その再会に喜びは無く(現代ドラマ)
「また、あなたに会えるとは思ってませんでしたよ」
小さな円が出来ている。数人の男女が寄り集まり歓談に興じている。老年、若者、年齢層や外見は種々様々な集団だが、共通している一つの事柄があった。一人の、俯く男を全員で包囲しているのである。
「い、いやあ、その節は本当に、その、すみませんでした……あ、あはは」
苦笑いを作る男は額から汗を流し、この場から逃避したい、という意志をありありと表現していた。その心情は集団も察し済みのようで、一分の隙もなく、逃走を許さない形で人工の円は構築されている。男の、機嫌を取るような卑しい笑みに一人の中年女性の眉がぴくりと動いた。
「……ふふ、確かに、大変でしたね。あなた、大切な人はいらっしゃる? いないわよねえ。いたら、もっと優しさや思いやりを持っているはずだものねえ?」
「あ、あの、ごめんなさい。すみません。すみません」
「まあまあ、ご婦人。時間はたっぷりあるんですから、ゆっくり話しましょうよ、ね?」
こめかみを痙攣させる中年女性の肩に手を置き、老年男性は中心の男に笑顔を向ける。その破顔に男はほっとした……はずがない。老年男性の顔には、男に対する悪意や反感が十分過ぎるほどに浮かび上がっていたからである。男は背筋の凍る思いがした。老年男性は凄絶な笑顔を固定したまま、男の紙くずのような内面に向かって語りかける。
「あなたも、したくてしたんじゃないでしょう? 私も経験上、あまりあなたのような人を存じ上げたことはなかったが、そういう、生まれつきの業をお持ちなんですよね、あなたのような人種は? いやあ、可哀想だ。同情しますよ」その冷えた声音には同情心の一欠けらもない。
「……そ、そういう、わけでは、はい、はい」
「ほらほら、萎縮しないで。リラックスリラックス」
老年男性の向かい、男の後方に位置する若者が背後から男の肩を両手で揉みしだいた。その強さに男の顔が歪む。男は抵抗できず、すみません、と小声で呟くだけである。
「あなたはなんにも、なーんにも、気にする必要はないっすよ。……気にしても、遅いからね」
「え、ええ、そう……ですよね。もう、遅いんですよね。あ、あはは」
肩に掛かる圧力が一層と強まる。男は体を硬直させながら痛みに耐え、その目が潤み始めた頃合いで、手はようやく肩から外された。熱が男の両肩を支配する。男が頭を垂れ、体を掻き抱いて震える中、老年男性は男など眼中にないような態度で周囲を見回し、両手を柔らかく広げた。
「……いやしかし、ここで皆さんに会えるとは思っていませんでしたね。まさか同士と顔を合わせる機会があるとは。数少ない僥倖、と言っていいかもしれませんな」
「ええ、私もそう思いますわ。気持ちを共有できる方々と会うことができて、それだけは良かったと言えるかもしれませんね」
「まあ、確かにそうっすね。おれ一人だったらこのオッサン、永遠にぶちのめしてたかもしれないっすから。でも、それじゃあ芸が無いっすもんね」
全員の表情が柔和になり、輪のそこかしこに微笑が生まれる。傍目に窺えば、それは友情の確認や友好の記録と捉えられるかもしれない。しかし、円の中心にいる男には分かっていた。全ての談笑は空虚で、索漠とした冷笑に過ぎないのだ、と。地面に繁茂した芝生に目を落とし、男は集団の興味が自分から移り続ければいい、と願っていた。しかし、無駄であった。
「……ま、この人がいなければ、こんな形で会うこともなかったのでしょうが」
「……ええ、私たちは会うこともなかったはず、ですわね」
「……まあ、互いに関係の無い人間どうし、だったはずっすもんね」
集団の巨大な視線が再び男に向けられる。男は背中と後頭部でそれを感受しているが、上を向く事はできず、黙って芝生を眺め続けている。それを阻止したのは、背後から音もなく接近した若者であった。
――ほら。男の髪が掴まれる。呻きが漏れた。
「顔上げなよオッサン。あんたには、言いたいことが山ほどあるんだからさ」
「そうですわよ。まだまだ責め足りな……話し足りないんですからね」
「そうですな、まだまだ無意味な弁解も謝罪も十分に聞いてはおりませんからな。その責任はありますよ。何たってあなたは……」全員の台詞が複合する。
「ここにいる皆を、殺した人間なんですからね」
木々が点在する広大な空間。その果てはなく、青々しい草原がどこまでも広がっている。哄笑が爆発し、男は多大な恐怖に身を縮ませた。誰かが男の膝裏を蹴りつけ、男は衝撃と痛痒に膝から崩れ落ちる。
――いつまで、この責め苦は続くんだ――。
涙を浮かべた男の心中で波紋する嘆きはしかしどこにも届く事はなく、場にはただ、男にとって永劫とも思える時間が流れ続けるだけだった。
13/12/21 第四十七回 時空モノガタリ文学賞【 再会 】受賞
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