雨降らせ女と雨受け男(コメディ)
「僕は雨を手にいれた」と滑川が電話をよこしたものだから、暇で暇でしょうがなかった俺はやれ急げとばかりに愛車に乗りこみ、ヤツのアパートへ向かうことにした。
家賃激安。駅とは遠距離。さらに大家が融通きかずときているアパートなんてだれが行くかと普段ならプンプン怒るところであるが、彼女にこっぴどく振られたばかりの俺は人肌が非常に恋しかった。それはたとえ滑川のような人外、趣味が手芸と女の監禁であるような無法者にさえ、親交を求めるような人さびしさだったのである。
外は梅雨時にはふさわしくないポカポカ陽気。あくびをしながらあっという間に到着する。
相変わらずのボロい平屋アパート。倒壊は間近。家賃三万二千円も納得のたたずまいだ。
ドアの前に立ち、ノックノックノック。しつこいくらいにノックノック。するとはい、とこもった返事。とうぜん滑川である。
お邪魔します、とノブを握った。だが瞬間、はて、と俺は静止する。なにか妙な音が、室内から漏れ聞こえているのだ。しかもよく見ると、なぜかドアの前だけが黒く濡れていた。俺はしばし熟考したものの陽気のせいで眠くなりはじめ、結局は気合一閃。構わずに、ドアを開くことにした。
「……ハクション! やあ、久しぶりだね。梨をごちそうして以来じゃないか。元気してたかい? 櫻井君」
――目の前の光景は、滑川に耐性のある俺でも少しだけ驚くものだった。六畳一間にはゴミの山。ネズミの死骸。監禁された様子の女。それはいつもの事として、これはなんだと慌てながら滑川に問う。畳は変色し、滑川は髪から何からすべてびしょ濡れ。俺の靴にまで水気が届いている。
「ああ、どうやらこの子の能力らしい。監禁してから、この部屋には雨が降り続いているんだ。妖怪雨女。この子は、そう名乗っている。どうも本当らしいね」
滑川は部屋の中心に座りこんでいる。その滑川にのみ、滑川を包むように、多量の水が降り落ちていた。その上には煙状の物体。モクモクと天井を灰色に覆い隠している。その様はまるで雲のよう。これじゃあ雨みたいじゃないか、と思った俺の脳裏に、滑川の言葉が再生される。あれ、コイツ妖怪って言った? この女がそうだって? なら、これは本当に雨? 室内なのに? ?????
落ちていた正体不明の乾燥肉を噛みながら、俺は土足のまま部屋に上がらせてもらう。災禍の真っ只中である滑川は降りつづく水を傘も差さずに凝然と受け、ニコニコと気味の悪い笑みを浮かべていた。その様子に憮然としながらも、俺は水のちょうど届かない位置に止まり、事のあらましを聞くことにする。
「昨夜のことなんだ。この子が道に座り込んでいたから捕獲して、部屋で鑑賞していたら突然水が降ってきた。なんだと思っていたら天井に煙が発生していて、そこから水は落ちているようだった。そこで彼女に尋ねたら、なんと妖怪雨女なのだという。でも力の弱いうえに制御できない体質で、そのために故郷を追われて途方にくれていたらしい。そこを僕が連れて帰ったと、そういうわけなんだ。畳は腐りそうだし、大家さんに見つかったら大事になるしで、けっこう大変だよ」
だったら追い出せば、と俺は床に寝転がった女を見た。すると不思議なことに気づく。女の顔は平素のまま、目隠しも猿ぐつわも何もない状態なのだ。それは『目隠し猿ぐつわが監禁の美学』を座右の銘とする滑川にはありえない事態だった。気配に目を戻すと、滑川の熱っぽい視線。女に、それはそれは熱情的な目を向けている。
「……それはできないよ。だって僕は、彼女を愛してしまったのだから。彼女のおかげで、目隠し猿ぐつわが愚かだったことを知ったんだ。手錠と足かせはどうしても外せないけど、僕は本心から愛している。彼女も、僕を想ってくれているらしい。だってほら、こんなにも雨が温かい。この温度が、二人の愛の証なんだ」
触ってみると、確かに雨は温もりをもっていた。しっとりと肌を包む、その柔らかさは決して不快じゃない。女に問うと、愛は真実とのこと。自分を初めて受け入れてくれた男性だからと、そういうことらしいのだ。
あ、それなら僕はお邪魔虫だねと畳を踏み踏み、俺は玄関へ向かった。そしてドアをひらく間際、振り向き、格好良く言葉を残して部屋を辞去した。
「――幸せにしてやれよ。涙の雨なんか、降らせるんじゃないぜ」
後日、滑川から手紙が届いた。その裏面には写真が印刷されており、滑川と女が並んで写っていた。その欄外には端正な筆致で一文。結婚の意志を決めた、とのことらしい。
俺は、人間と妖怪が結婚できるのか、なんて言うほど無粋な人間じゃない。故に結婚式で何を話すかを考えながら、梅雨本番の肌寒い部屋でひとり、カップラーメンを食べている。少しだけ塩味がきつかった。味噌なのにね。ぐすん。
14/04/18 第五十四回 時空モノガタリ文学賞【 激しい雨がふる 】投稿
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