甘味(現代ドラマ)
まっとうにならなくてはいけません。怒られないようにしなければなりません。
おかしが好きです。甘くて、ふわふわして、痛いのなくなるお菓子が大好きです。
おかしはいやな気持ちをどこかに飛ばしてくれます。だから食べたいなあ、と思いますが、今は食べられないので、わたしはとっても悲しくなります。お口が苦くてしょうがないのです。
こどものころは、食べました。おじさんがたまに買ってきてくれたのです。
わたしはおじさんのことをあまり好きではなかったのですけど、京月堂のおかしをもってくるおじさんは別でした。おじさんがくるといつも怒ってばかりのお母さんもよかったね、と頭をなでてくれるので、わたしはとてもうれしくたくさん食べたのです。
たまにお夕飯が入らなくなって、そのときは怒られましたけど、おなかのなかがおかしでいっぱい、ふわふわだったので、お母さんのげんこつも、おじさんのいやな息も頭からなくなって、わたしはお布団のなかであたたかに眠ることができたのです。
わたしは京月堂のおかしが大好きでした。でも、大きくなってからは食べることができなくなりました。
おじさんはおかしをもたずに家にきて、わたしをちらっとみるだけになって、お母さんとひそひそ二人だけで話すようになりました。わたしはかまってもらえません。なぜだろうと思いました。うーんと考えました。
わたしが大人になったせいでしょうか。胸が、大きくなったせいでしょうか。美香ちゃんの胸は小さくて、いいね。二人っきりのとき、わたしの体をおじさんはほめてくれたのです。だから、大きくなったのがいけないのだとわたしは思いました。でも、わたしにはどうしようもないことです。だからわたしはひんやりお布団のなかで大きくなるな、と自分に言って、お母さんのため息に、耳をふさぐしかなかったのです。
お母さんがわたしをアパートから追い出したのも、大きくなったのがいけないのだと思います。
美香は、お外では暮らしていけないね。そう、お母さんは言っていたのですから。アパートを出る前、戻ってきてはだめだとおじさんは言いました。ひとりで生きなさいとお母さんは言いました。きっと、それは正しいことです。たぶん、わたしがいけないのです。
わたしはアパートをはなれました。こわくて、さむくて、泣きました。でも、戻ってはいけません。わたしは、大人ですから。もう、一人なのですから。いろんなところで寝ました。おなかがすきました。わたしは京月堂のおかしが食べたく思いました。甘くて、ふわふわのおかしを考えると、甘いのか苦いのか分からない気持ちになって、頭もきゅるきゅるして、おかしほしいよ、と本当に思うのでした。
でも、京月堂のおかしは食べられません。お金もないですし、京月堂のおじさんが怖い顔をするのです。わたしがお店にいくと外に出てきて、ここはまっとうな人間のくるところだ、てめえがくるところじゃねえ、と大きな声で怒ります。
わたしは頭をさげます。ごめんなさいと言います。でも、京月堂のおじさんはわたしを手のひらで追い払います。わたしは悲しくなって、とぼとぼ帰ります。まっとう。まっとう。おじさんの言葉が胸をぎゅっとします。まっとうってなんでしょうか、とわたしは泣きながら思いました。お金があることが、まっとうかしら。それならわたしはまっとうじゃありません。でも、どうすればいいのでしょうか。何をすればまっとうになれるのか、わたしは分かりませんでした。
お口が苦い。おかしがほしい。お胸が痛くて、じっとしているのもつらくて、おかしがないと体がいらいらします。おじさんにさわられたときより、体がむしゃくしゃするのです。
おかしはお金。お金はおかし。おなかが怒ります。お金がほしいと思います。おなかが苦しいのは、もういやだと思います。だから、お金をもらおうと思ったのです。この人はおかしを買えるくらいお金があるからいい、そう、わたしは思ったのです。
お金は、手のなかでチャリチャリします。わたしは京月堂のおまんじゅうをかじりました。すごく甘いのですけど、おまんじゅうを食べると子供のころを思い出して、口がしょっぱくなりました。でも、やっぱりうれしかったのです。京月堂のおじさんも、お金を持っていったらおかしを売ってくれました。わたしはまっとうな人間だからです。それもうれしくて、わたしはゆっくり、おまんじゅうをぺちゃぺちゃ味わって食べたのでした。
めいわくをかけてはいけない、とお母さんは言っていました。でも、わたしはまたします。夜のうちに帽子のおばさんは埋めておきました。お財布は、ちゃんと残しました。おばさんにありがとうを言いながら、わたしはおまんじゅうをむちゃむちゃ食べました。おいしいと思いました。元気がでました。
明日もわたしはまっとう。そう、思いました。
13/11/08 第四十三回 時空モノガタリ文学賞【 スイーツ 】投稿
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