第4話 油断大敵
助けを乞う女子高生とそれを掴んで離さない猪顔の大男にジリジリと近づく。大男は相変わらずじっとこちらを睨んでいる。
何かがおかしい。
オレの登場にどよめく野次馬を背に一歩一歩と近づくと、嫌な予感が増していく。
「これ以上、バカな真似はやめてその娘を離せ!」
特に言葉が思いつかなかったのでありきたりなことを言ってみる。こちらの言い分を聞いてくれるとは思ってはいないが、少しの時間稼ぎで助かる命はあるはずだ。
と思ったのだが、その試みすら無視して大男はこちらをじっと睨んでいるだけだ。反応が無い。
何だ、こいつ?
動かないなら動かないでこちらのやることとしたら、自分の間合いまで近づくことだ。幸い大男の大きなナイフよりこちらの警棒の方がリーチがある。
ジリジリと一歩を詰める。大男が動かないのが気味悪かったが、じっとこっちを睨んでいるのだ、何か警戒してるんだろう。
オレが近づくにも関わらず相変わらずの声量で助けを乞う女子高生がふと笑みを浮かべた。
「馬鹿野郎、擬似餌だ、若造!」
背中越しの怒鳴り声に驚いて振り向くとアスファルトに倒れる四つ目の老人が指を差していた。振り返るオレの背後、女子高生を指差していた。
しまっ──。
オレの首に女子高生の腕が巻きつく。い、息が出来ない。擬似餌だ? 疑似餌って何だ? くそ、何がどうなってやがる。
「格好つけてそれかよ、ワナビー」
「格好よくなかったしそれなんだな、ハナビー」
首を強く締めつけられて意識が徐々に薄くなっていく中で双子の悪態が聞こえた。死ぬ間際に聞こえるのが今までの人生の走馬灯的なヤツじゃなくて最近あった双子の声とは何とも悲しくなるじゃないか。
ズバッと耳元で何かを斬った音が聞こえて、オレの首が解放された。ぎゃあぁ、と女の声が続いてオレは倒れそうになる身体を振り返らせた。
大男に抱かれた女子高生の腕がすっぱり斬られて血飛沫を上げている。
「ぎゃあああああああああああ!!」
圧倒される声量の悲鳴が大通りに響く。
声を上げているのは猪顔の大男だ。
「何だ、どうなってる?」
「ぎじえ、だっけ? おじいさんが言ってたけどコレも大男の一部」
「じびえ、だっけ? アレ、美味しそうだよね」
血を払い刀を収めるドントと、鎌を女子高生の首に引っかけるキャント。街中の斬擊に遅れて野次馬から悲鳴が上がる。噴水のように血が吹き出すのだ、そりゃ叫びたくもなる。
「どうすんの、殺っちゃう?」
「どうしようと、殺っちゃおう!」
「待て待て待て、ソイツは仕事外だ、殺したら捕まるのはオレたちだぞ。強制送還コードも無いんじゃただの殺人だ」
慌てて双子を止める。仕事の依頼じゃなければ殺しは単なる犯罪だ。というか単なる殺人だ。悪魔だろうとそれは変わらない。
ただ悪魔は死骸だろうとあちらの世界に帰れたならば蘇生できるとそれはそれは便利な性質をしている。逆はありえないので羨ましい限りだ。だから好き勝手暴れるヤツらも多いのだけど。
召喚プログラムがあるなら返還プログラムもあっていい、と誰かが考えたのか強制送還コードというゲームの呪文みたいのがある。
オレたちの仕事は、こちらの世界で好き勝手やってる無法者の悪魔を殺して強制送還しあちらの世界で裁いてもらうようお手伝いするわけだ。
「俺たちは《壊し屋》だ」
「私たちは《殺し屋》だ」
「知るか、オレはギリギリでも殺人犯にはなりたくねぇ」
あちらの世界で蘇生するからといって殺しはちょっとと躊躇っていたのは昨年までの話。今じゃ馴れ始めて悪魔退治に経験値は加算されないのかと夢を見始めてる。そんなオレでも殺人犯となると話は別だ、罰せられるのは困りもの。
「だったら・・・・・・何も出来ない」
「何もしない」
飽きた、と表情で主張する双子。ドントはその場に座り込み、キャントは鎌を擬似餌から離しライオンのぬいぐるみをばいーんと伸ばし遊び始めた。
「いや、バカ、お前ら──」
「私の腕を斬りやがって、何もしないで済むかぁっ!!」
大男がナイフを大きく振りかぶったので、オレは慌てて双子を抱き抱えるようにして飛び退いた。キャントの鎌のサイズを計算してなかったので柄が顔にぶつかって痛い。
「殺してないんだから反撃もあるだろうよ、油断すんな!」
「あ、そうか、いつも壊すからなー」
「あ、そうか、いつも殺すからなー」
物騒な双子の棒読み。こいつらわざとやってんじゃねぇか? 殺しが出来なくて機嫌が悪くなるなんてどんな育て方されたんだよ、まったく。
「逃げるのか、ワナビー」
「逃げ惑うのか、サザビー」
「ああ? 逃げれるわけないだろ? ここで逃げたらアイツ、他の人間殺すだろうよ」
そうなったらわざわざでしゃばった意味が無い。とはいえ、ナイフを振り回す大男を背にしながら双子を抱え走り回るしか無かった。
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