第3話 仕事についてのあれやこれや

 会社から新しい住まいを提供してもらって一週間。副所長の浜本千夏はまもと ちなつさんに経緯を説明すると双子の生活費を含め厚待遇を用意してもらえた。話のわかる人がいて助かる。


 そうして新しい住まい、新しい生活が始まって新しい態勢で仕事をこなす日々が始まった。


 爬虫類の化け物──悪魔の死骸が消え去るのを確認してオレは会社に報告の電話をかけた。また一つ仕事が片付いた。所長の言う通りにおいて双子は使える存在だった。


 こちらの世界とあちらの世界の交流が深まって築かれたのは友好的な関係と法の整備だ。司法制度なんてあちらの世界にはろくに無かったようだが、こちらの世界からので少しずつだが出来上がっていった。


 両世界の様々な思想、信仰を尊重しつつ、時には争いなどを起こしながら築き上げた法が生んだのは、無法者だった。


 とりあえず悪事を働きたいヤツらは何処にでもいるらしい。


 こちらの世界でもあちらの世界でも、余所の世界に行って好き勝手やってやろうぜ!、などと暴れまわるヤツらが戦争勃発時からあとを絶たなかった。


 そんなヤツらを司法制度は見離して、いっそ殺ってしまおうと裏で依頼を受けるのが我が社、警備保障会社イージスだ。オレは大学卒業後知らずに入社した。


 ウチの担当はあちらの世界の、悪魔だ。悪魔狩りだとその筋じゃ言われている。


 悪魔だろうと人間だろうと殺しの仕事がこうして裏だとしても民間に頼まれるなんて、世の中の倫理観は悪魔召喚プログラムが蔓延して崩壊したのかもしれない。もしくは、元から崩壊してたのかもしれない。


「報告は終わったか、ワナビー」

「報復は終わったか、マロニー」


「報告は終わったが報復はしてない、あと輪成な」


 ライオンのぬいぐるみがオレのズボンを噛んだ。痛くはないが、どうやらお腹が空いたらしい。


「腹減るの早くないか、お前ら」


「働いたからな」

「働かないヤツよりはな」


 ドントが腰の刀をこちらに見せつけ、キャントはがぉぉとライオンの動きを激しくさせた。


「いやいや、オレだって頑張って追いかけたんだぜ、実況出来るぐらいには」


「言い訳はいい、飯だ、ワナビー」

「言い訳はいい、飯だ、ワナビー」


 余程腹が空いたのかキャントがボケるのを止める。


 オレは降参して帰路につくよう指差した。帰り道はあちらでございます。双子は頷いて歩き出した。


「キャァァァァァァァァァァ、誰か、誰か助けてぇぇぇえ」


 指差した方向からそんな漫画みたいな悲鳴が聞こえた。冗談だろ、初めて聞いたぞ、こんな悲鳴。


 駆け出そうとするオレを双子が引っ張る。


「飯は?」

「飯は?」


「いやいや、助けに行く場面だろ、これは」


「仕事じゃないし、腹減った」

「知ったこっちゃないし、腹減った」


 不貞腐れた双子の頬が膨らむ。オレは金銀の頭をくしゃりと手で撫でる。


「ワガママ言うな、ちょっと待ってろ」


 双子をどうにか離してオレは駆け出した。悲鳴が聞こえたのは結構近くのはずだ。


 爬虫類の悪魔を追いつめるために来た路地裏から大通りに飛び出す。悲鳴の主は──猪に似た顔をした大男の巨木のような太い腕に抱き抱えられていた。セーラー服から察するに女子高生か、あるいはそういうお店の女性だろう。


 近くに風俗街が並ぶ大通りには、距離を取って騒ぐ野次馬が集まっていた。腰が抜けてしゃがみこむサラリーマンが震える手で警察に通報している。間に合うならば任せたいが、状況を見るに間に合いそうにない。


 アスファルトに四人、腹を刺され倒れていた。サラリーマンに、何処かの店の呼び込みに出てた女性、そして、蛇面のキャリアウーマンに、四つ目の老人。悪魔がこちらの世界に滞在する義務としての擬態が解けていた。


 人間、悪魔見境なしの通り魔だ。悪魔なら悪魔同士わかるらしいから、選別はしなかったのだろう。


 猪顔の大男の片手にはナックルカバーの付いた大きなナイフ。ネットの闇を感じずにはいられない。


 兎も角あの娘をどうにか助けてやらないと、どんな目に遭うかわかったもんじゃない。


 こういう時に日頃の仕事が役に立つ。計画無しの通り魔ぐらいなら対処できる技量はオレにもある。


 オレは野次馬を掻き分けて猪顔の大男に対峙した。


「ああ、そこの貴方、助けてください! お願いします!」


 女子高生らしき娘が助けを乞うのでオレは頷き答えた。猪顔の大男はじっとこちらを睨んでいる。オレは腰に備えてた折り畳み式警棒を取り出し構えた。持ち手のボタンを押したなら、あら簡単1メートルちょっとの棒に早変わり。

 

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