爆走疾走! 白線レース!(コメディ)
深夜、商店街。
歩道には多くの若者が立ち並んでいる。道路を囲むように列をなしている。
――その、若者たちの目的はただ一つ。「白線レース」におけるタツミの疾走。
怪我により休業していたタツミの復帰を、間近で見ることにあった。
「白線レース」王者、タツミ。挑戦者、茶髪の若者。
道路の両端、コースである白線上にふたりは立っていた。
横位置をそろえ、戦闘の気合をそれぞれ高めていた。
周囲には、つばを飲む音だけが響いている。緊張が波紋となり広がっている。
開始一分前。
ふたりは合わせたように白線上にかがみ、目線を上向け、
――そして、商店街の電子時計が全てゼロに形づくられた瞬間、両者はタイミングを等しく道路を蹴りあげた。靴音が静寂をやぶり、歓声が商店街にこだました。
■
間もなく起きたざわめきにタツミは対岸を見、そして瞠目した。
(なに!? ……あれは、まさか)
スタート直後にも関わらず、タツミと若者には差が生じていた。
タツミが若者の後塵を拝する形となっていた。
だがタツミと、知識を持つ一部の観客の驚愕はそこにない。
彼らが驚きと既知を感じたのは、若者の異様な走法にあった。
(前に見たことがある。……確かに、この場所で)
若者のフォームは太ももを高く上げる平凡な短距離走のものである。それはあまりにも危険な走法だった。白線からのはみ出しがすぐさま敗北に繋がる「白線レース」には、あまりに不似合いにすぎる走法だった。――しかし。
ざわ、と集団から趣の異なる声が上がる。
タツミと一部の者に遅れること数秒、集団はようやくその違和感に気づいた。
(あれは『白鳥の湖』だ。間違いない。なんで、あいつが)
若者の速度の理由――。それは地面に全足裏を接地せず、つま先だけで走る『白鳥の湖』と呼ばれる走法にあった。
接地面が小さくなることにより、はみ出しの危険を減少させる。
速度に対する意識の比重を高めることのできる、選ばれた者の走法だった。
(……まさか、あいつ)
先行する背中。タツミの脳裏にひとつの影が浮かぶ。過去に打ち破った男の姿だった。
■
(……タツミさん。あんたに負けた後の兄貴を見るのは辛かったよ。『白鳥の湖』を捨て、普通に道路を歩くようになっちまった兄貴……。俺の憧れはいなくなったんだよ)
レースの中間地点を先に通過したのは若者だった。
絶対的な王者、タツミは致命的な遅れを見せていた。
(勝つんだ。兄貴のために、――そして俺のために、勝たなきゃいけねえんだ)
若者の顔は歪んでいた。
足は悲鳴を上げ、目に見えて速度は落ちていた。
――代償である。『白鳥の湖』は負担が大きく、急激な疲労が付きまとう。
もはや通常の走法すら不可能になっていた。足はひどく痙攣していた。
自らの限界を意識する。それでも若者に表出したのは、紛れもない笑みだった。
(『白鳥の湖』の弱点は知っていたよ。……でも、あんたの怪我が治っていないこと、それでもレースに出てくることも、俺は分かっていた。もう、十分に距離は稼いだよ。――その足では、追いつけないだろう?)
苦悶の表情。若者は背後を見やった。
タツミと若者の距離は、逆転不可能なほどに開いているはずだった。
――しかし。
(…………な、なんだと!?)
焦燥と畏怖に、若者の顔は凍りついた。
太ももには血がにじんでいた。
体は苦痛に崩れていた。
だが、タツミは接近しているのだった。伯仲しているのだった。
唇を噛み、全盛の威容で、白線を駆けているのだった。
(――馬鹿な!? その足で、なぜその速度が出せる!?)
真横に迫るひとつの疾風。
若者は焦り、『白鳥の湖』を再び体現しようとする。
だが、足は動かない。飲み込まれる感覚に溺れるばかり。
タツミは笑んだ。鬼面のごとき異相で笑みを浮かべた。
(お前は強い。もしかしたら、あいつよりも。……だがな、俺は王者なんだ。『白線キング』の名は、そう簡単には譲れないんだよ)
差は埋まっていく。ゴールである街灯は目前にある。
血を垂らし、気迫全開の走りを成すタツミ。
棒の足に復讐心を宿らせ、前を向く若者。
集団にも勝者は予想できなかった。
どちらも勝者に相応しい精神だった。
だが、そのどちらも勝者になる事はできなかった。
ゴールまで、辿り着けなかったのだ。
■
「……で、おたくら、何してたの?」
「あの、……は、白線、レースです」
「……は?」
「……いえ、なんでも、ないです、はい」
警察署である。ふたりの走者は縮こまっている。任意で連行されていた。騒ぎに対する、近隣住民による通報だった。
「あんたらさ、何してんのよ。こんな夜中に、人様に迷惑かけんなよ」
「……」「……」
ちなみに、観客の若者たちはすぐ逃げた。すげー早さだった。
14/06/27 第五十九回 時空モノガタリ文学賞【 ON THE ROAD 】受賞
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