ある母親の独白(ホラー)
告白します。
私は息子を殺しました。
すべて、告白いたします。
息子は善良な子でした。性根のとても真っ直ぐな子でした。
近所の子達が子犬や捨て猫を平気でいじめる、あの無自覚な悪意の遊び。
その暴力的な嗜虐にも参加することなく、それどころか嫌悪し、集団に毅然と立ち向かうこともあったらしいのです。後で、ご近所さんからの又聞きで知ったことでした。
自分の中の正義を、確かに表せる子だったのです。自慢の子でした。父親のいないことにも曲がらず、懸命に日々を過ごす、そんな息子との生活は私にとって幸福に他ならず、母親としての喜びの歳月は、天から授けられた甘露に、他ならないものだったのです。
その毎日が崩壊を見たのは、息子の病がきっかけでした。
哄笑を貼りつけた悪魔の一撃が、私たち親子から何もかもを奪い去ったのです。
唐突でした。遊びから帰るなり、息子は玄関先でバタリと倒れたのです。その様に慌てて駆け寄り、体を抱き起こすと、思わず手を引いてしまうほどの大変な高熱に、体は犯されていました。人体には起こりえぬほどの、異常な熱の高さだったのです。
その生命の危機に、私は息子を寝室まで運び寝かせた後、鍵もかけずに町を駆け、お医者様をお連れしたのですが、家に戻った私の目に映ったのは、寝室を出てキッチンで食事を取る息子の姿でした。まるで平素のように作り置きのミートパイを口に入れ、肩で息をする私を見るなり、やあ、ママと笑顔で手を振ったのです。
額に手をやると熱は何事もなかったかのように下がっており、お医者様にも診ていただいたのですが、特に問題はなさそうだとのお言葉を受けました。しかし、そのことにほっとすべきか、それとも不可思議さに首を傾げるべきか、お医者様にお帰りいただいた後も不安は影のように離れず、さらに病気以前よりも溌剌と行動し、爛々とした光を瞳にたたえるようになった息子の異様な様子にも、私は安心どころか寒気を覚え、息子が息子でなくなったような怖気に、平穏を装った日常を、送り続けたのです。
――そして、まだ臭いも落ちきらぬ、昨夜。
月光が室内を厳かに照らす、静かな夜でございました。
普段眠りの深く、中途で目を覚ますことのない私が、廊下の物音にふと覚醒したのです。足音でした。潜められた足音が寝室を通過し、家の裏手の方角へと歩んでいたのです。
息子だと分かりました。方向、リズムにより、推察は容易なことでした。
トイレともキッチンとも、方向は違う。訝しく思っている間に、裏戸が開かれ、足音は戸外へと消えていったようでした。家を出たのです。それは私が寝ていたとはいえ無断の行いであり、けして褒められたものではありませんでした。
私は諌める目的でベッドから飛び起き、息子の背中を追ったのです。その際、脳裏に浮かんでいたのは、直近に村を賑わす事件のことでした。息子も被害者と成りうる事件。その危険を諭すために、私は裏口を同じく通り抜けたのです。
――今なら、分かる。息子が外出を、幾度も繰り返していたことを。それに気づくことができなかった、そして、あの行為を止めてやれなかったことは、母親としての完全なる落ち度であったのです。
夜気の流れ行く家の裏側。
息子の姿はありませんでしたが、一つの変化が映りました。
家から多少離れた納屋。その、老朽化のため今は使用を控えている納屋の、古びた観音扉にわずかな隙間が窺えたのです。
私は接近し、扉に手を掛けました。
納屋は手狭でした。入り口から戸内の全容が垣間見え、窓から零れる月光に、あまねく全体が照らされていたのです。
その、おかげでした。光景のすべてが、この目に焼き付けられることとなったのです。
床全面に広がる漆黒の色彩。大小長短、趣を異にした数々の片。そして鼻を突いた、濃密な異臭。
堪えきれず、私は胃の内容物を全部その場に吐き出しました。
すると息子は顔を上げ、おぞましくも血に塗れた笑みを浮かべ、口を開いたのです。両手に肉片のついた骨を握ったままの、所業でありました。
おいしいね、ママ。ママのパイより、こっちの方が、とってもおいしいや。
告白します。神父様。
息子は親のない子供達を攫い、生命を嬲り、私は実の息子を、この細腕によって殺めました。その罪をここに告白し、罪悪による罰を拝受する覚悟は、息子共々とうに固まっているのです。
ただ、最後にお聞かせ下さい。
やはり息子は、高熱に擬した悪魔に取りつかれていたのでしょうか。
それとも、あの凶行は息子自身の罪……息子自身が体に宿していた性であるのでしょうか。
どうか、お聞かせください。息子は地獄に落ちる他ないのでしょうか。この息子の安らかな寝顔にも、神は鉄槌を下されるのでしょうか。
お聞かください。どうか、お聞かせください、神父様……。罪悪による罰を拝受する覚悟は、とうに固まっているのです……。
14/08/25 第六十三回 時空モノガタリ文学賞【 告白 】受賞
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