放課後、想いは校舎裏で(恋愛)

 吹きぬける微風が髪をゆらし、汗にぬれた首筋をそっとなでていく。



 抜けるように青い空は夕方間近といえど衰えを見せず、白い雲は日光に透きとおり柔らかそうに漂っていた。  



 湿り気のある、校舎裏の地面。



 足を少し動かすだけで、細かい砂利が音をたてる。



 その音も緊張した空気のなかに溶けていき、ふたりの交わらない視線だけが、しずかで人のない校舎裏には残された。



(……どうしよう。はやく言わなきゃ。はやくしないと、変に思われちゃう)



 焦りが背中を押し、ミホは口を開こうと顔をあげる。



 しかし、目の前の彼にのどはキュッと閉めつけられ、くちびるを噛んでは、うつむいてしまう。その繰り返しが、校舎裏の風景、そしてミホの、情けなくなるほど縮められた心のあり方だった。



 校舎そばの木には何匹かのセミがとまり、命を燃やすように、けたたましく鳴く。勇気のでない自分を責めている。ミホには、そう思えて仕方がなかった。



 ■



 彼とは違うクラスだった。話したことも近づいたこともない人だった。



 彼の姿を見られるのは、きまって遠い場所。



 ミホのクラスの真下で、彼が部活に精をだしているときだけだった。



 最初は友人を待つあいだの暇つぶしに過ぎなかった。



 でもそれがしっかりとした目的に変わるまでは、さほどの時間がかからなかった。



 楽しそうにテニスラケットを振り、大勢いる部員のなかでも目立っていた彼。



 容姿もそうだったけれど、溌剌とした自分にはない充実した姿に、ミホはいつしか恋心をいだきはじめていた。



 (でも、彼はきっとわたしなんて知らない。わたしなんて、そばにもいられないんだ)



 仲間にかこまれ、人のとだえることのない彼の世界がミホには遠かった。



 だからミホは恋心をあこがれに無理やりに変換して、満足するしか、方法はなかった。



 声をかけようなんて思いすらしなかった。まして付き合いたいなんて、考えもしなかった。



 彼はあこがれで、それは離れているからこそあこがれなのだと、弱い心で強く納得していたのだった。



 夕日のなかの、テニスコート。かがやく彼を見つめる自分。



 その行為に、いつしか悲しさを覚えはじめていたとき。



 ミホの想いを知ったテニス部の親友のはからいで、チャンスは前ぶれもなく、おとずれたのだった。



 ■



「……あのさ」



 びくりと、小さな肩がふるえる。そろそろと顔をあげた先には、彼のまっすぐな視線。その目にミホは、うつむくことさえできなくなった。



 彼がぽつりと、話しだす。低音だが、優しさのこもった声だった。



「あの、いつも窓から練習、見てたよね。オレ、ずっと気になっててさ。最初はあきないのかな、とか、楽しいのかな、とか思うぐらいだったんだけど、そのうちに、たまに君がいないときとか、寂しく思うようになったんだ。……だから、今日。君がここで待ってるって聞いて、オレ……」



(え? ……それって)



 恥ずかしそうに目をふせ、わずかにうかがえる顔には赤みのさしている、彼の姿。



 その突然のことに、ミホの頭はぐるぐると空転し、考えは形にならなかった。



 しかし、彼の言葉が理解されるにつれ、心臓は落ちつきを見せはじめ。



 背中を押すのがあせりから勇気に変わったのを、ミホは感じていた。



「……あ、あの!」



 ミホの声に、彼は跳ねるように目を向ける。



 そのことに、胸はあいかわらず鼓動したけれど。



 障壁はとっくに心からはとり除かれていて。



 彼の向こうの空はひたすらに青い。ふたりの静かな、息をはく音。



 そして顔を赤く染めながら、ミホははっきりと、彼に想いを告げた。



「……あの、わたし、わたし、ずっと、あなたの、――あなたの、体操服の匂い、ずっと嗅いでました!」



…………………。



…………………。



…………………?



 ひたすらに、青い空。その下の彼の、ぽかんとした表情。



 なにが、起きたんだろう? そんな唖然に、校舎裏の時間は停止した。



 その表情を、恋に盲目なミホは、別の意味にとらえて。



 かくして傷口は、ひろがっていくばかりだった。



「あ、か、かんちがいしないでください。わたしの想いは、それだけじゃないんです。わたし、あなたの室内履きの匂いとかも嗅いでましたし、実は中じきも、こっそりわたしのと交換してました。あ、あと、あなたが飲み終えた缶ジュースとか、ゴミ箱から取り出して、飲み口なめて、イェーイ、間接キスだ! ヒャッホーイ! イヤッホー! なんてひとり、さわいでましたし、あとは、えーと、あなたの捨てたガムを……」



――そうして。あごに人さし指をあてながら、次々と行為を告白するミホに。



 一歩踏みだし、小さな肩に手をおいて。



 爽やかな笑顔で、彼は言うのだ。



「――ごめん、オレ、今日は帰るよ。中じきだけ、後で返してね」





14/07/31 第六十三回 時空モノガタリ文学賞【 告白 】投稿

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