……。





「ぐ、ぐはっ……!!」



「ど、どうしたの!? トーキング・レッド!?」



 少女の目前で、ヒーローは崩れ落ちた。


 

 炎の演舞を圧し、怪人の哄笑が倉庫に響き渡る。


 

 その手には、一冊のノートが握られていた。



「ふははは! どうだ、トーキング・レッドよ! 自身の作った詩を読まれるのは、恥ずかしかろう? ふははは!」



 高笑し、少女を懐中に怪人は歩み出す。床に這う、トーキング・レッド。その口唇は「実家の引き出しにしまったはずなのに、ノート」と呟きを発し、紫に色を変じたまま、儚く生気を失いかけていた。怯えた、ウサギの背。横たわる体に、悪辣な影が落ちる。



「さあ、ヒーローパワーを頂こう。これで、我らの体制は磐石となるのだ!」



 真紅の頭部へ腕を伸ばす怪人。


 

 溢れる黒き光に、正義の源泉は塗り潰される――――しかし。



「…………だめ」



「ん? なんだ、小娘?」



「…………負けちゃ、だめ! 戦って! トーキング・レッド!」



「こ、こいつ……!」



 少女の、突然の反抗。顔を歪ませた怪人は強力で抑えにかかる。


 

 しかし少女は負けず、倒れたヒーローへと精一杯に声を張り上げた。



「トーキング・レッド! 詩を書くことの、何が悪いの? 何が恥ずかしいの? あなたは自分をありのままに描いた。臆病にならずに、心を表現した。それは、胸を張っていいこと、馬鹿にされることなんかじゃないんだよ! ……だから、立ち上がって! もう一度、勇気を見せてよ! トーキング・レッド!」



「ふん、小娘が何を…………な、なに!?」


 

 悪に濡れた瞳が驚愕に見開かれる。


 

 視線のはがれた刹那。その、間隙に。


 

 真紅の影は陽炎に毅然と舞い戻っていた。


 

 その姿から、悔恨は欠片も残さず、霧散していた。



「……ありがとう、君の言う通りだ。詩を書くことは、恥ずかしいことじゃない。下を向くことじゃない。僕は、僕を素直に書いただけなんだ!」



「く、くそ! 覚えていろ!」



 粗暴に少女を手放し、逃亡を図る怪人。


 

 その眼前に立ち塞がり、トーキング・レッドは優しく、怪人に向かい言葉を送り届けた。



「いくぞ、怪人! 僕の言葉で、改心したまえ!…………」




 ■




「いやあ、今日も改心できてよかった! 君のおかげだよ、名も知らぬ少女!」



「トーキング・レッド、かっこよかったよ! 詩も、その……、ぜ、ぜんぜん、悪くなかったよ!」



「え、そうかい? 嬉しいなあ! なら今度、詩をプレゼントしよう! 博士にもあげようか?」



「いや、私はいらない。ダサいし」



「……。じゃ、じゃあ、少女にあげよう。ね?」



「……わ、わたしも、遠慮しとこうかな」



「そ、そんなあ、なんで?」



「あはははは」



 

………………。



「なあ、姉ちゃん。今日のトーキング・レッド、妙に説教くさくなかった? どしたんだろ?」



「さあ、真面目なメッセージも書けるんだ、とでも思ってほしかったんじゃないの」



「……誰がよ?」



「……さあ」





14/09/05 第六十四回 時空モノガタリ文学賞【 詩人 】投稿

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