第三十三回 朝礼耐久選手権(コメディ)
「蝉時雨のひびく、夏真っ盛りの様相。太陽は輝き、この日の開催を祝福しているようであります。皆さん、おはようございます。本日はここ、上谷中学校グラウンドからお送りいたします、朝礼耐久選手権。天候は晴れ。湿度も良好。気温は早朝にも関わらず、二十五度と絶好のコンディションです。実況を務めますのは私、天気晴夫。そして解説には晴天大学教授、長雨不快さんにお越しいただいております。よろしくお願いします」
長雨「よろしくお願いします」
天気「長雨さん。クラス対抗形式である本選手権。本日は二年生が対象となっていますが、どのクラスが筆頭候補と言えるでしょう?」
長雨「そうですね、もっとも耐久度が高いのは三組でしょうか。データ上、一人の貧血者も出しておりませんから、立派な成績といえます。逆に厳しいのは一組ですね。三人の朝礼退場者をかかえています。とくに出席番号三番の飯島君は、今年度だけで二回倒れていますからね。一人倒れた時点でクラスの敗着が決まる本選手権ですので、体調がもってくれればいいですね」
天気「さあ、朝礼が始まります。朝礼台にはこの方、今野校長。話の長さ、薄さには定評のある人物です。本選手権にはうってつけの器量ではないでしょうか。マイクを二度叩き、咳ばらいを一つしました。さあ、今野校長、何を語るのか。……あっと『時節の話』です。いつも通りの入りですね、長雨さん」
長雨「いいですね。あい変わらず稀に見る平凡さです。これは、生徒もたまらないでしょう」
天気「放送席にも拝聴者全員のいらだちが伝わってきます。そわそわ体を動かす生徒も現れはじめました。『夏は暑いので、大変な時期です……』わざわざ、朝礼で話すことではありません。さすがの話術です。さあ、五分が経過しましたが、その舌鋒が衰えることはありません。遮るもののないグラウンド。直射日光が肌を焼きます。水分を奪っていきます。横に控える先生方の表情にも、苦痛が見え隠れしていますね」
長雨「いつもの今野校長ですと、そろそろ四字熟語の話に切り替えるのですが。今日はずいぶん引き伸ばしますね。要約すれば『夏は暑い』としか言っていません。その薄さが、今野校長たる所以ですね」
天気「ここでようやく、夏についての話が終わろうとしています。朝礼も終了……と思いきや、やはり四字熟語です。得意の方向に展開を変えました。……おっと、一組をごらんください。飯島君の顔色が変化しています。いかにも辛そうな様子です」
長雨「飯島君だけではありませんよ。二組の佐藤さん、四組の後藤君も苦しげです。足に、力が入らなくなっているのでしょう。ふらつきはじめています」
天気「そのなかでも、校長はぶれませんね。四字熟語の意味を丁寧に解説しています」
長雨「辞書がありますから、言葉だけ教えてくれればいいんですけどね。これでは生徒が『盛者必衰』を嫌いになるのは確実でしょう。体力のみならず、学習意欲も削ぎ落とすつもりなのですかね」
天気「生徒たちの憔悴がここからでも窺えます。グラウンドに倦怠がつきまといます。そのなかでもやはり、一組でしょうか、下を向く生徒が多くなっています。いつ終わるのか。そんな呻吟が聞こえてくるようです」
長雨「つらいですね。しかしここは耐えどころですよ。平均から鑑みるに、そろそろ校長の四字熟語うんちくも尽きる頃でしょうから。ここを抜ければ、後は楽になります」
天気「おっと、長雨さんのおっしゃる通り『盛者必衰』の由来が終わろうとしています。得意げな顔が、なんとも暑苦しさを誘います。ついに、朝礼もここで…………ああ! しかしなんと! 二つ目です! 二つ目の、四字熟語に移行しました! 『今日は特別に、もう一つご紹介しましょう』悪魔のささやきにも似た言葉が、グラウンドの全員に鉄槌を落とします!」
長雨「これは予想外ですよ。いったい校長に何があったんでしょうかね」
天気「生徒たちも動揺を隠せないようです。眉間のしわが辛苦を表現しています。……ああ、ついに限界をむかえたのでしょうか。ここで、飯島君がギブアップしてしまいました。地面にくずれ落ちます。その様子に先生が駆けよりますが、……校長はまだ続けていますね。『艱難辛苦』。禿頭に汗を光らせ解説しています」
長雨「まったくの皮肉としか言いようがありません。教えている本人が、その状態を招いていますからね。さすがです」
天気「残念ながら飯島君の退場をもってして、本日の朝礼耐久選手権は終了となります。長雨さん、最後に一言、お願いします」
長雨「今日の校長には気迫を感じましたね。絶対にこれは話してやる! そんな気合があったように思います」
天気「ありがとうございました。飯島君の回復を祈り、失礼します。次回は三十四回、北川中学校からのお届け予定です」
14/04/04 第五十三回 時空モノガタリ文学賞【 太陽のせい 】受賞
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます