第3話 サンタに会った午後
書類を出した後、約一週間後に届いた説明会の案内に従い、私は物流局を訪れていた。
かつて、高校時代にアルバイトしていた場所と奇しくも同じだったのはなにかの縁だろうか。
一応、勝手知ったる道や建物といえど、数年前からは大きく家や街並みが様変わりしている部分もあって、多少戸惑いつつ辿り着く。 驚いたことに中に入ると私と同じように説明会兼選考をうけにきた人が数十人はいる。
ただ、よく考えなおしてみるとそのくらいの規模は集まるかと気を取り直す。
しかし、採用人数がどのくらいかはわからないけれど、これは私受かるのだろうか。畑違いっぽい分野なので、そんな不安を多少は覚えるが、まあ最悪の場合はエージェントに連絡を取って止めていてもらった選考関係の紹介を再開してもらえばいいやと楽観的に待つことにする。
時間の五分程前になった頃だろうか、男性職員が表れてアナウンスをした。
「これから説明会を行いますので、本日説明会のみを受けて帰られる方はA会議室。事前に履歴書を当局に応募済、あるいはすでに記載して手元に持っている方はB会議室にお越し下さい」
ほー、ここで別れるんだ。そんなことを思いながら、B会議室の方へ移動する流れについていく。
目算だが、ざっと六割くらいはこちらに流れてきたようだった。
「こちらにお越しくださった方はすでに、履歴書を出していただいたり、本日お持ちくださった方だと思います。もし、本日お忘れの方は後ほど周囲の職員にお声がけください」
以前アルバイトしていた時にははいったことのないそこは、会議室は百人ほどが入れるだろう大きな会議室だった。
横長の長机が横に四列、縦に二十五列並んでいる。私は前の方に座ったので、前方がよく見えたが、アルバイト時代に見かけた年配の方がアナウンスしていた。
すでに履歴書をWeb提出している私には死角はないなと思いながら、注意事項系の話を聞く。
「それでは、続きまして本日の選考についてと職務についてです」
いよいよ本題かと思い、耳を澄ませ意識を集中させる。
「本日の選考は、現場の責任者レベル二名が担当させていただくものとなります。ようは一日選考会ですね。面接試験と経歴による選考で、判断させていただき若干名の方を採用させていただきます」
その後もいろいろと説明はあったものの、その内容は基本的に事前に耕太に教えてもらった範囲にとどまるようだった。
面接には昔から自信があるものの、さて、どうかなと思いながら自分の順番がくるのを待つ。
どうやら、前の方から順番に面接会場に呼ばれるらしい。それなりに前の方に座っている私は面接の順番が来るのも早そうだ。
せっかく外に出てきたので、お昼はどこで食べようかを考えながら自分の順番になるのを待った。
**
その日の夜。耕太から電話がきた。
「もしもし、耕太。あんたは過保護な親か、選考の日に連絡してくるなんて」
どうせ、選考どうだった的なことを聞かれると思い、先手を切って牽制球を投げ込んでおく。
それに対して、耕太は丁寧にその球を打ち返してきた。
「いや、これは人事としての電話かな」
「人事? あんた人事だったんだ」
物流局で働いているというのは聞いていたものの、そういえばどういう職種で働いているのかは聞いていなかったことに気づく。
まあ、勧誘しにきたりしてたのを業務と言っていたからそういうことなのだろう。
「ゆかり姉。興味ない事にとことん興味ないところ直そうよ」
そんなことをいわれても困る。これが私の性分なのだ。
「で、なんなの? お祈り?」
「いやサクラサク」
受験やら就活やら独特のワードを用いて、言葉の応酬をしばし楽しむ。
どうやら私は受かったらしい。
「おー、受かったんだ」
「そうだよ、おめでとう。ていうか、あんま感動ないんだね」
私のつれない反応に電話越しにも耕太が肩を落としている様子が思い浮かぶ。
「いや、なんかどっちでもよかったし。それより今日行った新しくできたラーメン屋の魚介とんこつはなかなかだったわ。柚子が刻んで入っていたのがポイントね」
「ゆかりちゃん。選考結果を告げた人事の人間に、ラーメンのおいしさを語るに俺は初めて会ったよ」
「あらそう? それなりに顔あわせてるじゃない」
「はいはい。合格通知は明日以降順次送付していくから、数日後には届くと思う」
「そういえば、入社日っていつなの?」
「……」
耕太からは沈黙が返ってくる。なんだろうか、失礼な。
「一応、書類でも説明会でも両方とも説明あったとおもうんだけど」
「まあ、落ちたら関係ないし。受かったら聞けば教えてくれるでしょ。だから、まあいいかなって」
「ゆかりちゃん。相当に神経図太いよね」
「まあ、これも営業で鍛えられたお陰かしらね」
「いや、昔からそんな感じだったよ。とりあえず、今日は合格伝えたから。通知と一緒に書類が届いたらいろいろ手続きよろしくね」「わかってるってば。私これでも転職ニ回目よ」
「うん、知ってる」
「で、いつ?」
「一斉入社日に設定されているのは、来月一日か再来月一日、あるいは先になっちゃうけど来年の年度初めだよ」
「あら、意外と融通効くのね」
「まあ、多少はね」
「まあ、順当に来月かな」
「書類にその辺は書いて、返送してほしいかな」
「わかった。届いたらやっておけばいいんでしょ」
とりあえず、今日はいい気分で眠れそうだ。そんなことを思いながら、まだ電話が切られていないことに気づく。
「なに、耕太。まだなにかあるの?」
「あー、いや」
耕太が電話越しだとしても口ごもっているのは珍しい。耕太とはお互いの歴代の恋人も知ってからかうネタの一つにできるくらいには距離感がない関係なのだ。
「なに、採用の話は嘘だとか?」
そういう嘘をつくタイプではない為、違うなと思いながらもどこか緊迫した空気を吹き飛ばそうと軽口をたたく。
「いや、嘘じゃないよ。文句なしの合格」
「じゃあ、なんなの?」
「合格の仕方がさ、俺の予想通りというかなんというか」
「は?」
合格の仕方ってなんだろう。会議室で面接に呼ばれた私は、普通に面接を受けて帰ってきただけなのだが。
「ゆかり姉。面接の相手の人数は何人だった?」
「そんなの、二人」
そうだ。説明会でも言っていたではないか。現場責任者二名が選考すると。
「本当に?」
耕太からは再度、鋭い声。聞いたことがないくらいに低く、私の中に響く。
再度、面接を思い出そうとする。
会議室を出た私は案内係のおじいさんに誘導されて、面接会場と紙が貼られた部屋の前に立つ。
ノックをして、入るとそこは――。
暖炉の火があかあかと燃えていた。部屋の中には冬の情景をかたどった絨毯と色とりどりの様々な形のクッションが散りばめられていた。
そして、部屋の中央、暖炉の傍の安楽椅子に座っていたのは白いひげの西洋風のおじいさん。
おじいさんがにっこりと笑い手招きする。私は、そして部屋の中に入った。
「なんか、おじいさんが一人だった、かも」
「ゆかりちゃんはやっぱり面白いなぁ」
なぜか、私の話を聞いて、電話越しに耕太が笑う。
今の話のどこに笑うポイントがあっただろうか。
「なんなのよ、あんた」
「まあまあ。推薦した人が入社すると、金一封でるからさ。またなんかおごるよ。じゃあね」
「あ、ちょっと」
唐突に電話が切られる。なんなんだあいつは、と思いながら携帯を枕元に放って、私自身もベッドに上半身を預けて横になりながら天井を眺めた。
**
選考の日の翌日は生憎と雨で、その次の日は曇りだった。
残り少ないニート期間、雨の日はニートとして外には出るまいと家の中に籠っていたので、選考も終わったし今日は外に出ようとした矢先に古い友人から連絡が入る。
どうも、近くまでやってきているらしい。
私はうちにきなよ、と連絡をして彼女の来報を待った。
ほどなくして、訪ねてくる。
「ゆかりがニートになったと聞いてやってきました」
「真紀ちゃん、あなたまさか、ゴチに来たの? 来てくれたの?」
彼女には、前職のMRの部署が解散して、ニートになるという話を失職が確定した当日に連絡している。
二人でお互いに職場の状況の変化(主に異動や転勤)などの度にご飯を食べる仲だ。そんな中、いつのまにか暗黙の了解として、変化があった側を変化がなかった側がもてなすことになっている。
「舐めるなゆかり。私はあんたに奢りに来たよ。いざ、女二人でイタリアンへ。lineで送ったから明日の19:00店の前で」
そもそも、結柴真紀は私の高校時代からの友人、いや腐れ縁みたいな関係の友人で、まあ控えめに言っても悪友とは呼べると思う。よくつるむし。
数年後に文字通りのアラサーを迎えてお互いの傷を舐め合う関係にならないことを最近密かに祈ってる。とはいえイタリアン、ニートにとっても社会人にとってもいい響きだ。
大学時代の青春はイタリアンレストランチェーンで過ごしたと言っても過言でない私たちにとっては尚更のこと。真紀がlineで送ってきた店のURLがサムネイル表示される。
どれどれ、どんな店をチョイスしたのかなと覗き込むと、表示された店名は亀戸にある予約が取れないことで著名な隠れ家的名店だった。
「これ予約が半年以上待つところじゃない!」
驚きのあまり、声を上げてしまう。それに対して、真紀ちゃんは意味ありげな笑い声をあげて反応した。
「ふふふ、こんなこともあろうかと」
「振られたわね」
「まあ私でもそういう時もあるわ」
一転して、しゅんとした声になる。こういう声色使いは見習いたいところでもある。
「ご愁傷さま。今回の人は医薬ベンチャーの社長だっけ?」
「そうそう。まあ、フったのは私だけど」
「おまえかい」
久しぶりにあったとは思えない掛け合いはどこまでも、横道に逸れていきそうになるので、そろそろ路線変更をするかと思いつつ、会話を楽しむ。そう思っていると真紀の方が本題に原点回帰した。
「ま、それはそれとして」
「それはそれとして?」
「ゆかりにジョブオファーを持ってきましたー」
「おー、一歩か二歩遅かったよ?」
「ナニソレ」
「わたし、来月から物流局、働く」
物流局から届いた書類を見せる。
「ふーん、コウタくんだっけ? ふーん」
「拗ねるな、拗ねるな」
「拗ねてないけど、一歩遅かったのね」
真面目な表情を浮かべた真紀ちゃんはどこか思案げな風を装っている。私にはわかる。結構な割合で、ロクでもないコトを考えている表情だ。
「まあ、しょうがないかな」
「あれ、あっさり?」
「ん? まあ、しょうがないかなって思ってる。私が日本にいれば、飛んできたけど」
「今回どこだっけ?」
「ドイツよドイツ。黒ビールは美味しいけどね、もちろんお肉も美味しいけどね。でもザワークラウト、おめえはダメさ。あとマッシュなポテトもうんざり」
真紀ちゃんは健啖家のように見えるが、意外に好き嫌いが激しい。それはもう激しい。同様に男の趣味も好き嫌いが激しい。
彼女の中にも確固たる基準があるようで、それを踏み越えた気に入らない相手には、ディナーの最中のデート相手だろうと、飲んでいるワインが赤ワインであろうと相手にぶっかけることができるのである。
そして、そうなった場合はそのままスタスタと自分一人分の会計は済ませて帰るらしいので、変なところで律儀というか、なんというかだろう。
そんなことを思いつつ、適当に受け答えをする。
「ザワークラウトね、美味しいのに」
「いや日本のと違うわよ。なんか、ほんとうに酢の味しかしないもの。逆に、日本のはなんか旨味成分的なの入ってるでしょと思うくらいにあっちのはひどかったわ」
そこまでいうからには相当なのだろうか。実は東南アジアや北米は行ったことがあるのだけど、欧州方面は行ったことがないので、少し羨ましい。まあ、彼女の場合は仕事で行ってさらに食事もまずいとなれば、ご愁傷様なのだろうか。
「力説しますなー」
「食合わないのは致命的だからね。今回、クロアチアも行ったけど、輪をかけてひどかったわ。味がさ、基本的に塩コショウ的なやつか、コンソメか、酢の三択だったからね。私五つ星泊まったのに。出張の後にバケーションとって、内二泊はドゥブロブニクよ、お酒は美味しかったけど」
景色や部屋、お酒は五つ星に相応しいレベルだったのに、食事が唯一残念だったらしい。真紀ちゃんは大酒のみでもあるが、食事もそれなりに食べるパワフルウーマンなので、そこはやはり拘りたいらしい。
「結構な期間行ってるんだったら、現地のスーパーで買って自炊すれば」
「まあ、私は食べる専門だし」
悪びれずに胸を張って言うアラサーに乾いた笑いを返す。
「なんか中学か高校だかの家庭科の授業でも、そんなこと言ってる人いたわ」
「そんなことより、私の名刺渡しとく」
「え、別にいらないんだけど」
真紀ちゃんは、広告代理店の人だ。多分私の次の仕事にも関わることはない気がする。もらうのにやぶさかではないけれど、名刺入れを出すのが面倒だった。
「いいじゃん。私のおごりですよ、ここ」
「え、本当にいいの。じゃあもらうもらう」
我ながら現金なものだと思いつつ、鞄をあさって名刺入れを出してもらった名刺をおさめておく。
「連絡してよね」
「いや、私らプライベートで連絡してるじゃん」
「まあ、ビジネスでね」
「ゆかりはどうせ、調達部でしょ」
「どうせって何よ、どうせって」
「んー、残念だけど出来る女だからね、ゆかりは」
「残念とは失礼な」
気の置けない関係故に、お互いに言葉が遠慮ない。ただ、こうした関係は社会に出てからは得られないもので、20代も後半になると、時折こういう関係を築けてきた自分の高校や大学時代を振り返って誇らしく思う。
「あそこの物流部に配属されたら、連絡してねー。というか、連絡せざるを得ないと思う」
「まあ、覚えておくわ」
それから、しばらく他愛のない会話を交わす。
「そろそろ、帰ろうかな」
ちらりと腕時計をみて、真紀ちゃんがお暇を告げてくる。気づけば、彼女が訪ねてきてから三時間以上経過していた。
「じゃあ、また」
手早く帰る準備を始める真紀ちゃんに私はのんびりと告げる。
そのまま、玄関先まで出向いて、真紀ちゃんを見送る。
「うん、また」
玄関先に腰掛け、玄関の上がり框の所に片足を載せる真紀ちゃんの背中に声をかける。
「ありがとう。今日は楽しかった」
「そういわれると、嬉しいわ」
真紀ちゃんはこちらを振り返ることはせず、パンプスをはくとそのまま玄関扉を開く。
けれど、閉じる前に振り返る。
「そういえば、就職おめでとう」
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