不自由な命に憧れ(現代ドラマ)

――やあ、来てくれたのか。悪いね、こんな格好で。



 痛々しいだろう? 僕も嫌なんだが、機械に繋がれていなければ心臓を自発的に動かすことも出来ないんだ。まったく、滑稽だね。こんなにまでして、延命する必要はあるのだろうか。



 今日はまだいいが、酷いときは胸を締め付ける痛みで言葉を発する事も出来ない。ただ一人、ただ一人の世界でもがき続けるんだ。苦しいよ。生きるのは。健康な君たちが羨ましい……なんて言っても、君に嫌な思いをさせるだけなのだろうけど。



 でも、たまには弱音も吐きたくなるんだ。懸命な家族の前で、僕は必死に病気とたたかう息子を演じなければいけない。友だちの君の前ぐらいは、普通に悩む普通の高校生に戻りたくもなるんだよ。まあ、友人であることを恨んでくれと、そう言うしか僕には術がない。すまないね。



……そうか、下で会ったのか。どうだった、母の顔は。以前とは見る影もないほどにやつれているだろう。それはすべて、僕が生み出した疲弊なんだ。まったくやるせないよな。意味がないと知っているだけに、家族の介護が必要以上に身に沁みる。ほっといてくれ、と叫びたいのを堪えるときもあるんだよ。



 ああ、慰めはいらない。医者の宣告はまだないけれど、分かってる。僕はもう長くない。こんな痛みを宿す人間が、平穏な人生を迎えられるはずがない。もう、手術も治療も限りなく効果が薄いみたいだよ。この部屋を埋める大袈裟で高価な機械の群れは、だから文字通りの延命措置なんだ。



 この金食い虫を維持するために両親は粉骨砕身、一層と体を痛めつけている。弟も、すっかり快活さを失っているよ。既に僕を兄として見ていないんだ。同情すべき悲哀の病者。そういった目で僕を捉えている。隔たりの視線は、君の想像以上に辛いものだよ。幼い故の純粋さが真っすぐに心を貫くんだ。この世の中でも上位に位置する痛苦なんじゃないだろうか。少なくとも、僕は今までの人生で弟の変化ほど悲しい痛みを覚えた出来事はなかった。まったくの現実で、混じり気のない絶望だね。 



――君に問うても仕方がないが、一体、僕の意味って何なんだろうな。



 先天的な疾患を持って生まれた僕に、生きる目的は与えられていたのだろうか。他人に迷惑をかけ、社会には何一つ貢献することなく死んでいく。そんな僕が世界に在籍する意義って、何かな。長期間入院すると、そんな思いばかりが頭に充満して離れなくなる。



 僕の最近の趣味を教えようか。一学期に、社会の授業で特攻隊について勉強したのを覚えているかい。黄島先生が熱く語っていた、あれだよ。あの話にはみんな辟易していたよな。現代の若者にはあまりに現実味がなさ過ぎて、あくびを噛み殺すのに必死だった。まるで、大昔のおとぎ話に思えたよ。



 でもね、最近、それについて考えを巡らせる事が度々ある。死んでいった特攻隊の彼らが羨ましいな、と感じる時があるんだ。死にたい、という事じゃないよ。そんな意味じゃない。僕が羨ましく思うのは、彼らの死に方についてなんだ。



 彼らが進んで特攻したとはとても思えない。遺書を読んでもそれは伝わるし、その悲痛さは、現代に生きる僕にも多少の想像はできることだ。しかしね、一方ではこうも思う。彼らは少なくとも「何か」に命を使うことが出来たんだ、とね。



 国家のため、国民のため、対象は何でもいいし、たとえ嘘でもいい、そうした信条を持って死ぬことが出来る冥利。生命を消費することが、守るべき存在に好影響を及ぼす可能性を抱える至福。彼らがもし、わずかでも自身の有意を信じて散っていったのなら、それはとても幸福だったんじゃないかと、僕はそう考えるんだ。



 それに比べ、ただ金を無価値に消費している僕はなんて無意味な存在なのだろう。こんな身上だとね、寝ていてもそんな思いに自縛されてしまうんだ。自分の下らなさに、病気以上の痛みを覚えてしまうんだよ。



……ふふ、苦い顔だ。君の言わんとすることは分かってる。おそらく、僕は心も病んでしまっているのだろう。せっかくお見舞いに来てくれたのに、こんな話で悪かったね。ほら、そろそろ外も暗くなり始めている。帰った方がいい時間だね。



 あ、その前に、一つお願いしてもいいかい。その台に爪切りが入っているはずだ。それを取ってくれ。



……うん、ありがとう。これぐらいの刃でも、機械のケーブルは切ることができそうだ。恩に着るよ。これでいつでも決着がつけられる。……なんて、冗談だよ。ただ、すがる物が欲しくてね。これが近くにあることで、少しは安心できる。人生を終わらせる意志をそばに置けるからね。それだけが、今の僕の安心だよ。じゃあ、また。暇があったら寄ってくれ。もう少しだけ、居れると思うからさ。



 無理で作られた貧相な笑顔を背に、少年は病室を出る。静かな廊下。磨かれたリノリウムの床。少年は重く歩みながら、二度と会うことはないと考えた。





14/01/18 第四十八回 時空モノガタリ文学賞【 昭和 】投稿

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