クラスメイトは孤独に歌い(現代ドラマ)
商店街は空気さえも色を失ったようだった。
無味乾燥なシャッターが景色の多くを占め、活気を生む声も人々の行き交いも無く、悲しい静寂だけが、荒涼とした場を満たしている。崩壊に向かっているのが分かりながらどうにもできない、そんな諦観に、壊れかけの街は包まれていた。
細々と、僅かに残り続ける古くからの店。
その一つである肉屋に向かう最中、ひどく音割れのした時代遅れのポップスが耳に入った。さびれた雰囲気をかき消すため、流行を意識できない大人が流しているのだろうか。
そう思いながら歩を進めると、イントロに続き聞こえたのは明らかな肉声の歌で、それは建物の間を縫うように広がり、静かで深閑とした空気を一変させていた。
稀にハウリングが起こる決して上手いとは言えないその歌声に誘われるように、肉屋のある通りを外れ、雑貨屋などが点々と生存する道に進路を変えた。
徐々に音量が大きくなる中、遠くにその歌声の発信源である人物の姿が見え、見覚えのあるその横顔に思わず身が硬直した。僅かに窺えるその顔は晴れやかで、喜びに満ちている。物陰に身を隠しながらその舞台へと近づき、全容が垣間見えたとき、疑念が確信に変わり、教室内ではついぞ見たことのないその姿に呆然としてしまった。
アイドル風の衣装に身を包み、コンポから鳴り響く音質の悪い歌に合わせるように、その人は歌っていた。前方を見据え、一心不乱に、彼女は舞い踊っていた。
その姿態が、物静かに佇むクラス内の彼女とどうしても結びつかず、混乱が多大に頭を満たした。今までに、一度も見たことのない笑顔。彼女は希望と熱を残らず発散するように声を響かせ、自らを表現し、沈んだ街に場違いな歌を流し続けていた。
窓際の席に、影の如く静かに座る彼女。
その光景は彼女のもう一つの顔を知り、登校した翌日も、変化無く残存し続けていた。
周囲の談笑に交じるわけでもなく、喧騒を眺めるわけでもない。希薄さは普段と何も変わらず、突飛な自己表現による影響を、彼女の外見から感じ取ることは出来なかった。
その日は始終、耳をそばだてクラス内の会話に意識を向けていたが、彼女の挙動が話頭にのぼることは一度も無く、放課後に至るまでその存在は置石のように扱われたままだった。
学校内ゴシップに敏感な女子グループが気にも留めない所を見ると、恐らく、彼女の特殊な行動を知っている人間はいないのだろう。その意味で、彼女の目論見は破綻しているのか、順調に推移しているのか、本に目を落とし続ける彼女の顔からそれを窺い知ることは出来ず、教室内の生活は穏やかに進行し続けていた。
暇を持て余した放課後。時々、廃業した店の影から彼女を眺めた。
絢爛から遠く離れたアスファルトのステージ。閑散とした商店街は居住する人間からも活気を奪うのか、たまに通りかかる壮年の男女は横目でちらと伺うだけで立ち止まることもなく、若者に至っては姿すら見えなかった。
彼女は不規則に何曲か歌い、歌唱を終えると眼の前に一礼し舞台を片付け、一人きりで去っていく。賞賛する人間も、共に帰宅する人間も周囲にはおらず、彼女がいなくなった後も商店街は変化のないままで、その行動が影響を及ぼしているとはとても言い難い衰退した雰囲気だけが滞留し続けていた。
拡散した明るい歌が、商店街の沈鬱な現状を際立たせる。モノクロの街は、さらに何十年も時を重ねたように、色あせて映っていた。
ざわめきが耳を浸す教室の中で、彼女は一体の人形のように姿勢を変えず、孤独に読書を続けている。
歌唱は二週間を過ぎたが、商店街は変わらず精彩を失い続け、教室内は彼女を取り残したまま、ただひたすらに時間を浪費し続けていた。
日だまりに浮かぶ、影を帯びた横顔。そこから、彼女の目的を計り知ることは出来なかった。
希望も未来も消失間近の街で、かなう夢など皆無に等しい。それはこの街に住む若者には周知の事実だった。盛況、自己変革、その基盤となる火種が残されていない中で、彼女は見えない何かに向かって自己を表現し続けている。それは果てしなく無意味で空虚だったが、なぜか、嘲笑する気は起きなかった。この街に住み、達観するように全てを諦めた一人として、彼女の持つ変化への希望に引け目を感じていたせいかもしれなかった。
一枚の絵画のごとく、商店街の様相は変わらずに残る。現代の高校生なら見向きもしないようなポップスが、今日も連綿と閉じられたシャッターを震わせていた。
陰から窺う彼女の舞台。額に汗をにじませながら、不可視で非現実的な未来に向かい、歌を送り続けている。その光景は十分に商店街の一部分で、他者の介在しない一つの現実として違和感無く固定されていた。
曲が終わり、お辞儀に飽きたのか、早々と片付けに取り掛かる彼女。八百屋の店主が前を通り、そんな彼女を腫れ物をみるような目で見つめていた。
13/09/25 第四十回 時空モノガタリ文学賞【 アイドル 】特別賞
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます