初めてのバースデー(恋愛)
――さあ、焼けた。うまくいったかな。
ミトンを着けながら、キッチンへと向かう。オーブンを開けると香ばしい匂いが漂い始めた。その香りに成功を思う――が、ケーキの表面は黒く焦げていて、綺麗にいかない現実に僕はため息をつく。何と似つかわしくないケーキなのか。能力の欠如に辟易としながら、僕は飾られたテーブルにケーキを運んだ。
――焦がしてしまったよ。練習したんだけど、難しいね。やっぱり君はすごかったんだな。
整えられたリビング。そうでしょう、と君が胸を張るのが見える。目に焼き付くほどに幾度も見た、君の形。僕は二つのカップに紅茶を注ぎ、ナイフでケーキを切り分ける。手が震え、ケーキの断面はいびつになった。不器用だな。僕は自由のきかない手に責任を押し付け、小皿に乗せたケーキをそっと差し出した。
――じゃあ、誕生日のお祝いをしよう。僕たちが出会ってから、四度目の誕生日だ。僕がケーキを作るのは、初めてだけどね。
――誕生日にお互い、相手に贈るケーキを作ろうよ――
付き合って日が浅い最中の提案に、僕は少しだけ驚いた。――家族の間で毎年やってて、それが嬉しかったから、彼氏が出来たら絶対やろうって決めてたんだ。そう、君は目を輝かせながら語り、その表情に、僕は君への感情が再び高まったことを覚えている。
君は毎年有言を実行し、僕のためにケーキを作った。今年は柔らかく苦いチョコレートケーキ。僕は毎年、君から貰うケーキを感謝しながら受け取り、それを食べる度、君への愛情はどんどんと深まっていった。
しかし、一方の僕はといえば、挑戦こそしたものの呆気なく頓挫し、結局、店の少し高いケーキでごまかすという誕生日を続けてしまった。毎年、誕生のお祝いを喜びながらも君はどこか寂しい顔をしていた、そのことに気づきながらも、店のケーキの方が美味しいだろうという馬鹿な予断もあって、僕は今まで真剣に対することをしなかった。
でも――僕は誓った。今年の、今までとは意味合いの異なった誕生日に、僕は君のため、初めてのケーキを作る、そう思った。そして今日、整えられたテーブルに、僕は出すのも恥ずかしいようなケーキを届けた。その瞬間、君は笑うだろうが、これまでの年月が思い起こされて、涙が堪えられなくなりそうだったのだ。
クローゼットに隠していた、君への指輪。ポケットに入れながら、僕は君と向き合う覚悟を決めた。どうしようもない僕を、君は受け入れてくれるだろうか。そう思いながら、リビングに歩を進めた。君の笑顔を思い浮かべながら、僕はケーキに全ての思いをこめたつもりだった。
――これ、結婚指輪。本当は前から買ってたんだけど、踏ん切りがつかなくて、今まで渡すことができなかった。ごめん。
静寂が彩るリビング。蛍光灯の光を受け、指輪の入った小箱は鈍く藍色に光る。僕の指には、もう片方の指輪。僕は小箱を開け、君に向かってその中を見せる。君は喜んでくれただろうか。胸の中が、苦い思いで埋まっていく。
――ケーキ、見た目は悪いけど、味はまあまあじゃないか。なんだ、僕もやれば出来るんだな。君の言うとおりだったよ。大げさに考えることなかったね。
白いクロス。ほのかに甘いケーキ。僕はわざと明るい声を出し、冷めた紅茶を一気に飲み干した。――僕も、やれば出来るんじゃないか。そんな思いが押し寄せたが、僕は平静を装い、ケーキを口に含みながら笑った。
――喜んでくれたかな。本当に遅くなったけど、やっと君にケーキを作ることができた。改めて、誕生日おめでとう。
ケーキを食べながら、クロスのかかったテーブルに視線を向ける。口を開けた小箱。僕の作ったケーキ。僕は口を動かしながら、その光景を眺め続ける。
ふいに、目の奥が弱く痛み、目が潤む感覚に僕は慌てて目尻を押さえた。芽生えた感情を押し止めるため、笑顔を作り、おいしい、と言葉に出しながら甘いケーキを食べ続けた。大事な日に、泣いちゃだめだろ。僕は自分を叱咤しながら、ケーキを口に運んだ。しかし、目から水滴が溢れ始めたのを切っ掛けに、僕は君の方を、真っ直ぐに見据えてしまった。
――ごめん、泣くはずじゃなかったのに。こんなんじゃ、君は喜ばないよな。でも、ごめん。止めたいのに、止まらないんだ。本当にごめん。
白壁が歪み、君の姿が、ぼやけて見えなくなる。静寂の中、僕は静かに涙を流し、テーブルの向こうには、手のつけられていないケーキと、持ち主のいない結婚指輪がただただ残されている。
テーブルの向かいは、空席。君の温もりが失われて久しい木製の椅子。薬指、きらめく指輪が僕を責めている。僕には、そう思えて仕方がなかった。
カレンダーの赤い丸。今日は君の誕生日。
君が年を取らなくなってから、初めてのバースデーになる。
13/11/15 第四十三回 時空モノガタリ文学賞【 スイーツ 】投稿
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